テラーノベル
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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。」
今日は涼ちゃんの目覚ましで三人とも一緒に目覚めた。
まだ冷え切ったリビングの中、布団にくるまりながら、部屋が暖まるのを待つ“お喋りタイム”が自然とはじまる。
「クリスマスツリーがめちゃくちゃ目の端に居るわ。」
「いいなあー。ぼくのとこからだとソファーがあって見えないんだけど。」
「いいんだけど、朝からクリスマスツリーはなんかうるさいかも。」
「電飾付いてないのに〜?」
「うん、“おれがクリスマスだ!”って言う存在感が凄いわ。」
「あははっ、なにそれ。」
「そんな主張してる〜?」
「してるしてる。まじで。」
笑いがこぼれる朝。ツリーの存在だけで、なんとなく今日が特別に感じられた。
「ねえ、それで言うとさ、今日の食堂のクリスマス限定メニューってどんな感じなのー?」
「え〜どんなんだっけぇ?2年前だからあんまり覚えてないけど、骨付きチキンがあった事は覚えてるよ。」
「おれ、絶対骨付きチキンにしよっと!」
「骨付きチキンって、なんかクリスマスって感じしていいよね。」
「分かる〜。僕もその理由で骨付きチキン食べたもん。」
「やっぱり?…ってか、食べ物の話してたらお腹空いてきた!」
「そうだねぇ。お部屋も暖かくなってきたし、そろそろ起きよっか〜。」
「ふあー、今日も一日かはじまるのかー!」
三人そろって布団の中でぐーっと伸びをする。
涼ちゃんはいち早く起きてキッチンへ。
次に起きた若井は顔を洗いに脱衣所へ。
ぼくはというと、もう少し布団に甘えていたかったけれど…
「元貴、もしかして寝てないよね〜?」
キッチンから聞こえてきた涼ちゃんの声に促されて、ようやく布団から這い出した。
キッチンへ向かう途中、ふと、ツリーの電飾スイッチを入れる。
カチッという音とともに、キラキラと色を変える光が部屋を彩った。
「朝から光らせてんの?」
脱衣所から戻ってきた若井が、ツリーに視線をやって、くすっと笑った。
「いいじゃんっ、テンションあがるでしょ?」
「まあね。」
そう言いながら、若井もぼくの隣に立って、クリスマスツリーを一緒に眺める。
チラッと若井を見ると、 柔らかく光る電飾の明かりに照らされた若井のウキウキした横顔が、少しだけ幼く見えて、思わず小さく笑ってしまった。
「なに?」
「ん、なんでもないよ。」
肩をすくめてごまかしながら、もう一度ツリーに視線を戻す。
すると、キッチンの方から涼ちゃんの明るい声が聞こえてきた。
「二人とも、朝ご飯出来たよ〜!」
ぼくと若井は視線を交わすと、ツリーの光を背に、二人でダイニングへ向かう。
テーブルの上には、湯気の立つスープと、ふっくら焼けたトースト、そしてスクランブルエッグが並んでいた。
「うわ、美味しそう…!」
「え、焦げてない…!」
思わず声が漏れると、キッチンに立つ涼ちゃんが、ちょっと得意げな笑みを浮かべた。
「えへへ〜、しかも!今日はちょっとクリスマスっぽくしたくて、ハーブソーセージもつけてみました〜。」
「やったあー!」
「最高ー。ありがとう、涼ちゃん。」
椅子に腰を下ろし、三人並んで手を合わせる。
「「「いただきます!」」」
ふと、ダイニングの奥に見えるリビングのツリーが、また静かに瞬いた。
朝の冷たい空気はまだ残っていたけれど、温かい食事と、笑い声と、ツリーの灯りが、今日という日をじんわりと温めていた。
・・・
今日は三人で大学まで歩いていき、朝の講義が終わったら、また学食で合流した。
「やばっ、クリスマスって感じ!」
「美味しそー! 」
「やっぱ骨付きはテンション上がっちゃうねぇ。」
トレイの上には、黄金色に焼かれた骨付きチキンと、彩りのきれいな温野菜、クリスマスカラーのミニケーキまで並んでいて、まるで小さなごちそうだった。
「これだけで今日がちょっと特別な日になるって、すごいよね。」
「うん。朝から飾ってたツリーの主張、ちゃんと回収してきた感じあるわ。」
「ねぇっ、早く食べよ〜!」
三人で笑いながらテーブルを囲み、あたたかい食堂の中で、ゆっくりと特別な昼休みを過ごした。
・・・
「ごめん〜!お待たせぇ。」
「んーん。ぼく達も今来たとこだよ。」
「じゃ、行こっか。」
午後講義が終わり、涼ちゃんと正面玄関で合流してから、三人で歩き出す。
「ねえ、そういえば、今日のバイトって、どこでやるのー?」
昨日、若井にバイトを誘われたのはいいけど、何の詳細も聞いてなかった事を思い出し、ぼくは歩きながら若井に尋ねてみた。
「ん?あぁ、場所は、いつも行くスーパーがある商店街のケーキ屋さんらしいよ。」
「あ、あの角にあるお店ー?」
「うん。先輩に送ってもらった地図見る限り、多分そこ。 」
「わぁ〜、あそこのケーキ、美味しいんだよねぇ。」
「そうなの?じゃあ、バイト終わって、もし余ってたら、1個買って帰らない?」
「いいねっ。そうしよ〜!」
そんな話をしながら、ぼく達は若井先導で、バイト先へ向かっていった。
冬の夕暮れどき、商店街のアーケードはクリスマス一色で、街灯には星形のオーナメント、店先にはリースや電飾が輝いている。
両側の店舗からは軽やかなジングルベルが流れていて、歩いているだけでなんだか楽しくなってきた。
少しして、目指すケーキ屋さんが見えてきた。
赤い屋根と白い外壁が目印のその店の前には、特設の販売ブースが設けられていて、テーブルの上にはケーキや焼き菓子がきれいに並べられている。
「わ、ここだ…なんか、思ったより本格的。」
「ね、屋台っぽいかと思ったけど、ちゃんとしてるねぇ。」
「なんか、テンション上がってきた〜!」
寒さでちょっぴりかじかんだ指先と、浮き足立つ気持ち。
今日だけの、特別な“クリスマスのバイト”が、いよいよ始まる。
「ひろぱー!」
ケーキ屋さんの前にたどり着くと、中から元気な声が響き、エプロン姿の男性が出てきた。
声の主は、以前学園祭の焼きそば屋台で会った、若井のフットサルサークルの先輩だった。
「今日はバイト引き受けてくれてありがとー!さっそくやけど、皆、こっち来てくれん?」
柔らかな関西弁で、にこやかに手招きするその様子は、昔からの知り合いのような親しみを感じさせた。
「涼ちゃんも勉強忙しいのに来てくれてありがとー。」
「全然!クリスマスのバイトってやった事なかってから、ちょっと楽しみ〜。」
「あははっ、なら良かったけど、見た目以上にハードやから頑張ってな。」
「そうなんだ!頑張んなきゃ〜!」
そんなやり取りをしているふたりは、以前よりもずっと気さくな空気を纏っていて、二人は同じ講義を取っていると言っていたし、あの学園祭の後も、交流が続いていたのかもしれないと思った。
「もっくんも来てくれありがとね。」
「もっくん?」
「うん、元貴くんやから、もっくん!」
「あはは、なるほどです。」
話を聞くと、このケーキ屋さんは彼のご両親が営むお店で、毎年クリスマスシーズンにはとにかく忙しくなる為、こうして手伝いに来ているのだという。
「だからまあ、家族総出って感じやねんけど、今年はさらに人手足らんくてさ。ほんま助かるわ〜。」
そう言いながら、ぼくたちをお店の奥へと案内してくれた。
そこは作業場を兼ねた控え室のようなスペースで、整然と道具やケーキ箱が並ぶ一角に、ハンガーラックが立てられていた。
そして、そのラックには、真っ赤な布や、白いファーが目を引く、どこか見覚えのある衣装と茶色いツナギのような衣装が合わせて三つ、ぶら下がっていた。
「これ、もしかして…。」
「せやねん、三人に着てもらうやつ〜!」
先輩がにやっと笑って指差すと、思った通り、それはサンタとトナカイの衣装だった。
「えーっ?! まじか!」
「可愛い〜! これ、誰がどれ着るの?」
「それはもう、じゃんけんでしょ?!」
ぼくと涼ちゃん、若井の三人で顔を見合わせて、思わず笑いがこぼれる。
先輩はというと、『わはは、ノリええな〜』と楽しそうに笑いながら、『ちなみにサイズはフリーやから、誰でも着れるで』と軽やかに付け足した。
・・・
「ぼくもサンタさんが良かったあー。」
じゃんけんをして見事負けたぼくは、茶色いフードの付いたモコモコの着ぐるみに身を包まれていた。
鏡に映る自分は、トナカイというより、もはや“ぬいぐるみ”のような愛らしさで…
正直、ちょっとだけ屈辱的だ。
「じゃんけんって、言い出しっぺが負けるよね。」
「元貴、めちゃくちゃ可愛いよっ。」
涼ちゃんが顔をほころばせて笑いながらそう言うと、若井も『ほんとそれ』と、にやけた顔で親指を立ててくる。
「ねぇ、からかってるでしょ?」
「からかってないって。普通に、お客さんに一番ウケるの元貴だと思うし。」
あーあ、とため息をつきながらも、二人の笑顔につられて、ついぼくも頬がゆるむ。
それに、二人ともちゃんと似合っていて悔しいけれど格好いい。
赤いサンタの衣装に身を包んだ涼ちゃんは、いつもより少しだけ華やかに見えて、 若井はというと、白いもこもこの縁取りが付いた帽子をやたらとラフに被って、なんだか妙にサマになっていた。
「サンタさん達、準備出来てるー?」
「…うん。ぼくはトナカイですけど。」
「めっちゃ似合うやん!よろしくなっ、看板トナカイくん!」
やっぱりからかわれてる気がしないでもないけど…
そうして笑いながら、ぼくたちは店の外に出ていった。
店先は既に沢山の人で賑わっていて、甘いケーキの香りと、少し冷たい空気が入り混じるその場所で、
ぼくたちのクリスマスバイトが、賑やかに始まった。
彼の『見た目以上にハード』と言ってた言葉の意味は、始めてすぐに痛感することになった。
引っ切りなしに訪れるお客さんに、笑顔を絶やさず応対しながら、素早く、けれど丁寧に動く。
店頭に並べたケーキはすぐに売れてしまうため、補充は常に手早く、けれど崩れないよう細心の注意を払わなければならない。
それに、ケーキって、こんなに繊細だったっけ…と思うほど、ちょっとの衝撃で傾いたり、トッピングがずれたりしてしまう。
慣れない手つきに変な汗をかきながら、ぼくは何度も深呼吸をしては、慎重に運んだ。
見た目は華やかで楽しげな、いかにも“クリスマスのバイト”といった雰囲気だけど、 その実、体力も、集中力も、笑顔も、どれも途切れさせる余裕がない。
(なるほど、ハードって、こういう事かぁ…。)
それでも、たまに『可愛い〜!』と笑ってくれるお客さんの言葉や、涼ちゃんの『元貴、大丈夫〜?』という声掛け、 若井と交わす短いやりとりが、妙に励みになった。
「ふわー!終わったあー!」
「お疲れ様〜。数時間だけだったのに、なんか一日分くらい疲れたかも。」
「やば、顔が笑顔から戻んない……筋肉つりそう。」
閉店と同時に、お店の前に設置されていた販売ブースを片付け終えたぼく達は、最初に案内された控え室に戻ってきた。
制服のように着ていた衣装はもうすっかり体に馴染んでしまって、脱ぐ気力も湧かないまま、三人で床にぺたんと座り込む。
「元貴、やっぱりモテモテだったねぇ。さすが、看板トナカイさん〜。」
「モテモテって…ほとんど子供だったしっ。てか、涼ちゃんのとこに並んでた人、綺麗なお姉さん多くなかった?」
「んふふ〜、まぁね?“サンタさん可愛い〜”って、ちょっと言われ慣れてない事言われちゃった。」
「若井はやっぱり、マダム層に人気だったよね。“息子にしたい”って言われてたし。」
「…マダムにモテてもなー。いや、ありがたいけど。」
ぽつりぽつりと交わされる会話は、いつもの何気ないやりとりなのに、今日の疲れのせいか妙にじんわりと心に染みた。
三人揃って、『ふぅー。』とひと息吐いたその時、ガチャッと控え室のドアが開き、朗らかな関西弁の声が飛び込んできた。
「三人とも、お疲れ様ー!ほんま、めっちゃ助かったわぁ!うちのおかんもおとんも、“ええ子らやなあ〜”ってベタ褒めしとったよ!」
満面の笑みで入ってきた彼に、自然とぼく達の顔にもまた笑みが戻る。
「バイト代は明日まとめて払うんやけど、これはちょっとしたお礼ね! 」
そう言って取り出されたのは、箱に入ったクリスマスケーキ。
ふわっと甘い匂いが部屋の空気に溶けて、疲れていた体が一気にほどけていくようだった。
「まじ?!いいんですか?!」
思わず声をあげて、若井がケーキの箱に目を輝かせる。
「僕達、バイトに終わりにクリスマスケーキ買おうと思ってたんだけど…。」
涼ちゃんが少し申し訳なさそうにそう言うと、彼はニッと笑って、手をひらひらと振った。
「そんな、三人からお金取るようなケチくさい事せんて!いいから貰ってって。ほんで、また明日もよろしくなぁ!」
「ありがとうございますっ!」
「やったー!」
「じゃあ、明日も頑張っちゃおっかな〜。」
三人でわいわいと声を上げながら、手渡されたケーキをそっと受け取る。
箱はひんやりと冷たかったけど、心はふわふわと温かくなった。
明日も頑張れる理由が、またひとつ増えた気がした。
・・・
「「「かんぱーい!!!」」」
乾杯の声と一緒に、三つのグラスが軽やかな音を立てた。
テーブルの上には、クリスマスらしく、いつものスーパーで買ってきた少しだけ値引きされていたオードブルとノンアルコールのシャンパン。
そして、もらったケーキが並んでいて、普段よりもほんの少しだけ豪華な夕食になった。
電気を少し落として、クリスマスツリーのライトだけで照らされた部屋は、どこか別世界みたいに見えた。
「って、今日はイブだから、本番は明日なんだけどね。」
如何にも今日がクリスマス本番のような雰囲気に、若井が笑いながらそう言った。
「なんか、やり遂げた感あるけど、明日もバイトだしね〜。ってか、明日の方が忙しそうじゃない?」
「確かに。」
涼ちゃんの言葉に、ぼくは苦笑混じりに相槌を打ち、グラスを口に運ぶ。
「明日も、元貴のトナカイさん見れるんだねぇ。」
「やだあ!明日、またじゃんけんしよーよ!」
「いや、あのトナカイさんは、元貴にしか着こなせないよ〜。」
そう言って笑う涼ちゃんに、ぼくは小さく肩をすくめた。
「…ぼく、来年はサンタがいいなぁ。」
ふと漏らした言葉に、若井が声を立てて笑った。
ツリーの明かりがふんわりと三人の顔を照らす中、そんな他愛ない言葉のやり取りだけで、胸の奥が少し温かくなっていくのを感じた。
窓の外では風の音がして、さっきまでの喧騒が嘘のように静かだった。
「…なんかさ。」
ふいに、涼ちゃんがぽつりと呟いた。
「僕…また、こんなに楽しいクリスマス、過ごせると思ってなかったよ。 」
その声には、どこか、ほんの少しだけ、過去の寂しさが滲んでいた。
若井も、ぼくも、自然と顔を見合わせて、それから何も言わずに視線を戻す。
「安心しなよ。これからも、毎年楽しいクリスマスを過ごせるから。」
若井のその言葉は、冗談っぽいようでいて、ちゃんと真っ直ぐだった。
涼ちゃんは少し目を細めて、優しく頷いた。
「ふふっ、そうだねえ。」
ツリーのライトが小さく瞬く。
グラスの中の泡が、静かに弾ける音がした。
同じ部屋に、そんな風に頷き合える相手がいる。
それだけの事が、今夜はやけに胸に沁みた。
そんなクリスマスイブだった。
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すきです😆この作品大好きです...😻