歓声がまだおさまらない中―――
私はゲルトさんに手を差し出して、彼が
立ち上がるのを手を引いて手伝う。
「やれやれ。
最後は思うように体が動かなかったわい。
これが歳を取るという事か……」
最後は自分の能力で身体強化を無効化
したのだが、魔力を一切使わないので
気付かないのだろう。
そう思うとちょっと良心が咎める。
「ハハ……まあ、私だって若くはないですよ。
特に、彼に比べれば」
私は次の対戦相手であろう、ミハエルさんに
視線を送る。
「……ジャイアント・ボーア殺しにして、
ワイバーン撃墜の腕は本物だったって
事ね」
「ゲルトが俺やナルガ様以外に負けたのって、
いつ以来だ?」
主従で驚きを隠せずに、こちらを見たまま
言葉を交わしている。
観客のざわめきも落ち着いてきたようだが……
「しかし、あのシンの動きは何だったんだ?」
「また見た事もねぇ動きしてたな」
こちらでは知られていないだろうが、地球で
これだけの公衆の面前で反復横跳びをしたら、
多分私のメンタルはもたないだろうな……
「シンおじさんの動き、ヘンだったよねー」
「きもーい」
そして黙りなさいお子様ども。
否定はしないけれども。しないけれども!
と、意識を対戦相手だった人と、その仲間の
2人に戻すと―――
彼らの後ろから、いつものギルドメンバーが
現れた。
「なっ。面白いだろアイツは」
「ジャンドゥ殿!」
そこには、ギルド長を始めとした―――
レイド君とミリアさんも顔を見せる。
「3人とも、どこへ行ってたんですか?
試合中は姿を見ませんでしたけど」
模擬戦開始の合図だってギル君とルーチェさん
だったし……
するとジャンさんは渋い表情になって、
「お偉いさんとの挨拶やら対応やらで
遅れちまったんだよ」
隣りでは、レイド君がミリアさんに支えられる
ように立っていて、
「俺も次期ギルド長として、いろんな人を
紹介されて疲れたッス……」
「アタシも、ギルドについて何を聞かれても
答えられるように―――
一緒にいなければならなかったので……
あ、でも最後の方だけですけど、
試合はちゃんと見てましたよ」
そこへセシリアさんが割って入り、
「あ、あの動きは……!
あれはどのような魔法なのですか!?」
「ありゃただの動きだよ。
身体強化くらいは使ったかも知れないが、
強い魔力とかは感じなかっただろ?」
ギルド長がすかさず理由付けという
サポートに入ってくれる。
「確かに……
シン殿から試合中、一定の魔力は
感じられませんでした。
という事は常時発動ではなく―――
使いどころを見極めて使っている事に」
そこでレイド君が、会場の最上段に向かって
手を振る。
それに気付いたギル君・ルーチェさんが慌てて、
「で、ではいったん休憩とします!」
「買い物およびトイレは今のうちにどうぞ!」
そこでようやく、人々は各々の所用に動き始め、
「ふぅ、ワシはこれで休ませてもらおう」
ゲルトさんが腰を叩きながらのけ反るように
伸びをする。
「そうね。
後で足踏み踊りでもやってもらいなさい」
「シン殿。
私の時はお手柔らかにお願いします」
辺境伯とミハエルさんが一礼して、3人と
その場で別れ―――
私たちも控室へといったん戻る事にした。
「ミリ姉、レイド兄ちゃん!
当日いきなりなんて酷いよー!!」
「ああぁ、すごい緊張したあ……」
控室に到着すると―――
先に入っていたルーチェさんとギル君が、
まず怒って抗議してきた。
「ごめんなさい、まさかこんなに来客が
あるなんて……」
「こっちもこっちで大変だったんだぜ?
まあ、後で何か埋め合わせはするからよ。
それで許してくれ」
弟妹分の彼らに、ミリアさんとレイド君も
頭を下げ―――
「おう、すまなかったな2人とも。
シン対ミハエルとの対戦だが、そこからは
交代だ」
やったー、と開放感からか手を上げて
嬉しそうにする彼らに、ギルド長は続けて、
「なに喜んでんだ?
交代って言っただろ?」
「へっ?」
「交代って……何をですか?」
まだ少年少女の幼さを残す2人が
首を傾げると、
「お前らにも会いたいっていう、
お偉いさんもたくさん来てるんだよ。
ひとまず応接室に集めてあるから、
あいさつに行くぞ」
あー……
そういえば2人も、王都ギルドでのテストで
高い評価を得ていたんだっけ。
「えー」とか「そんなー」とか嫌そうに文句を
言う彼らを、ギルド長は連れ出すようにして
一緒に退室すると―――
入れ違いに、妻2人が入ってきた。
「シン! お疲れー!」
「ほれ、のどは乾いておらんか?」
メルとアルテリーゼが差し入れを持って来て
くれたが……
「あれ? ラッチはどこに?」
「あー……今日は孤児院預かりに
してもらったッス」
「貴族様が欲しがったりしたら厄介な
事になりますし、何より」
何より? と、レイド君・ミリアさんの
言葉の先を待っていると、
「ラッチは人気あるんだよねー。
孤児院のイメージアップに、多分一番
貢献してると思うし」
「せっかく模擬戦をしているのに、
ラッチに客を取られてはギルドとしては
たまらんからのう」
確かに、王都ギルドではマスコットの
扱いだったし……
嫁2人の指摘に、若い男女は気まずそうに
苦笑する。
「ところでシンさん。
次の相手はミハエルッスけど……」
「やっぱり、予定通りにいきますか?」
私は一応周囲を見渡し、事情を知る人間以外の
者がいないのを確かめると、コクリとうなずく。
「そうだね。
勝ったり負けたりする方が盛り上がるしさー」
「確か最低でも一人はシンが引き受ける、
という事だったな?
では、シンの分はもう終わっておるはず」
ここで話されているのは、ギルドの、いわゆる
中枢のメンバーだけで決めた事だ。
3対3の勝ち抜き戦―――
出来れば、全員の試合を見たいというのが
観客の要望だろう。
実際に私の能力を使えば、3人抜きは
難しくないだろうが……
大っぴらに能力を使えないのと、初めて
外部に大々的に宣伝したイベントなので、
あっさり終わらせてはならないという
事情もあった。
「ま、そこそこは戦ってレイド君に回そうと
思ってますけどね。
問題は、あちらが時間稼ぎに付き合って
くれるかどうかですが……」
正直、私の能力はその発動させるタイミングが
キモだ。
難しい発動条件や時間・体力が必要無い分、
『戦い方』が要求される。
ゲルトさんの時は―――
彼が獣人である情報を元に、私の常識を
逆手に取って利用させてもらった。
獣人など、地球での常識にはあり得ない
事なのだが……
そのものを無効化するのではなく、
『ハンティング型の獣』の弱点を付き―――
同時に身体強化を無効化させた。
反復横跳びも、こちらの常識ではまだ無い、
あり得ない動きだっただろうしな。
「じゃ、そろそろ休憩時間も終わるでしょうし、
行きますか」
私が立ち上がると、レイド君・ミリアさんも
飛び上がるように、
「やっべ!
次の合図は俺たちがやるんだったッス!」
「シ、シンさんはゆっくり来てください!」
ドタバタと慌ただしく2人が出て行くと―――
後には妻2人が残される。
「でもシン、気を付けてね。
あなたは身体強化が使えないんだから」
「ケガをしない内に―――
試合を終わらせるのじゃぞ」
彼女たちの気遣いに、私は2人を抱き寄せて
感謝の意を伝えた。
「では、これより次の模擬戦―――
チエゴ国二番手・ミハエルと、
当ギルド一番手・シンとの対戦を行います!」
「両者、中央へ上がってください!」
レイド君・ミリアさんの合図で―――
次の模擬戦開始が伝えられた。
「……いざ」
正面のミハエルさんは自分の武器を構える。
「ン!?
ありゃあ、俺と同じ得物か?」
「よく見て、クラウ。
あなたのより短いわ」
観客席から、オリガさんとクラウディオさんの
声が聞こえてくる。
特に彼の方は興味津々だろう。
ミハエルさんの武器は1メートル半くらいの
木の棒―――『槍』タイプだ。
「それよりクラウ。
シンさんの方……」
「ああ。
シンさんも同じ―――
あの人、槍も扱えるのかよ」
私が手にしていたのは、目の前のミハエルさんと
同じ、1メートル半ほどの棒だった。
「貴殿も同じ『槍』を使うか……!
それならば尚の事、『貫く者』として
負けるわけにはいきません!」
彼が片足をタン、と一歩進めたその瞬間―――
「……っ!!」
体を横にして相手に対する表面積を小さく
しようとしたその時、顔の横を風が吹き抜けた。
あの距離から……!?
いや、違う。
一歩だけこちらに来たと思ったその一瞬で、
彼は2メートルほど距離を詰めてきていた。
彼を目で追うと、すぐにまた距離を開ける。
そして最初の構えに戻り……
どうやら、油断や慢心は毛の先ほども
していないらしい。
そして何より―――
・・・・・・・
相当鍛えている。
何を当たり前の事を、と思うかも知れないが、
確かにこちらの世界でも、鍛錬をしている
人はいた。
ジャンさんも、ドーン伯爵様の私兵訓練を
担当していたし。
しかし、彼のそれは軍や私兵のような
義務的な訓練とも異なる。
基本的に、こちらの世界で鍛錬する
目的は―――
魔力・魔法を前提とした、いわば長所を
伸ばすという延長的なもの。
武器や体術そのものの性能を極限まで
引き上げる、という性質のものでは
なかった。
『武器特化魔法』を持つジャンさんですら、
さばく事や受け流す事を知らなかった事から
見ても―――
武器の扱いそのものを『極める』という発想は
無かったはずだ。
「く……!」
私は体勢を立て直してひとまず距離を
取ろうとするが、
「ハッ!! トゥッ!!」
すぐにそこへ追撃の突きが連続で来る。
何とか避けるが、中途半端な距離を取るのは
返って危険だと改めて認識しただけだった。
「うおっ! 連撃まで……!」
「あのシンさんが後手に回ってる!?」
クラウディオさんとオリガさんの声の通り、
まだ序盤にも関わらず、防戦一方という
感じだ。
クラウディオさんの時は、長期戦に持ち込もうと
したからこそ、付け入るスキがあった。
だが正直なところ―――
『槍』には弱点というものが存在しない。
極めた槍は中・遠距離戦に於いてこれと言った
欠点が無いのだ。
リーチの長い武器というのは、マスターするのが
難しいという弱点があるが……
少なくとも今のミハエルさんに、それは
当てはまらないだろう。
「避けてばかりでは―――
私は倒せませんぞ!」
基本に忠実に、目の前に想像で仮定した
縦線と横線で出来た十字を置いて―――
そこに入ってきたミハエルさんの攻撃を、
外へと受け流す。
棒状の武器に関しては、ギルド長より
プレッシャーを感じていた。
「シンー!!」
「何をしておるのじゃ!」
メルとアルテリーゼの声援に、心配が
混じってきたのがわかる。
事情を知っているからこそ、ケガをする
前に……
というところだろうか。
「正面から弾き返すのではなく―――
威力を流して殺す……
その方法を知っている者が、ナルガ家以外に
いるとは。
やはり貴殿は強く、面白いお方だ」
余裕のある言葉に中にも、冷静に分析が
入っている。
油断やスキを待つのは絶対に不可能だろう。
ならば、意表を突くしかない。
私がこの一週間ほど、反復横跳びと一緒に
練習してきた『技』を―――
「んっ!?」
「シンが距離を取ったぞ?
遠距離魔法でも使うつもりか?」
私は走るようにして、訓練場の端まで来たところで
ミハエルさんに振り返る。
「ミハエル、止まれ!
深追いは禁物じゃ!」
「ッ!」
ゲルトさんの声に、ミハエルさんは一定の距離を
保つ事を放棄し、元の位置に戻り……
私から視線を外さずに得物を構え直す。
「ミハエル!
相手はゲルトを倒した者―――
油断はするな!」
「心得ております!」
主人の言葉に力強く答える。
一切のスキは見せないという事か。
しかし……
この場合、距離を置いてくれたというのは
有り難い。
「……?」
私が棒の持ち方を変えたのを見て、彼は
表情を変える。
意図を図りかねているようだ。
やや棒の切っ先を自分の顔より上に構え、
柄は利き手の逆側の腰に付けるように、
やや中心より下の部分を両手で持つ。
「どうしたんだ、シンは」
「また誰も見た事がねぇ事を
するんじゃねえか?」
ギャラリーがざわつき、予想も出てくる。
まあこちらに無い『技』には違い無いが……
「またヘンな事するのかなー、シンおじさん」
「いっつもヘンな事するよねー」
だから黙りなさいお子様ども。
結構地味にへこむから私が。
乱れた精神を何とか統一して、気持ちを
落ち着かせると―――
改めてミハエルさんに視線を送る。
「では、行きますよ」
「……!
いざ、参られよ!」
『受けて立つ』とでも言うように彼は
その場から動かず構えを直す。
私はその『技』のため……
走り始めた。
「!」
棒を構えたまま、彼に向かって突進する―――
ミハエルさんは動じずに、私から視線を
外さない。
何が来ても対応する・出来ると思って
いるのだろう。
焦りや感情の揺れは微塵も感じない。
さすがに実力者だ。
「どういう事、クラウ!?」
「わかんねえ!
でもあのシンさんの事だ、何か……!」
かつて戦った事のあるオリガ、クラウディオにも
シンの行動は読めず―――
今の対戦相手であるミハエルも、顔には出さない
ものの、目まぐるしく思考を展開させていた。
(……何だ? 何が来る?
突きか? 振るか? それともこのまま
体当たりでも―――)
その彼の3メートルほど手前で、目でとらえていた
棒の切っ先が下がり……
「よっと!!」
「な!?」
私の行動で、ようやく彼が目を大きく見開いた。
私が取った行動は―――
助走を付けて、棒の先端を支点とし、移動手段
として使う。
そう、これは『棒高跳び』だ。
もちろんこれで攻撃にはならない。
むしろ棒を自分の後ろへやってしまい、
無防備となってしまう。
しかし、驚かせるには十分だったようで、
見た事の無い動作で棒を使って、突然攻撃が
届く範囲内まで移動してきた私に―――
明らかに彼は動揺し、動作が遅れていた。
ここで私が無効化の能力を使えば、恐らく
勝てるだろう。だが……
「はあっ!!」
「うおおっ!!」
後方に置いた棒を横にスイングするようにして、
ミハエルさんに打ち込もうしたその時―――
私の棒は、彼によって弾き返され、大きな
弧を描いて背後まで飛ばされた。
「…………」
「…………」
静まり返った会場で―――
しばらく私とミハエルさんは対峙していたが、
私が両手をホールドアップのように上げて、
「……参りました」
私が敗北を認めると、
「勝負あり!!」
「そこまで!!
勝者、ミハエル!!」
レイド君とミリアさんが試合の決着を告げ―――
会場は大きな歓声に包まれた。
「ウッソだろ!?
シンが負けるなんて!」
「俺、シンが三連勝するのに賭けてたのに!!」
勝手に賭けられてもなあ……
ていうかやっぱりこういうのにギャンブルは
付き物だよな。
個人の間ならともかく、裏社会が絡んでくるよう
だったら、ギルドと相談しないと。
「さっきのシンおじさん、
カッコ良かったなー!」
「えー、そう?
まあいつもよりヘンじゃなかったけど」
そしてやや見直される、私に対する
お子様どもの評価。
まあ『反復横跳び』よりはマシだったかも。
「……シン殿」
「あっ!? はい!」
ミハエルさんの言葉に、思わず振り向いて
姿勢を正す。
「今回は私の勝ちでしたが……
勉強になりました。
まさか槍が移動手段になるとは―――
開けた場所では、新たな戦術になるかも
知れません」
「いえ、こちらこそ……
まだまだ世界は広いと思い知りました。
次はウチの次期ギルド長とですね。
頑張ってください」
互いに頭を下げ、健闘を称え合うと―――
それぞれが控室に戻って行った。
「シンさん!」
「大丈夫ですか、シンさん」
控室に戻った私を待っていたのは―――
同じ室内にいる妻2人を差し置いてこちらへ
向けられる、クラウディオさんとオリガさんの
声だった。
「あれ、お二人とも……
どうしてここへ」
「いやだって、シンさんが負けるなんて
夢にも思わなくて!」
「クラウ、あなたも槍使いでしょう?
あのミハエルという男―――
相当の手練れよ?」
私だって、別に無敵というわけではないの
だが……
そして2人と入れ替わるように、今度は
メルとアルテリーゼが私の前に来る。
「ともかくお疲れー、シン」
「まあ惜しくはあったが……
これで一勝一敗、仕切り直しじゃ」
彼女たちから飲み物とタオルを受け取り、
汗を拭う。
「次の相手はレイド君という事ですが……
ミハエルさん、本当に強いですよ。
槍に関してなら、もしかすると
ギルド長以上かも」
「そうだろうな」
と、そこへ―――
ジャンさんがドアを開けて入ってきた。
ギル君とルーチェさんも一緒だが……
さすがに2人とも疲れた顔をしている。
「ふ、二人ともご苦労様です。
あれ?
レイド君とミリアさんは?」
「レイドはブーメランの準備に行った。
ミリアも付き添いでな」
それぞれが備え付けのイスに腰を掛け始めるが、
「そ、それよりジャンドゥ支部長。
あのミハエルって野郎が、アンタより
強いってマジか?」
「こら、クラウ!」
オリガさんが慌ててたしなめるが、彼の問いに
ギルド長は、
「ああ、その通りだ。
もし同じ槍を使った戦いなら、アイツには
勝てんだろうな。
まあ、そん時ゃ別の武器で戦うだけだが」
「そんな……」
「レイド兄、大丈夫だよね?」
心配そうな表情になる、弟分・妹分の肩を
彼はポンポン、と叩いて、
「油断しなけりゃレイドの敵じゃねえよ。
よほどのヘマでもしない限り……
ン? 何か負けそうな気がしてきたぞ」
「「ギルド長ー!!」」
抗議のように大きな声を上げる二人に、
ジャンさんはカラカラと笑い―――
それにつられ、周囲も笑い出した。
「では、これより3戦目―――
チエゴ国二番手・ミハエルと、
当ギルド二番手・レイドとの対戦を行います!」
「両者、中央へ!」
再び通達・合図の役目がギル君とルーチェさんに
代わり―――
次の模擬戦開始が伝えられた。
ミリアさんとギルド長がセコンドとして、
試合場のレイド君に付き、
私はメルとアルテリーゼと共に観客席へ座る。
「おー、出てきたねえ」
「確かシンの教え子の一人であろう?
弟子の晴れ舞台、どう見るかや?」
ブーメランを教えたのはその通りだけど、
それ以降は当人の努力だからなあ。
「レイド君も真面目に訓練してましたからね。
それに―――」
私は妻2人に、ある場所を指し示す。
そこには……
「レイド、しっかりね!
ケガだけはしないように……」
「わかってるッス、ミリア!」
それを見て、メルとアルテリーゼは
口元を歪めて、
「なるほどねー♪」
「好いた女の手前、無様な戦いは出来ぬのう♪」
そして彼のセコンドへ目を移すと、ギルド長が
「レイド!
ニヤけるのは後にしとけ!
今は試合に集中しろ!」
ジャンさんの言葉に、彼はミハエルさんと
向き合う。
「ミハエル! 気を付けて!
相手は次期ギルド長―――」
「ゴールドクラス昇格が決まっているほどの
腕前……!
シン以上に気を引き締めて戦う事じゃ!」
あちらもセコンドの応援を受けて、レイド君に
棒の切っ先を向けた。
「……いざ」
「やるッスよ!」
対戦相手である互いが言葉を交わし―――
距離を取って構える。
レイド君の得物は……やはりブーメランだ。
身体強化による移動速度アップで常に槍の
攻撃範囲外に出て、それを投げる。
「…………」
ミハエルさんは最低限の動きで向かってきた
ブーメランを避け、構えを持続させる。
さすがに飛び道具ひとつでどうこう出来る
相手では無いようだ。
「あの戦場では手こずらされた物だが、
一発や二発では話にならんよ」
「まぁそうッスね。
……んじゃこれはどうッスか!?」
今度は両手から二発同時に投げられる。
別々の軌道から、挟むようにミハエルさんに
向かっていき―――
「ハッ!」
一つを避け、その動作の中でもう一つを
弾き返す。
「なるほど。
避けられるモンは避けて、ダメなヤツだけ
防ぐのか」
「ムダを削ぎ落したって感じの戦いね。
相手としてはかなり厄介よ、アレは」
近くの観客席にいた、クラウディオさん・
オリガさんの分析が耳に届く。
「いいなー。
やっぱりレイド兄ちゃん、カッコイイ!」
「でも、あっちのミハエルって人も素敵♪
バン様とはまた違った魅力が……♪」
あれおかしいな。
お子様どもの評価が私と違うぞ。
まあいい。
今は試合に集中しておこう。
「うーむ」
「?? どうしたの、アルちゃん?」
アルテリーゼが腕組みをしながら、試合場を
見下ろしてうなる。
「いや、レイドとやらの戦い方だが……
妙な魔力の使い方をしていると思ってのう」
魔力が全く無いし感じる事も出来ない私には、
さっぱりわからないのだが―――
「妙というのは、いったい?」
私の問いに彼女は両目を閉じて、
「分担しているというか、別々の事に
使っていると言おうか―――
すまぬ、上手く言えん」
「あー、でも確かに何かキレが無いと
いうか……
全力で投げているようには見えないね」
う~ん……
まさか余裕ぶったり、手加減しているとは
思えないのだが。
それから試合は―――
目立った動きを見せなかった。
レイド君が遠距離からブーメランを投げ、
それをミハエルさんが避け、あるいは
叩き落したりする。
だが回数を追うにつれ、ミハエルさんが
避ける事が多くなった気がする。
「! まさか……」
不意に口を開いた私に、妻2人が振り向き、
「何??」
「どうかしたのか、シン?」
私は試合場を見下ろしたまま、質問を返す。
「レイド君のブーメランって……
あとどれくらい残ってます?」
その言葉に、2人もレイド君に視線を移す。
ギルド長との戦いの時は―――
試合場に落ちたブーメランを、走りながら
回収していた。
それに気付いたジャンさんが、弾き返す
だけではなく、破壊する事にして……
補充方法を断った。
(9話・はじめての ぶき参照)
そしてミハエルさんが避ける、イコール場外へ
飛んでいったブーメランは……
戻ってきていない物は当然―――
「避けた方が、手持ちのブーメランを
減らせると踏んだのか」
「なかなかエグい事考えるね」
セコンドにいるジャンさんも、苦笑しながら
試合を見守る。
「俺と同じ事考えやがったか」
「……レイド!!」
ミリアさんも心配そうに彼を見つめるが、
「心配無いッス!
予定通りッスよ!」
やや疲れが見え隠れしながらも、笑顔で
彼女に答える。
「強がりもいいがどうするのだ?
恐らく君の風魔法の補助のため、それは
必要なのだろう?
こんな物を使うという事は、つまり―――
風魔法は使えるがコレ無しでは攻撃出来ない、
という事ではないのかな」
魔法前提の考えで推測してくれるのは
助かるが……
ブーメラン無しイコール弾切れ、攻撃手段の
消滅というのは合っている。
「ああ、その通りッスよ?
それが?」
「……スペアでもあるのか?
それとも、いったん休憩して補充でも
するのかね」
その問いに言葉では答えず、レイド君は
ただ上を指差した。
指先をミハエルさんが目で追い、私や観客も
同じように会場の天井に目をやると―――
「うおっ!?」
「何だ、ありゃあ!?」
見上げた観客から驚きの声が上がる。
ギルドの訓練場はイベント会場としての機能も
持たせるため、増築・増設され―――
6メートルほどの高さに屋根も設置されて
いるが……
その天井付近を、クルクルと回っている物体が
パッと見ただけでも10個以上あった。
「……く!?」
さすがにミハエルさんも、目を丸くして
驚いている。
「ご指摘の通り、俺は風魔法は使えるッスが、
すっげー弱いんスよ。
だけどいったん勢いをつけりゃ―――
まとわせた風魔法にいろいろ組み込めるッス」
そういえばレイド君から、そんな話を
聞いた事があったっけ……
てっきり、軌道修正に使う程度だと
思ってたけど。
とんでもない事を思いつくものだ―――
「おいオリガ! アレは……!」
「わかってるわよ!
ずっと上空待機させておいて、私の
『反射』を維持させ続けて―――
消耗を狙った戦法……!
私がシンとの試合でやられた事だわ」
クラウディオさんとオリガさんの掛け合いで、
そういう『設定』だった事を思い出す。
その節はどうも申し訳ございません。
(22話・はじめての てすと ふたりめ参照)
「一個や二個の単発攻撃なら、避けたり防いだり
出来ると思うッスが―――
連続はどうッスかねえ?」
レイド君が手を上空にかざすと同時に、
待機していたブーメランの『群れ』が、
対戦相手に狙いを定め、そして……
次々と落下し始めた。
「く! お! おおおっ!!」
まるで集団を相手にしているような量だろう。
ミハエルさんは防戦一方になり―――
5、6、7個と弾き返し避け続けたが、やがて
片膝を地面につけた。
そこに8個目のブーメランが、彼の目前に
勢いよく落ちてきて、回転して止まる。
両者の行動が停止し、観客席も静まり返り……
「……参った……!」
ミハエルさんが潔く敗北を認め―――
「……勝負あり!! そこまで!!」
「レイド兄……!
じゃなくて、勝者、レイド!!」
ギル君とルーチェさんが決着の宣言を
行い―――
3戦目が終了し、会場はひと際大きな
歓声に包まれた。
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