テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その日はよく晴れていて、街も人も、穏やかな活気に満ちていた。
「2人で帰るの、訓練兵時代ぶりだね」
隣を歩くペトラが、少し懐かしそうに言う。
「そんなに昔でもないけど……なんだか、久しぶりに感じる」
「そうだね。
おじさんとおばさん、元気にしてるかな?」
ペトラの家へ向かう道。
二人は肩を並べ、他愛のない話を交わしながら歩いていた。
「お父さんもお母さんも、元気だって手紙に書いてたよ!
レイの帰りも、きっと楽しみにしてる」
そう言って、ペトラは少し先を歩き、くるりと振り返って笑う。
「……ペトラ」
「なに?」
「あの時といい、本当に……いつもありがとう」
ペトラの笑顔に応えるように、
レイの表情も、ほんの少しだけ緩んだ。
⸻
遡ること、2年前。
「訓練兵! 全員聞け!」
訓練場に、シャーディス教官の怒号が響き渡る。
「お前たちはまだ、家畜同然の力しか持ち合わせていないが――
今日から数日、調整日を設ける!」
「心身を休め、人類のために万全な状態で心臓を捧げられるよう努めよ!」
号令とともに、訓練兵たちに休暇が与えられた。
ウォール・マリア陥落以降、訓練は以前にも増して苛烈を極め、
多くの訓練兵の顔には、疲労の色が浮かんでいた。
そんな状態では、訓練時にも支障が出ると思った教官は、疲労回復を名目に 調整日を設けた。
仲間と街へ出る者、実家へ戻る者、
あるいは休暇中も己を鍛え続ける者――。
それぞれが兵舎を離れていく中で。
レイ・ヴァイスは、一人訓練場に残っていた。
剣を振り、息を整え、
あの日目指した“背中”に、少しでも近づくために。
その時――
「レイ!」
名を呼ぶ声に、彼女は振り返る。
そこに立っていたのは、
「……ペトラ」
「そこで何してるの?」
実家に帰ると言っていたはずのペトラに、
レイは思わず目を丸くした。
「もう、せっかくの調整日だよ?
こういう時こそ、ちゃんと休まなきゃ!」
叱るような口調で、ペトラは言う。
「……ずっと兵舎にいても、暇だし」
視線を逸らしながら、レイは小さく答えた。
「ねえ、レイ。
相談なんだけど――よかったら、うちに来ない?」
「……え?」
予想外の言葉に、レイは思わずペトラを見つめる。
「一緒に、私と帰ろ?」
屈託のない笑顔。
「……でも、私なんかが行っても、迷惑になるだけだし」
「人のことは考えないの!
レイが来たいか、来たくないか、それだけ!」
ペトラは一歩近づき、
レイの手を握って見上げた。
レイには、帰る家がなかった。
父は物心つく前に姿を消し、
母は彼女を守って命を落とした。
「私はレイと一緒に居たいんだけど、レイは違う? 」
しばらく視線を落としていたレイが、
小さく口を開く。
「……私も、ペトラと一緒にいられるなら……嬉しい」
「よし、決まりね!」
そう言って、ペトラは手を引き、
二人で訓練場を後にした。
⸻
「お父さん、お母さん! ただいま!」
勢いよく扉を開け、ペトラが声を上げる。
「おお、ペトラ! おかえり」
「疲れたでしょ、早く上がりなさい」
笑顔で迎える、ペトラの両親。
その背後から、白髪の少女が、少し気まずそうに顔を覗かせる。
「……あ、レイ・ヴァイスです。
急にお邪魔してしまって、すみません」
ペトラの父が一瞬目を瞬かせたあと、
すぐに表情を和らげる。
「この子が、手紙にも書いたレイだよ!」
沈黙。
レイにとって、その一瞬は、やけに長く感じられた。
――やっぱり、迷惑だよね。
そう思った、その時。
「そうかそうか! 君がレイちゃんか!」
「話は聞いてるよ、よう来たねぇ」
予想もしなかった言葉に、レイは目を見開く。
「……ご迷惑、では」
「迷惑なんて思うわけないでしょ。さぁ、 お上がり!」
そのまま背中を押され、敷居をまたいだ。
その夜、
レイは初めて“家族の食卓”を囲んだ。
温かい料理と、穏やかな会話。
今まで触れた事のない感覚に、胸がいっぱいになる。
「レイちゃん、大丈夫? 無理して食べなくていいからね」
フォークを持つ手が止まっていることに気づき、 ペトラの母が優しく声をかける。
「あの兵団の訓練を受けてるんだ、疲れが溜まっているんだろう。ペトラもレイちゃんも、今日はしっかり休みなさい。」
その様子を見たペトラの父も、2人を労る。
「……」
「レイ…!?大丈夫!?」
ペトラが慌てて席を立ち、
レイの側へ駆け寄る。
ペトラの両親も心配そうな顔で、
レイを見つめる。
「……え?急にどうし……」
ペトラの慌てた様子、
ペトラの両親の心配そうな表情に驚いた。
「急も何も……レイ、泣いてるよ?」
「……え」
気づけば、涙が頬を伝っていた。
「何か嫌いな物でもあったかい?」
「いや、どこか痛むのかもしれん。」
「レイ、大丈夫?何か辛い事でも思い出したの?」
ペトラ達が、 レイのただならぬ様子を見て、
心配の色を出す。
「……大丈、夫です。」
「……こんな、あたたかい場所で、
誰かと一緒に食事をするのは……初めてで」
レイは目線を落とし、
溢れそうになる涙を堪えた。
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
地下街で育ったこと。
白髪ゆえに疎まれてきたこと。
幼くして、母を亡くしたこと。
窃盗・詐欺・殺し、全てが日常的に行われる、
そんな劣悪な環境の中で育ったこと。
誰も信用出来ず、十五の歳まで生きる術は
独学で学び、下水やカビの生えたパンを
食しながら生きながらえていたこと。
誰にも話さなかった過去を、
レイはゆっくりと語った。
⸻
話し終えた頃には、夜はすっかり更けていた。
レイが話し終えた後、
ペトラとその両親は、レイを強く抱き締めた。
「……レイ、辛いのに話してくれてありがとう。」
「これからは、ここに帰ってきたらいいからね。いつどんな時でも、あったかいご飯を用意して待っているから。」
「レイちゃん。今日から君は、俺たちの家族だ」
「疲れたら帰ってきたら良い、悲しいこと・辛いことがあったら泣いても良い、どんな些細な事でも話してくれ。それが、家族ってもんだ。」
その言葉に、
レイはもう堪えることができなかった。
涙が止まらず、
ただ、温もりに身を委ねた。
「レイ、これからは一緒に帰ろう。この家に」
ペトラは、
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、笑った。
――その日、レイ・ヴァイスには家族ができた。
自分の帰りを待ってくれる、
自分を受け入れてくれる、
かけがえのない“居場所”が。