テラーノベル
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「おはよう…二人とも早くない?」
「おはよ〜。なんか早く目覚めちゃって。」
「おはよ。おれは涼ちゃんに足踏まれて起きた。」
「わぁー、ごめんってぇ。」
「いや、許さないねっ。」
「…なんか、最近二人…仲良いよね。」
12月も下旬に差し掛かり、明日はクリスマスイブ、そしてもうすぐ大学冬休みが始まる。
レポートの提出やプレゼンなどに追われた約2週間も終わり、やっといつもの落ち着きを取り戻したこの頃。
最近、やけに仲が良い二人をぼくは気になっていた。
「そう?別に普通だよ〜?」
涼ちゃんは、いつも通りの調子でそう返してきた。
「いや、普通…なんだけど。うん。なんかさ。」
「てか、仲良いのはいい事じゃん?」
ぼくの言葉に若井が被せてくる。
確かにいい事なんだけど…
「さ!朝ご飯にするよ〜。僕、久しぶりに元貴の目玉焼き食べたいなぁ。」
ぼくが言葉に詰まってると、涼ちゃんがパン!と胸元で両手を合わせて、このなんとも言えない空気を変えるように明るく言った。
涼ちゃんは無邪気な顔でぼくを見る。
その笑顔が、なんとなく“ずるい”と感じた。
「…はいはい、分かったよ。」
話をそらされているのは分かってるけど、ぼくは布団から立ち上がり、キッチンに向かった。
冷蔵庫を開けて、たまごを三つ取り出す。
その後ろから涼ちゃんがやってきて、食パンを取り出し、トースターに入れた。
「若井、バターまだある〜?」
「うん、今日の分くらいは。」
「よかった〜。」
何気ないやり取り。
でも、さっきまで感じていた疑問が、完全に消えるわけじゃない。
(“なんか”じゃなくて、ちゃんと聞けばよかったのかな……)
そんなことを思いながら、フライパンに油を引く。
じゅう、と心地いい音がして、たまごの白身が少しずつ固まりはじめた。
「黄身、半熟でいい?」
「うん!元貴の半熟、最高だから。」
「おれも。美味しいの作ってよ。」
涼ちゃんがそう言って、またあの無邪気な笑顔を向けてくる。
若井はぼくの頭をくしゃっと撫でる。
「…おっけー。」
自然に返したつもりだったけど、自分の声が少しだけ掠れていたことに、自分でも気づいた。
若井がケトルをセットしてマグカップを三つ並べている。
涼ちゃんと、若井と、ぼくの分。
三人で住んで、三人で朝ごはんを食べて、三人で笑ってきた。
…でも、なんで今、こんなに一人ぼっちな気がするんだろう。
パンが焼き上がるチンという音で、そんな悶々とした考えが中断された。
テーブルに朝ごはんを並べて、いつものように『いただきます』と手を合わせる。
だけど、手のひらが少し冷たいのは、たぶん部屋の温度のせいだけじゃない…
・・・
「「いってきまーす。」」
「いってらっしゃーい!またお昼ねぇ。」
玄関先で涼ちゃんに送り出されて、若井と並んで大学までの道のりを歩いていく。
「ねえ、本当に涼ちゃんと何があったの?」
いつも通りの道。
でも、その言葉だけは、ぼくの中にずっと引っかかっていたものを、ようやく口に出した瞬間だった。
若井は、一瞬だけ足を止めかけて、それから歩調を崩さずに答えた。
「いや、まじでなんもないよ。ってか、元貴はおれと涼ちゃんが仲良くするの嫌なの?あ、もしかしてヤキモチー?」
若井はそう言って、意地悪そうな顔でニッと笑った。
“ヤキモチ”そう言われたらそんなような気もするけど…なんかちょっと違う。
「なんでぼくがヤキモチ妬くのさっ。」
ムッとした声でそう返すと、若井はふふっと笑って、前を向いたまま言った。
「まぁ、敢えて言うなら、“好きなの”が一緒だから最近話が弾んでるだけだよ。」
「…好きなの?…音楽とか?」
「そうそう。」
「…ふーん。」
口ではそう言ったけど、心の中では引っかかっていた。
“好きなのが一緒”…?
音楽って…
まあ、確かに前も好きなバンドが一緒で盛り上がってる事があったっけ…
…いや、でも、そんな感じだったっけ?
「なに考えてんの?」
若井がふいにぼくの顔を覗き込んでくる。
「え? べつに。」
「疑ってんの?おれらの仲、怪しいとか思ってるー?」
若井の言葉に一瞬、心臓が跳ねたような気がした。
そんなつもりじゃなかった…はずなのに。
「思ってないよ。……思ってないけど。」
言葉の最後が、少しだけ濁る。
自分でもうまく説明出来ない、もやもやとした気持ちが、胸の奥に溜まっていた。
「けど?」
若井が、意地悪く笑いながら言葉を引き取る。
「……なんか、分かんないけど。」
視線をそらして、早足で前を歩く。
何が引っかかってるのか、はっきりと掴めない。
ただ、“気づかないふり”をしていたものが、少しずつ言葉ににじみ出してしまっている気がした。
「…元貴って、ほんと素直じゃないよな。」
「は?」
「じゃ、今日のお昼食べる時に、例の“好きなやつ”を仕方ないから教えてあげるよ。」
「…別に聞きたくないし。」
「ふーん、じゃあナイショにする。」
「え、ちょっと、それはそれで気になるし…!」
「ほらー、やっぱ気になってるんじゃん。」
ぼくは思わず顔をしかめて、若井の背中を軽く叩いた。
そんなふうにからかわれるのは悔しいのに、不思議と、さっきより少しだけ心が軽くなっていた。
でもその“好きなもの”が、音楽じゃなかったとしたら…
そう考える自分を、ぼくはまた見ないふりをした。
・・・
午前の講義が終わり、いつも通り学習でお昼ご飯を食べている時、スマホを見てた若井が『ねぇ…』と言って口を開いた。
「ん?」
「先輩から明日明後日、バイトしない?って誘われてんだけど、やる?」
「明日ってクリスマスイブだよね?って、事はケーキ販売のバイト〜?」
「うん。多分それ。」
「どうせ暇だしやろっかなあ。」
「涼ちゃんはどうする?勉強忙しい?」
「う〜ん、気分転換にもなるしやろうかな!僕だけお家でお留守番も寂しいし。」
「おけ!じゃあ、“三人で行きます”って返事しとくね。」
若井がそう言って、連絡を返している時、涼ちゃんが『あ!』と何かを思い出したようなか声を上げた。
「そうだ!家の物置部屋にクリスマスツリーあるんだった!せっかくだし、今日飾らない〜? 」
クリスマスツリーと聞いて、目を輝かすぼくと若井。
やっぱり何歳になってもクリスマスって、ちょっとワクワクする。
「ツリー?!飾りたいー!」
「いいねいいね!テンションあがるー!」
はしゃいでるぼく達を見て、涼ちゃんは『ふふっ』と優しく笑った。
「あ、あと余談だけど、明日と明後日は学食でクリスマス限定メニューが出るよ〜。」
「そうなの?!」
「えー!絶対食べたい!」
特に予定もなく過ぎて行くと思っていた明日からの二日間。
だけど、ケーキのバイトに、ツリーの飾りつけ、学食のクリスマスメニュー…
なんだか、思っていたよりずっと、楽しい時間になりそうな気がした。
・・・
午後の講義を終え、正面玄関で涼ちゃんと待ち合わせして三人で帰宅すると、ぼく達は早速物置部屋に向かった。
「もうだいぶ出してなかったからな〜、どこだろ〜。」
「ぼく、こっち見てみるね。」
「じゃあ、おれは反対側探してみる。」
三人で手分けしながらガタガタと物を避けながら奥を探していく。
涼ちゃん曰く、胸の高さくらいの大きさはあるらしいから、目立つはずなんだけど…
「あ、これじゃない?!」
暫くすると、ぼくの反対側を漁っていた若井が声を上げた。
若井が奥の方からひっぱり取り出してきたのは、側面にクリスマスツリーの絵が描かれた縦長の箱だった。
「ごめんっ、手伝って欲しいかも。」
見た目以上にずっしりと重そうな箱に苦戦する若井に、ぼくと涼ちゃんも慌てて加勢する。
「わ、重た!」
「気を付けてねぇ。」
「じゃ、行くよー。」
三人で声を掛け合いながら、慎重に抱えるようにして持ち上げ、リビングまでゆっくりと運んでいった。
どこに置こうか相談し、リビングとダイニングの間に置くことに決定した。
少し埃っぽい箱を開けると、透明な袋に包まれた緑の枝たちが、無造作に詰め込まれていた。
どうやら組み立て式らしい。
「結構部品多いね。」
「なんかそういえば大変だった記憶がある。」
そう言って、涼ちゃんが袋のひとつを破ると、緑の枝がふわっと解き放たれる。
そしてよく見ると、箱の奥の方には、赤や白、金色の如何にもクリスマスツリーの飾りといったものが出てきて、まだ出来上がった訳でもないのに、少しだけ心が踊った。
(……まだ何も組み立ててないのに、なんかちょっとワクワクする)
ぼくは思わず、ふっと息をもらすように笑った。
飾りのひとつを手に取ると、手のひらにすっぽり収まる金色の球が、少し曇った窓越しに射す冬の光を受けて、淡く光った。
「ツリーの飾りって可愛いよねえ。」
「なんかワクワクするよねぇ。 」
「ほら、とりあえず先にツリー作っちゃお。」
若井の言葉にうなずいて、ぼくらはそれぞれ枝を持って組み立てを始めた。
芯のポールに、長さの違う枝を上から順に差し込んでいく。
「これ、こっちで合ってる?」
「うん、たぶんそれ下の段。ここらへんの隙間が広いからさぁ。」
「なるほどね。涼ちゃん、見た目よりちゃんと細かいとこ気にするよね」
「えぇ〜褒めてる?けなしてる?」
「褒めてる褒めてる。たぶん」
そんな他愛もないやりとりが続く中、ツリーの姿は少しずつ立体的になっていった。
枝がすべてつき終わると、涼ちゃんが言ってた通り、胸の高さまであるツリーが出来上がった。
「おおー、意外と存在感あるね。」
若井が手を腰に当てて嬉しそうに言った。
「ふふ。いい感じいい感じ。じゃぁ、飾りつけようか〜。」
涼ちゃんが箱の中から、色とりどりの飾りを両手に抱えて、ふわっと笑った。
その笑顔を見ていたら、ふいに…
この一瞬が、あと何回繰り返せるんだろう、なんて考えてしまった。
当たり前に思ってたこの時間が、いつか少しずつ変わっていってしまうんじゃないかって。
「元貴、どうしたの?」
涼ちゃんに声を掛けられて、ぼくははっとして顔を上げた。
「え、なにが?」
「ううん、なんか、遠い目してた。」
「えー、してないよー。」
そう言ってごまかしながら、手近にあった赤い飾りを取って、ツリーの中ほどにそっと引っかけた。
今は、今のことだけ考えよう。
笑ってる二人がいて、飾りがキラキラしてて、冬の匂いがして。
…それだけで、きっと、じゅうぶんだ。
「出来たあー!」
全ての飾りが取り付けられ、電飾もグルグルと巻かれついにツリーが完成すると、涼ちゃんが『ちゃんと付くかなぁ。』と、少し心配そうに電飾のスイッチを握りしめた。
「じゃぁ、付けま〜す!」
カチッーー
涼ちゃんの号令と共に付けられた電飾。
涼ちゃんの心配を他所に、キラキラと輝きだしたツリーに、ぼくらは思わず『おぉ〜』と声を揃えてしまった。
小さなLEDの明かりが、赤や金の飾りを柔らかく照らしている。
「やば、めっちゃ綺麗じゃん…。」
若井がぽつりと呟く。
「ね、ちゃんと光った〜。よかったぁ。」
涼ちゃんが、ちょっと誇らしげにぼくらの顔を見た。
その目がツリーの明かりを反射して、きらりと光った気がした。
「てか、ツリーあるだけで一気にクリスマス感出るね。」
「うん、冬休み始まる感じする。」
「ふふっ、プレゼント置かなきゃだね〜。誰が誰に何あげる〜?」
涼ちゃんが冗談めかして言うと、若井がすかさず乗ってくる。
「じゃあ、元貴に靴下あげる。3足組で。」
「えっ、いらない。」
「いらないって言うなよ〜。あったかいやつだよ?」
「じゃあ…ちょっとだけならもらう。」
なんて、しょうもない会話をしながらも…
ツリーの光に照らされたその時間が、妙に心地良かった。
ただ飾っただけなのに、なんだか心まで飾られたみたいに、ほんの少しだけ、浮き足立っていた。
窓の外には、白い息が夜の空気に溶けていく。
ツリーの隣で、僕たちの笑い声が静かに響いていた。
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