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第26話「知らない世界の入口」
───結翔side
翌日。
結翔「…………」
ベッドに寝転がりながら、俺はスマホを見つめていた。
昨日の夜。
久しぶりに蓮と再会した。
聞きたいことは山ほどあった。
けど、結局ほとんど聞けなかった。
結翔「…………」
……いや、仕方ないだろ。
あいつにも仕事があるらしいし。
結翔「……にしてもなぁ」
昨日の会話を思い出す。
『明日、俺仕事休みだし、ちょっとだけなら教えてあげれるかも』
結翔「…………」
結翔「……本当に教えてくれるんだろうな、あいつ」
そもそも、あいつのことだ。
面倒くさくなったら、平気で話を切り上げそうな気がする。
結翔「……まぁ、あいつならあり得る」
───ピコン。
結翔「ん?」
スマホが鳴った。
画面を見ると、メッセージが届いていた。
『今日、時間ある?』
送り主は――蓮。
結翔「…………」
結翔「……お前から連絡してくるんだ」
思わず、口元が緩んだ。
俺はすぐに返信する。
『ある。何時?』
数秒後。
『今から』
結翔「…………は?」
結翔「いや、急すぎだろ!!」
思わず声が出た。
いやいや、待て。
今からって何だよ。
こっちにも準備ってもんがあるだろ。
結翔『どこ行けばいい?』
蓮『駅前』
結翔『了解』
蓮『あ、あと』
結翔「…………?」
蓮『寝癖ついてるよ』
結翔「…………は?」
結翔「いや、まだ会ってねぇだろ!!」
……あいつ、絶対わざとだろ。
俺はスマホをベッドに放り投げた。
結翔「……クソ、朝から何なんだよ」
そう言いながら、俺は身支度を始めた。
───駅前
結翔「…………」
待ち合わせ場所に着いてから、数分。
見慣れた人影が、少し離れた場所に立っていた。
蓮「……あ、結翔くん」
結翔「おせぇよ」
蓮「まだ約束の時間じゃないけど」
結翔「…………」
結翔「……あ、そうなの?」
蓮「うん」
結翔「じゃあ何で先に来てんだよ」
蓮「暇だったから」
結翔「俺も暇だわ!!」
蓮「それはよかったね」
結翔「会話になってねぇんだよ!!」
蓮「……朝から元気だねぇ」
結翔「誰のせいだと思ってんだ」
蓮「俺?」
結翔「分かってんなら直せ!!」
蓮「善処します」
結翔「絶対しねぇだろ、お前……」
蓮「うん」
結翔「認めんな!!」
蓮は小さく笑った。
……まったく。
こいつは本当に、調子が狂う。
けど。
昨日まで頭の中を埋め尽くしていた重たいものが、少しだけ遠くなった気がした。
蓮「……で?」
結翔「ん?」
蓮「昨日の話。まだ知りたいんでしょ?」
結翔「……あぁ」
蓮「本当に?」
結翔「何回確認すんだよ」
蓮「いや、途中で帰りたいって言い出すかもしれないし」
結翔「帰るのはお前の方だろ!!」
蓮「……確かに」
結翔「納得すんな」
蓮「じゃあ、行こっか」
結翔「おう」
二人は歩き出した。
しばらく歩いた先。
人通りの少ない公園にたどり着いた。
蓮はベンチに腰を下ろす。
結翔「……ここで話すのか?」
蓮「うん」
結翔「もっとこう……秘密のアジトとかないの?」
蓮「あると思う?」
結翔「いや、知らねぇから聞いてんだろ」
蓮「じゃあ、あるかもしれないね」
結翔「適当すぎんだろ!!」
蓮「……秘密のアジト、欲しかった?」
結翔「別に欲しくねぇよ!」
蓮「俺はちょっと欲しい」
結翔「お前が欲しいのかよ!!」
蓮「だって、秘密基地って響きがいいじゃん」
結翔「……お前、いくつだよ」
蓮「十五歳くらい?」
結翔「年齢を疑問形で答えるな!!」
蓮「冗談だよ」
結翔「分かってるわ!!」
蓮「……よかった。今ので本気で心配されたらどうしようかと思った」
結翔「心配するところそこじゃねぇだろ……」
蓮「そう?」
結翔「そうだよ」
……本当に。
こいつの頭の中、どうなってんだ。
蓮「……さて」
蓮は少しだけ姿勢を正した。
蓮「何から聞きたい?」
結翔「…………」
ふざけた空気が、少しだけ落ち着く。
俺は一度、息を吐いた。
結翔「……コロシ屋って、結局何なんだ?」
蓮「人を殺す人たち」
結翔「説明を放棄すんな」
蓮「いや、間違ってはないでしょ」
結翔「そういう問題じゃねぇんだよ!!」
蓮「……注文が多いなぁ」
結翔「お前の説明が雑なんだよ!」
蓮「じゃあ、もう少し丁寧に言うね」
蓮は指を一本立てた。
蓮「依頼を受けて、人を殺す。それがコロシ屋」
結翔「…………」
蓮「依頼の内容も、依頼人も、理由も、それぞれ違う」
蓮「全員が同じ考えで動いてるわけじゃないよ」
結翔「……じゃあ、何でそんなことをするんだ?」
蓮「理由なんて、人それぞれでしょ」
蓮「復讐のためだったり、生きるためだったり」
蓮「それ以外の生き方を知らなかったり」
結翔「…………」
蓮「……まぁ、綺麗な理由ばかりじゃないけどね」
結翔は黙った。
頭では分かっていた。
けれど、こうして言葉にされると、改めて実感する。
自分の知らない場所では、人の命が仕事として扱われている。
それが、今まで自分が生きてきた世界と地続きになっている。
結翔「……お前も、その中にいるんだよな」
蓮「うん」
結翔「…………」
結翔「……怖くねぇの?」
蓮「何が?」
結翔「何がって……人を殺すこととか、殺されるかもしれないこととか」
蓮「…………」
蓮は少し考えた。
蓮「……怖いって思うことはあるよ」
結翔「……!」
蓮「でも、怖いからやめられることばかりじゃないでしょ」
結翔「…………」
蓮「怖くない人間が強いんじゃなくて、怖くてもやるしかない人間もいるってこと」
蓮「……まぁ、だからって、怖くなくなるわけじゃないけど」
結翔は何も言えなかった。
蓮「それに」
蓮「怖くないって言い切る人の方が、俺は信用できないかな」
結翔「……何で?」
蓮「自分が何をしてるのか、分かってない可能性があるから」
…………。
こいつは時々。
何でもないことのように、とんでもないことを言う。
結翔「……お前、たまに正論が鋭すぎんだよ」
蓮「え、そう?」
結翔「自覚ねぇのかよ……」
蓮「ないね」
結翔「堂々と言うな」
蓮「じゃあ、今から自覚する?」
結翔「できるもんならやってみろ」
蓮「……難しそう」
結翔「だろうな!!」
蓮「ふふ」
また、笑い声が落ちた。
けれど。
俺は、さっきの言葉が頭から離れなかった。
結翔「……蓮」
蓮「ん?」
結翔「お前は……怖くても、やるしかないと思ってるのか?」
蓮「…………」
今度は、すぐに答えなかった。
蓮「……どうだろうね」
結翔「…………」
蓮「少なくとも、好きでやってるわけじゃないよ」
その声は、いつもと変わらなかった。
だからこそ。
それ以上、聞けなかった。
少しの沈黙のあと。
結翔「……なぁ」
蓮「ん?」
結翔「お前、何で学校に来なくなったんだ?」
蓮「…………」
結翔「昨日からずっと聞きたかった」
結翔「……いや、前からか」
蓮は視線を落とした。
蓮「……それも、今は話せない」
結翔「…………そっか」
蓮「……聞かないの?」
結翔「話したくないんだろ」
蓮「…………」
結翔「無理に聞き出したって、意味ねぇし」
蓮は少しだけ目を見開いた。
結翔「ただ」
結翔「いつか話せるようになったら、聞かせてくれ」
蓮「…………」
結翔「俺は聞きたいから」
蓮「……そっか」
蓮は小さく笑った。
蓮「結翔くんって、変なところで聞き分けいいよね」
結翔「お前が変なところで素直に話さねぇからだろ」
蓮「それはそう」
結翔「認めんな」
蓮「……でもさ」
結翔「ん?」
蓮「話したくないことを、話せって言われるのって、結構しんどいんだよ」
結翔「…………」
蓮「相手に悪気がないって分かっててもね」
蓮は空を見上げた。
蓮「だから、話してくれないことと、信じてくれてないことは、同じじゃないと思うよ」
結翔「…………」
蓮「……まぁ、俺もできてるかは知らないけど」
結翔はしばらく黙っていた。
そして。
結翔「……お前、そういうところだぞ」
蓮「何が?」
結翔「急にまともなこと言うな。ツッコミが追いつかねぇだろ」
蓮「……ごめん?」
結翔「何で疑問形なんだよ」
蓮「謝った方がいいのか分からなくて」
結翔「そこは謝っとけよ!!」
蓮「ごめん」
結翔「……おう」
蓮「……何で結翔くんまで素直なの」
結翔「お前が謝ったからだろうが!!」
蓮「そっか」
結翔「そっかじゃねぇ!!」
……本当に、調子が狂う。
けれど。
今の言葉は、忘れたくないと思った。
誰かが話してくれないことを、勝手に拒絶だと決めつけない。
相手にも、話せない理由がある。
そんな当たり前のことを。
俺は、ちゃんと分かっていただろうか。
蓮「……あと、一つだけ」
結翔「まだあんのか?」
蓮「何その顔。帰りたい?」
結翔「帰りたくねぇよ! お前が話すって言ったんだろ!」
蓮「……そうだった」
結翔「お前、今日何しに来たんだよ!!」
蓮「結翔くんと話しに?」
結翔「…………」
蓮「……違った?」
結翔「いや、そうだけど……!」
蓮「ならいいじゃん」
結翔「お前なぁ……!!」
蓮は何事もなかったように、話を続けた。
蓮「……結翔くん」
蓮「この世界を知りたいなら、一つだけ覚えておいて」
結翔「…………何だよ」
蓮「誰かの話を聞いただけで、全部分かった気にならないこと」
結翔「……!」
蓮「同じ出来事でも、立ってる場所が違えば見え方は変わるから」
蓮「誰かにとっての正義が、別の誰かにとってはただの迷惑だったりする」
蓮「……だから、自分で見て、自分で考えて」
蓮「それでも分からないなら、分からないままでいいんじゃない?」
結翔「…………」
蓮「無理に答えを出す必要なんてないよ」
蓮「分かったふりをする方が、よっぽど危ないから」
結翔は、拳を握った。
雫さんのことを思い出す。
あの時。
俺は何も知らなかった。
何も知らないまま、いつも通りに過ごしていた。
そして、気づいた時には――
もう、取り返しがつかなかった。
結翔「……でも、知らなかったら何もできねぇだろ」
蓮「…………」
結翔「知らなかったから、気づけなかった」
結翔「知ってたら何かできたかもしれないのに、何も知らなかったから……」
言葉が、途中で止まる。
……違う。
今さら、そんなことを言っても仕方がない。
それでも。
結翔「……もう、あんな思いはしたくねぇんだよ」
蓮「…………」
蓮は、俺を見ていた。
そして。
蓮「……結翔くん」
結翔「……何だよ」
蓮「知らなかったことを、全部自分の責任にしない方がいいよ」
結翔「…………」
蓮「知らなかった君にできることと、知っていた誰かにしかできなかったことは、違うから」
結翔「…………!」
蓮「後からなら、いくらでも『あの時こうしていれば』って考えられる」
蓮「でも、その時の君は、今の君ほど何も知らなかったんでしょ?」
結翔「…………」
蓮「だったら、今の君が、あの時の君を責め続けるのは違うと思うけど」
何も言い返せなかった。
正論だった。
あまりにも、正論すぎた。
結翔「…………お前」
蓮「ん?」
結翔「……本当に、腹立つな」
蓮「え、何で?」
結翔「言い返せねぇからだよ……」
蓮「……あぁ」
結翔「納得すんな!!」
蓮「いや、そこは納得するところでしょ」
結翔「お前は黙ってろ!!」
蓮「はいはい」
……くそ。
本当に、こいつは。
でも。
胸の奥にずっと引っかかっていたものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
蓮「……そろそろ帰ろっか」
結翔「え、もう帰んのか?」
蓮「うん。俺、今日休みなんだけど」
結翔「休みならもっと話せるだろ」
蓮「休みだから休みたい」
結翔「お前、さっき俺と話しに来たって言っただろ!!」
蓮「うん。話したから、もういいかなって」
結翔「自由すぎんだろ!!」
蓮「……人生、自由に生きた方が楽しいよ」
結翔「お前の人生論、絶対参考にならねぇ……」
蓮「失礼だなぁ…」
結翔「自覚しろ!!」
蓮は立ち上がった。
そして、少しだけ俺を見下ろす。
蓮「……でも」
結翔「?」
蓮「今日は、話せてよかったよ」
結翔「…………」
蓮「昨日、結翔くんがあんなこと言うから」
結翔「……あんなこと?」
蓮「俺と並べるようになりたい、って」
結翔「…………!」
蓮「……あれ、結構困るんだけど」
結翔「は!? 何でだよ!」
蓮「だって、俺にそんなこと言われても」
蓮「……どうしたらいいか分からないし」
結翔「…………」
蓮「でも」
蓮「結翔くんが何を知って、何を選ぶのかは、結翔くんが決めればいいと思う」
蓮「俺が勝手に決めることじゃないから」
結翔「…………」
結翔「……何だよ」
蓮「無茶して何かあったらどうすんの」
結翔「それ当回しに俺の事心配してんのか?笑」
蓮「違うけど理由あるし後々面倒くさいから」
結翔「……素直じゃねぇなぁ」
蓮「結翔くんにだけは言われたくない」
結翔「俺はどちらかと言うと素直だろ!」
蓮「……昨日、帰ってからずっと俺のこと考えてたでしょ」
結翔「…………そんなわけ、ねーよ…」
蓮「あ、もしかして図星?」
結翔「いや、何で分かんだよ!?」
蓮「何となくだけど」
結翔「怖ぇよ!!」
蓮「……俺、勘がいいから」
結翔「それで全部片づけるな!!」
久しぶりに。
俺も、つられて笑った。
帰り道。
俺たちは駅前で別れることになった。
蓮「じゃあ、また」
結翔「おう」
蓮「……あ、結翔くん」
結翔「なんだ?」
蓮「今日話したこと、全部覚えておかなくてもいいからね?頭パンクするよ」
結翔「……は?」
蓮「一気に覚えようとすると疲れるでしょ」
結翔「お前が少ししか教えなかっただけだろ!」
蓮「……そうとも言う」
結翔「認めんな!!」
蓮「じゃあ、また今度」
結翔「……あぁ。またな」
蓮は歩き出した。
その背中を見送りながら、俺は思う。
まだ、何も分かっていない。
コロシ屋のことも。
蓮が学校に来なくなった理由も。
あいつが、今までどんな時間を過ごしてきたのかも。
それでも。
今日、少しだけ知ることができた。
そして――
知らなかったからといって、過去の自分を責め続ける必要はない。
あいつは、そう言った。
結翔「…………」
……本当に、ずるい奴だ。
あんな言い方をされたら。
もう少しだけ、前を向いてみようと思ってしまう。
俺はスマホをポケットにしまい、歩き出した。
その時。
ふと、視線を感じた。
結翔「…………?」
振り返る。
けれど、そこには見慣れた街並みが広がっているだけだった。
結翔「……気のせいか」
そう呟いて、再び歩き出す。
――その姿を。
少し離れた建物の影から、誰かが見つめていた。
─────
第26話 終
コメント
1件
第26話、すごくよかった…!😭✨ 結翔くんと蓮くんの掛け合い、相変わらずテンポ良すぎて笑ったw「十五歳くらい?」「年齢を疑問形で答えるな!!」の流れ、めっちゃ好き。 でもその裏で、蓮くんが「怖くてもやるしかない人間もいる」って言うシーン、すごく胸に響いた。あと「知らなかったことを全部自分の責任にしない方がいい」って言葉、結翔くんだけじゃなくて読んでるこっちもハッとさせられたよ…。 結翔くんが「話したくないなら無理に聞かない」って言ったところ、成長してるなぁってじーんとした。そして最後の「気のせいか」の後の誰かの視線…続きが気になりすぎる!!次話も楽しみにしてます📖💕
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