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次の日、下町レモネードはいつもの劇場に揃いました。菊田は楽屋で削られたネタ帳を見て何度も台詞を繰り返しましたが、その間梅原の姿は見えませんでした。「あいつ、ほんまに大丈夫なんか。」
菊田はまだ梅原を信用していません。梅原が削ったこのネタよりも、元々の自分のネタの方が面白いに違いない。そう思っていたのです。
出番が近づいた時、菊田はネタ帳をその場に置いて、袖に向かいました。そこには既に梅原が着いていました。
「ありがとうございました。」
一つ前の漫才が終わり、菊田達の待つ袖へとハケて来ました。その時その2人は菊田を一瞥しました。菊田はそこに視線を合わせないように、目を梅原の方へと泳がせました。
「続きまして、下町レモネードです。」
「行くで。」
アナウンスを合図に梅原は菊田を自分の左側に立たせました。
「はいどーも。下町レモネードです。皆様から見て右側が僕菊田と、左側が梅原です。名前だけでもどうか覚えて帰って下さいね。」
「なぁ菊田。俺は最近コンビニ店員になりい。」
「コンビニ店員?別にここでやったらええん。」
「やらせてもらえるんですか。それじゃあ菊田客として歩いて来て。」
「ウィーン。」
「あ、うち手動です。」
「あぁすいません。ガチャ。」
この時点で菊田はいつもと何か違う空気を感じていました。
「いらっしゃいませー。」
菊田は屈んだり、背伸びしたりして、商品に手を伸ばすフリをしました。梅原はレジカウンターから乗り出して不審そうに、菊田を見張ります。
「あの、それ詐欺じゃないですか?」
「詐欺に騙されて入金しに来たババアか。」
劇場は一気にウケました。いつもは深く座り込んで菊田のネタを見ている客達は、前のめりになって手を叩いて笑っていました。
「詐欺にかかるのはババアだけではないやろ。詐欺より先に医者にかかれってことですか。」
「商品を見てんねん。コンビニの店員なんかな、レジから出てくんな。」
梅原は小走りでレジの方に戻りました。
普段は気付かれないほどの小さなボケもやはり今日は少しの笑いが起こります。
菊田はまた陳列棚を見ると、いくつかの商品を持ってレジに持って行きました。
「お茶が一点、杏仁豆腐が一点、プリペイドカードが三点。合計3万410円です。」
「このババアまだ騙されてるぞ。」
菊田が決め手のツッコミを叫ぶと、会場は震えるほどの熱気に包まれました。
梅原は静かに次に台詞言うタイミングを見計らっていました。ですが菊田は、ここまでウケる理由がわかりませんでした。客は梅原という魔術師に何か幻を見せられているようで、菊田だけが夢から覚めてしまったような、寝起きで頭の奥が熱くなるような気がしました。
そこからは二人は勢いづいて、梅原がボケればウケる、菊田が突っ込めばもう一段ウケるの繰り返しでした。菊田は芸人になって初めてテンポというものを感じることが出来ました。
会場は完全に天才梅原のテンポでした。菊田はなんとなく怖くなって、一歩梅原から離れました。
「ありがとうございました。」
菊田は観客から浴びせられる拍手を自分へのものだと感じることはどうしても出来ませんでした。