「ありゃダメっす。
木剣ひとつで全部弾き返された」
ギルドチーム側の控室で―――
ナルガ辺境伯との戦いが終わったレイド君は、
敗北の弁を述べていた。
「まあ、うん……
相手が悪過ぎたな」
ギルド長も、慰めるように言葉を選ぶ。
「遠距離戦で戦うタイプが、その手段を全部
失うと―――
終わったも同然ですからね」
ミリアさんも、悔しいというよりはホッとした
表情だ。
チエゴ国・三番手と―――
当ギルド・二番手の試合は……
時間にして3分ほどで幕を閉じた。
試合開始直後、セシリアさんがレイド君の
攻撃を待つ事なく、こう言い放ったのだ。
『ミハエルへやった事を、最初から、
全てやってみせてください』
その言葉に、レイド君は手持ちのブーメランを
全て上空待機させ―――
続けて攻撃へ移行したのだが……
15発ほどもあったブーメランは、ただの一発も
彼女の体に触れる事はかなわず、
『奥の手』で特攻しようとしたレイド君を、
『俺より勝算ねぇぞ』とギルド長が止め―――
勝敗は決したのだった。
「くそ……!
もっとブーメランを用意してりゃ」
「15発が30発でも100発でも同じだ。
ミハエルもそうだったが―――
連中が専門にしている得物なら、槍も剣も
俺以上だろう」
悔しがるレイド君に、ジャンさんは冷静に
戦力差を把握して語る。
「でもあの人たち……
ドーン伯爵様の長男、ギリアス様が
捕虜にしたって」
「ブーメランや投石で降参したんですよね?
でも今回、何で通用しなかったんでしょう?」
ギル君とルーチェさんが疑問を口にすると、
「そりゃあ、個人戦と団体戦は違う。
指揮官なら味方の被害拡大を考慮して―――
早々に降参するのも手だろう。
逆に言えば、それだけ冷静に戦況判断や
分析が出来る相手って事だ」
ガシガシと頭をかくジャンさんに、嫁2人が
「それで、ギルド長」
「次はお主じゃが、どうじゃ?」
すると彼はひょい、と木剣を取り出し、
「俺も負ける気はねぇよ。
……コイツで勝たせてもらうさ」
すると、レイド君とミリアさんの表情が
サッと変わり―――
「え? で、でも……
それ剣ッスよね?」
「専門の得物なら自分以上って、言ってたじゃ
ないですか!」
他のメンバーも、ジャンさんの選択に
戸惑っている。
まあ、当然だろう。
「他の武器を使えばまあ、確実に勝てる
だろうが―――
これでもギルド長、ゴールドクラスの
戦いってヤツを見せてやるぜ」
百戦錬磨の風格か、それとも経験か―――
油断や余裕ではない、格の違いを感じさせる。
そして私に向き直ると、
「あと俺も―――
シンに『手ほどき』を受けた一人だからな」
そう言ってイジワルそうに笑うと、今度は
二組のカップルに向かって、
「レイド、ミリア!
ボサっとすんな!
さっさと試合開始の準備に入れ!
ギル、ルーチェ!
お前らは今回、試合場の下に付いて、
俺の試合を見ておくといい」
「わかったッス!」
「それでは行ってきます」
ジャンさんの号令の元、次々とメンバーは
部屋を退出し、後には彼と私、妻2人が
残された。
「そーいやギルド長。
シンに何か教えてもらった事ってあるの?
私、聞いた事無いんだけど」
「試合や訓練はしたと思うが……
別にブーメランや照準器を使うわけでも
無いのであろう?」
彼女たちが首を傾げると、ジャンさんは
フッ、と一息ついて、
「そりゃ見てのお楽しみよ。
それに、相手に取って不足はねえしな」
こうして、3対3の最終戦が行われる
運びとなった。
「では、これより5戦目―――
チエゴ国三番手・ナルガ辺境伯と、
当ギルド三番手・ジャンドゥとの対戦を
行います!」
「両者、中央へ!」
試合開始の合図が、またレイド君・ミリアさんに
代わり―――
お互いのチームに取っての決着が着けられようと
していた。
そして試合の檀上に上がる2人が手にして
いたのは、同じ―――
「! ギルド長も剣で戦うのか?」
「剣対剣で決着か。
こりゃ見物だぜ……」
ざわめくギャラリーをよそに、中央の男女が
視線を交わす。
「私の二つ名―――
『剣聖の姫・セシリア』と知っての
選択でしょうか?」
「おうよ。
俺も是非一度、その剣を味わってみたいと
思っていた。
それならこうするのが、
礼儀ってモンだろ?」
ジャンさんが木剣の切っ先を向けると、
彼女も構え直し―――
観客の歓声が途切れる。
「同じ武器を使えば負けても言い訳出来る―――
というのは下衆の勘繰りか」
「セシリア様……!
油断せんでくだされよ」
セコンドのように試合場に付いている、
ミハエルさんやゲルトさんの表情にも―――
まるで戦うのは自分であるかのような緊張の
色が浮かぶ。
「じゃ、まあ―――
やろうか」
「……はいっ!」
お互いがゆっくりと一歩、歩み寄ったと思われる
その瞬間……
会場内を、連続した打撃音が支配した。
「うおっ!!
この一瞬で、5、いや6連打か!?」
「さすが、『武器特化魔法』に―――
『剣聖の姫』……!!」
クラウディオさんとオリガさんには見えていた
ようだが、ギャラリーは
「何!? 今のー!?」
「しゅばばばってなったー!!」
残像が見えるような動きで―――
当然、自分の目にもそれは見えず、ただ
実力者だけがその打ち合いを把握する。
「おー、速いね。でも……」
「セシリアとやらの方が、若干スピードは
上かのう」
ドラゴンのアルテリーゼと、その影響を受けた
メルにもわかるようで……
改めて妻2人の強さを再認識する。
「しかし、どちらかが押されているようには
見えないけど」
と、私が話を振ると、
「多分、セシリアさんは手数で押していると
思うよー」
「それに対し、ギルド長はパワーで耐えている
感じじゃな」
という事は、速度でギルド長を上回る……
つまり剣の技術は彼女の方が上って事か。
でもそれはジャンさんも認めていたわけで、
何の対策もしていないとは思えない。
そして試合場に目を戻すと、一進一退……
ではなく、互角にぶつかり合う2人の姿が
あった。
息を合わせたかのように中央で剣撃を交え、
その後同時に距離を取って、剣道の残心のように
構え直す。
そんな事が数回繰り返され―――
この均衡がずっと続くのではないかと
思われた時、観客席から声が上がった。
「オイ、あれ」
「ああ、ヤバくねーか?」
その言葉の意味はすぐに理解出来た。
常に中央でぶつかっていたと思われる位置が、
段々と押され始めていたのだ。
「まさか……
オッサンが押されているッスか!?」
「ギルド長……!!」
会場の最上段にいて試合を見守っていた
レイド君・ミリアさんの顔にも、不安の色が
浮かび―――
手が止まったジャンさんとセシリアさんを
見ると、明らかに初老の男性の方は肩で
息をしていた。
それに対し若い女性は涼し気な顔で、
「シン殿も、力を逃がす方法を心得ていると、
ミハエルから聞いておりましたが―――
なるほど、貴殿が直伝したのですね?」
「……ハッ。
いーや、逆だ。
俺がシンに教わったんだよ。
まあ、そんな事より―――
そろそろ決着といこうや」
とは言いつつも、グロッキーなのは誰の目にも
明らかで、
「ジャンおじさん、頑張ってー!!」
「負けちゃダメー!!」
子供たちの声援が会場内に響くも、
「ずいぶんと慕われているのですね。
実力も人格も、貴殿は一流のようです。
ですが勝負は非情……!
『剣聖の姫』の二つ名にかけて、私も
負けるわけにはいきません!」
「ああ、手加減などするんじゃねえぞ」
呼吸を整えながら対戦相手に向けるのは、
強がりか、それとも―――
「ギ、ギルド長……」
「大丈夫だ、ルーチェ。
ギルド長が負けるワケがない」
心配そうに見つめるルーチェさんを、ギル君が
なだめ―――
試合場の2人に注目する。
と、ジャンさんが後方へ距離を取った。
それに対しセシリアさんは構えたまま動かない。
「んん? ありゃ―――」
「勝負に出るつもりですね……!
さて、何をするか」
共に実力はゴールドクラスと呼ばれる
クラウディオさんとオリガさんも、何かを
感じ取ったのか―――
立ち上がるまではしないものの、身を乗り出して
試合場を見守る。
「……いいか?」
「いつでもどうぞ」
ジャンさんの質問に、当然のように
セシリアさんが答え―――
数秒ほど間を置いて、ギルド長が地面を蹴った。
「―――ッ!!」
セシリアは、ジャンドゥの剣の構えが上段に
なったのを見て、すかさず切っ先を下に構え
防御に備える。
「(身体強化が、今までのどの攻撃よりも
強力に感じる……!
まだこんな隠し玉を持っていたのですね。
ですが、私のする事は変わりません。
ジャンドゥ殿、貴方の敗因は私と同じ剣で
戦った事―――
我が剣の全力でこれに立ち向かいます!
それがせめてもの礼儀……!!)」
すでに彼の剣筋を見切っていたセシリアは、
下から大きく斬り上げて、刀身が接触し―――
一本の木剣が空高く舞い上がった。
観客の全員がそれに注目し、試合場から
視線が外れ―――
誰もが決着したと思われたが……
当事者の片方は、混乱の極みにあった。
「(!?
これはいったい!?
この一撃は間違いなく、ジャンドゥ殿が
最後の魔力を全力で、身体強化に使った
もののはず―――!
それが、こんなに
・・・・・・・
軽いはずはない!!)」
スピードは自分の方が上だが、パワーは彼の方が
上だという認識のもと―――
さらに最後の一撃という事もあって、彼女は
全力でそれを弾き返した。
だが、手応えのほとんど無い木剣を下から
弾き返した事によって、彼女の両腕はほぼ
振り上げられてしまい……
「悪ぃな♪」
「しまっ―――」
ジャンドゥが彼女の片手をつかむと、
・・
外側にひねられると同時に、引っ張られ、
両足が地面から浮いて―――
「……んっ?」
「え??」
天井近くまで飛ばされたジャンドゥの木剣が
落下し、観客の視線が下に戻ってきた時―――
仰向けに倒れているセシリアと、立ったままの
勝者の姿があった。
「……参りました」
静まり返った会場内に、敗者が言葉を述べ、
「勝負あり、そこまで!!
勝者、ジャンドゥ!!」
「3勝2敗で、この勝ち抜き戦―――
当ギルドの勝利です!!」
レイド君とミリアさんが試合の決着を告げ―――
会場は今までで一番大きな歓声に包まれた。
「え!? 上見てたからわかんなかったけど、
何があったの?」
メルが疑問を口にすると―――
恐らく同じ疑問を持った、クラウディオさんと
オリガさんも駆け付けてきた。
「シンさん! 今の試合は―――」
「私も最後はよく見てなくて」
他の観客も同様なのだろう。
私に視線が集中するも、どう説明したら
いいものかと悩んでいると、アルテリーゼが
人差し指を立てて、
「ギルド長が剣を弾かれた時―――
彼の両腕は何も持たぬ状態、いわば
自由になっておった。
それに引き換え、セシリアの両腕は
大きく振り上げられ……
そこがスキとなったのじゃろう」
そして彼女は自分の片腕でもう一方の
片腕をつかんで見せて、
「腕をつかんでこうねじった後―――
相手の体を反転させ、そのまま後ろに
引っ張ったように見えた」
「おお~、アルちゃんよく見てるー」
メルと一緒に、他の観客たちも聞き耳を
立てる中、その説明に感心していた。
「じゃあメル、アルテリーゼ。
そろそろ……」
「ん、そうだね」
「我らもそろそろ行くか」
嫁2人と一緒に立ち上がると、王都ギルド
所属の2人が声をかけてきた。
「どうかしたんですか、シンさん?」
「もう帰られるんですか」
質問に対し、メルとアルテリーゼが答える。
「あ、ちょっとね」
「お二人さんも、時間があるなら応接室へ行って
待っておれ」
その言葉にクラウディオさんとオリガさんは
顔を見合わせ―――
私たちは会場を後にした。
「完敗、ですね」
試合場では―――
すでに起き上がったナルガ辺境伯様が、
ギルド長と対峙していた。
「しかし、最後の方のあれはいったい……」
「一瞬、飛ばされた剣に目を奪われたが、
確かナルガ様の腕をこう……」
部下であるミハエルとゲルトも両者の側に寄り、
またギルとルーチェも集まっていた。
「腕を取ったって……」
「でも、ギルドの基礎訓練では、相手を
動けなくするだけの方法のはず」
するとジャンドゥは2人の頭をぽんぽん、と
軽く叩いて、
「ありゃ俺のオリジナルだ。
シンから教わった技―――
内側ではなく外側にひねって、さらに
大きく引っ張る動作を加えたんだよ」
それを聞いたセシリアは、自分の片腕を自ら
ねじったり回したりしてみる。
「いろいろな方法があるものですね。
後で私も、シン殿に教えて頂きましょう。
しかし、剣で敗れるとは……
私もまだまだ未熟ですね」
ジャンドゥは彼女の言葉を首を左右に振って
否定し、
「剣で勝てないと踏んだからこその、
あの技だ。
わざとアンタに剣を弾かせ、無防備になった
体勢を狙ったんだよ。
間違いなく剣では、お前さんの方が上だぜ」
「……ご配慮、痛み入ります。
行きましょう、ミハエル、ゲルト」
そうして一行は試合場を後にし―――
熱気に包まれたまま、勝ち抜き戦は幕を閉じた。
「お疲れ様ッス!!」
「大勢の前ですみません。
ご協力、ありがとうございました」
30分ほど後―――
休憩を終えた対戦者一同と関係者は、
応接室に集まっていた。
「確かに、普通の模擬戦とは異なった緊張感が
ありましたが―――」
「戦場ではそんな事、言ってられんしのう」
ミハエルとゲルトがそれぞれ感想を口にする中、
セシリアは見慣れない男女を見て、
「あの……
そちらのお二人は?」
「あー、クラウディオとオリガだ。
二人とも冒険者だが―――
彼女の方は、子爵令嬢でありながら
依頼を受けて各地を飛び回っているという
変わり者でな」
ギルド長の説明に、セシリアは首を傾げ、
「それでその、そのお二人がどんな
ご用件でしょうか?
いえ、他意はありませんが」
「えっと、そうは言われても……」
「シンさんたちに、時間があるならココで
待っているように言われたので」
そこで同室にいたギルとルーチェが顔を
見合わせて、
「そういえば、シンさんがいませんね」
「どこに行ったんでしょう」
と、そこへ―――
話にあった人物が、応接室をノックした。
「失礼します」
「お、みんな集まってるねー」
「よいしょっ、と……
ではシン、どこに置けばいいかの?」
私の手には―――
浄化魔法で殺菌済みの卵が、
メルの手には食器が、
そしてアルテリーゼの手には、大きな
ずんどう鍋が2つあった。
「こ、この匂いは……!」
「新しい料理ですか、シンさん!?」
ナルガ辺境伯様とオリガ子爵令嬢が
輝いた目を向ける中―――
食器を回し、まずは2つの鍋のフタを取る。
「アレ? お粥?」
「いえ、もっと何ていうか……
あれよりは少し固めな感じが」
中身を見て、ミリアさんとルーチェさんが
これまでに出てきた料理との比較を語る。
「お粥とはちょっと違うんです。
お粥は、コメを炊く時―――
普通より多めの水で炊きますが、こちらは
『オジヤ』と言って、炊いたコメを煮て、
水分を飛ばした物です」
「2つとも同じ物ですか?」
「匂いが異なるがのう」
ずんどう鍋2つを、ミハエルさんとゲルトさんが
指差しながら聞いてくる。
「えーと、こっちは鶏肉と一緒に
煮込んだ物で……」
「こちらは魚・エビ・それに貝を一緒に
煮込んだ物じゃ」
メルとアルテリーゼの答えに、パンパン、と
ギルド長が手を叩いて、
「いつまでガマンすりゃいいんだよ!
どうでもいいから早く食わせてくれ!」
そして全員に食器が回され―――
オジヤが振る舞われた。
「生で食べられる卵か。
最初は抵抗あったけど……」
「最高の調味料、味付けッスよコレは」
「何にでも合います!」
クラウディオさんとレイド君、そしてギル君が、
生卵入りのオジヤを口にかき込み、
「肉も魚もエビも貝も―――
味わいつくしたと思っていたのですが」
「何というか、染みる味じゃて」
魚介類オジヤと肉入りオジヤを、ミハエルさんと
ゲルトさんが堪能する。
「試合後はすごく腹が減るから、
ありがたいが……
でもどうしてこの料理にしたんだ?」
ジャンさんがスプーンにすくって見せながら
意図を聞いてくる。
「運動した後はお腹が空きますが、かと言って
パンや炊いたコメはキツいと思いまして。
でもお粥だと柔らか過ぎるし、もう少し
固めの方が……
それでこのオジヤになりました」
「なるほどなあ」
雑談にふける中、妻2人が無表情というか
目を線のように細くして、
「ねーねー、それはいいんだけどさ」
「いつまであちらから目を背けている
つもりじゃ?」
メルとアルテリーゼの視線の先には……
「うめえぇえええ!!」
byミリア
「うまっ!! マジうまっ!!」
byセシリア
「うめーっ!!」
byルーチェ
「魚うまっ! 肉うまっ!!」
byオリガ
ひたすら食べ続ける女性陣に、その部下や
恋人と思われる男性陣は視線を明後日に向ける。
「アレはアレでいいの?」
「お主らの連れじゃろ、何とかせい」
対するレイド君とギル君、
クラウディオさんは……
「無理ッス!」
「同じく!」
「ちょっと返答は控えさせて」
ミハエルさんとゲルトさんも困った感じで、
「我々は家臣であるゆえ……」
「主人に対してあまり強くは。
それもこんな事で」
まあそれもそうかと思い―――
話題を変えるため、ジャンさんに声をかける。
「そういえばドーン伯爵様は?
何かしら挨拶に来られるかと思ったん
ですけど。
それともこちらから顔見せに行った方が……」
「あー、当面は無理じゃねえか?
なんたって貴族サマだ、俺たちなんかより
アイサツしなけりゃならない連中は多いし、
時間もかかる。
それにこの町の発展はちと異常だからな。
今頃質問攻めや商売の申し出が殺到して
いるだろうぜ」
なるほど……
でもその辺りで呼ばれる事も考えられるし、
一応心にとめておこう。
そして私はメルとアルテリーゼに目配せして、
デザートを持ってくる事にした。
「うわぁ……」
「何コレ!?」
「すごくキレイ……♪」
「あの『めれんげ』というお菓子のようですが、
すごく甘い匂いが……」
貪るようにオジヤを食べていた、ミリアさん、
ルーチェさん、セシリアさん、オリガさんの
女性陣は―――
新作のデザートを見て、スイーツ好きな女の子の
顔に変わる。
持ってきたのは、卵白とメープルシロップを
混ぜて作ったメレンゲで―――
さらにそこにカットフルーツを投入。
フルーツパフェとフルーツヨーグルトの
中間のような外見となり、ようやく見た目的にも
『デザート』と呼べる物が出来上がった。
ようやく落ち着いた女性陣を見て、男性陣も
ホッと一息つく。
「しかし、ウィンベル王国というのは本当に
食生活が発達しているのですね」
「こんなのはウチだけだから、それを基準に
考えられると困るんだが」
ミハエルさんの感想に、苦笑いしながら
ジャンさんが答える。
「なんたって、旦那様の料理ですからねえ♪」
「ここどころか、どの国にもあるまいて♪」
嫁2人が誇らしげに胸を張ると、
「あっ」
不意にクラウディオさんがオリガさんの席へ
行って、2人になって戻ってきた。
「?? どうかしたんですか?」
すると若い男女はペコリと一礼して、
「えーっと、王都でシンさんが結婚したって話は
聞いていたんだけどさ」
「あの、改めて……
ご結婚おめでとうございます」
そしてこちらも妻2人と一緒に頭を下げて、
しばらく既婚組とカップル組との間で会話が
盛り上がった。
次いで―――
一度私とメル、アルテリーゼは宿屋『クラン』
へと戻ると、再びメレンゲデザートを追加で
作ってもらった。
孤児院の分と、ドーン伯爵家へ届ける分だ。
私たちは伯爵家への配達を手配すると、そのまま
ラッチを迎えにそれぞれがデザートを持って、
目的の場所へと向かう。
だが、そこで目にした光景に、しばらく
言葉を失った。
「うわっ!」
「やっぱり、人が多いですねー」
「だが今朝方、ラッチを預けに来た時は
こうではなかったぞ」
差し入れを持ったまま戸惑っていると、
奥の方からカート君とリーリエさんが
慌てて出てきた。
「シンさん!」
「あ、あの、これ新しい料理……
それよりどうしてこんなに人が?」
人が多い、という事情は知っていた。
この町が王都に向けてイベントを宣伝した
おかげで―――
100人以上のお客さんが、この町に
来ているという。
それでこの機会に、当初の孤児院の
計画でもあった……
足踏み踊りを、この院でも受けられるように
したのである。
しかしそれにしても、この多さは異常で―――
私が困惑の表情を見せていると、リーリエさんが
察したように、
「今日は足踏み踊りのお客さんだけではなく、
施設の見学者も多く来ているんです。
多分―――
模擬戦が終わった事で、そちらへ行っていた
人たちが、一気にこちらへ流れて来たのでは
ないかと……」
なるほど。
あくまでも模擬戦がメインイベントだったけど、
それが終わって時間が空いた事で―――
改めて町の施設を見学しに来たのか。
「じゃーせっかくだし、私たちも案内して
もらおーかなっ」
「そうじゃのう。
見学者3名、構わんかな?」
「こら!」
悪ノリし始めた2人をたしなめようと
した時、カート君とリーリエさんは
クスっと笑い、
「いいですよ。
ちょうど混雑は収まったんで。
他に、職員の人もいますし」
「それでは3名様、ご案内しまーす♪」
2人もノリ気で、孤児院内を案内してくれる
事になった。
「まずこちらは、当孤児院一の人気者、
ラッチちゃんになりまーす♪」
「!! ピューッ!!」
リーリエさんに指し示されたラッチは、母である
アルテリーゼを見つけると―――
一直線に胸に向かって飛んできた。
「おうおう♪
いい子にしてたか、ラッチ♪」
続けて、カート君が指し示した先は……
「そしてこちらが―――
二番目に人気の、ロックゴーレムの
レムちゃんです」
「……♪ ……♪」
パック夫妻が作った、あのロック・ゴーレムだ。
よほど可愛がられているのか、いろんな衣服を
その身に着ている。
そうか、名前はレムちゃんで定着したのか。
でも衣装が女の子っぽいような……
いや、ゴーレムに性別は無いかも知れないけど。
3才くらいの背丈のそれは―――
扱いに不満は無いようで、嬉しそうにパタパタと
腕を振っていた。
「ねえ、で……」
「アレは何じゃ?」
妻2人の声に思わず振り返り、その視線の先を
目で追うと……
「 う わ 」
そこには―――
大小様々な女の子で出来た塊のような物が……
「えー、アレが当孤児院名物の『バン玉』です」
「バン玉!?」
リーリエさんの言葉に驚いて聞き返す。
「説明しよう! バン玉とは―――」
「バンという男性を中心に、女の子たちが
寄ってたかって集まり―――
球形になった状態の事を言うのじゃ!」
と、なぜか妻2人が説明してくれて……
私とカート君の男性陣は、
「何かうらやましいような、決して
そうでないような……」
「まあ、ここまできますと」
そしてバン玉の中から、『助けて』と
か細い声が聞こえ―――
「リベラ先生呼んできた方が」
「そうします」
こうしてカート君が院長先生を呼びに行く間、
私は妻2人とリーリエさんと一緒に、バン君の
救出作業に入った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!