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その日の俺はまあ酷いものだった。
ボードゲームが珍しく2-2-2のチーム戦のもので、たまたまきんときと同じチームになってしまったのだ。同じチームの人は当然隣に並ぶ。きんときの体が動く度にぴしりと体が強ばり、顔が近づけば顔全体がカッと熱くなってしまう。しかしきんときがこちらに向ける目は冷たい。その目に見つめられる度に体温が急激に下がり現実を知る。温度差で風邪を引くという比喩が頭に浮かんだ。
ゲームには全く集中できず何をやってもぽんこつが過ぎて皆に茶化されながら心配される始末。(自分ではそうは思っていないが)いじられキャラで良かったのかもしれないと思うのは今日が初めてだった。
それでもなんとか1本目の撮影を終えて息をつく。合間の休憩に入って少し外の風でも浴びようとベランダに出るとNakamuが着いてきていたらしい、彼は窓を開けて隣に肩を並べて立った。
何か用あったかと聞く前にNakamuが単刀直入に告げてくる。
「スマイルさ、きんときとなんかあった?今日だけじゃなくて、最近お前変だよ」
変とは言いつつもその声音は気遣うような優しさを含んでおり、心配をかけてしまっていたかと反省する。
……きんときとは、別に何もない。俺が勝手に変な夢を見ているだけで。
「別にアイツは関係ない。」
素っ気ない声で言う。これでNakamuも深く突っ込んでくることはないだろうと思ったのだが、気づけば水縹がこちらを覗き込んできていた。
「スマイル側の問題ってこと?」
言葉に詰まった。あまりにも図星だったから。
瞬時に否定できなかった時点でNakamuにはもう誤魔化しは通用しない、そう悟ってスマイルは重たい口を開いた。
「……最近、悪い夢を見るんだよ。」
「その夢の中のきんときと、なんかあったと。」
「いやまぁ……そう、だけど」
「そっか。」
一度突っ込んできたからには更に詮索されるのかと思いきや相槌のひとつで会話は閉じた。
ビル風で前髪がそよいでNakamuのいつも隠れている右目が覗く。しばらくそれに気を取られていたが背後から聞こえたきりやんの「撮影始めるよー!」の声でハッと我に返った。
「ま、なんかあったら相談乗るから。」
背中をぽんと叩かれてNakamuはさっさと部屋の中へと戻っていってしまう。
去り際に小さく、この先は俺が聞くことでもないな……と呟いた声はスマイルの耳には届かなかった。
心配してくれたNakamuには申し訳ないが人にはとても話せない。知らない人ならば百歩譲って、メンバーに相談なんてできるわけがない。
結局は自分の中で折り合いをつけるしかないのだ。
◾︎◾︎◾︎
今日の俺の様子から何かを察したのか、いそいそと帰りの準備を始めたところできんときに声をかけられてしまった。
「ねぇスマイル、この後ちょっと残ってもらっていい?」
びくりと肩を揺らす。名指しで呼ばれてしまっては無視するのも不自然すぎる。みんなが帰る流れで一緒に出ていくこともできない。
「……わかった」
ふたりきりになるのは避けていたのに。
死刑宣告を待つかのような気持ちで他4人が帰るのを待った。
みんなが帰るのを見送ってリビングへと戻ると、きんときがくるりとこちらに振り返る。なんとも感情の読みづらい表情だった。口は笑みの形をとっているのに何故か寂しげな目元をしている。
「なんで残ってもらったか分かる?」
「いや…、」
分かる。きんときに対する態度もその原因も全てわかっている。その上で否定した。
きんときが俺の顔をじっと眺めながら一歩距離を詰めてきて咄嗟に後退る。目は逸らさなかった、というか逸らせなかった。
その反応を見て説明の必要がないと判断したらしい彼は本筋にいきなり入る。
「俺、お前になんかしちゃった?」
目の前の彼はまた寂しそうに笑っていて。どうしてそんな顔をするのか、全くわからない。
「……お前には、関係ない。」
放った声は自分で思っていたよりも低く、冷たい響きをまとっていた。
そう、関係ないのだ。これは俺の問題でしかないのだから。
本人にそう言い放ってしまうと胸がツキリと痛んだ。目が熱くなってじわりと視界が滲む。きんときの顔なんて見ていられなくて、俯いてぎゅっと目を瞑った。
「なにそれ。お前さ、それは……どうかと思うよ。」
詰るような声音に肩がぴくりと跳ねる。いいから、もう放っておいてくれ。きっと俺に呆れているんだろう。その冷たい群青の色はもう見たくない。
きんときはスマイルの腕を引っ張ってぐいと引き寄せたかと思うとそのまま腕の中に抱き留めた。
「そんな辛そうな顔してさ、怒れるわけないでしょ」
背中をぽんぽんとあやすように優しく叩かれて、涙が一筋スマイルの目から溢れ出た。それにつられるようにしていくつも涙がぽろぽろと流れていく。
なんできんときは俺に優しくするんだろう。優しくされた分だけつらくなるというのに。
きんときへの的外れな恨みがましい気持ちとそれでも期待してしまう自分への情けなさとが混ざり合ってぐちゃぐちゃになって、その結晶は目からこぼれおちてゆく。
泣いてもいいから一旦落ち着きな、ときんときが背中をさする。一定のリズムで動かされる手と安心する温かな体温でなんとか落ち着いた頃、そろりと視線を上に向けると優しい表情のきんときがそこにいた。
取り乱したことへの恥ずかしさが込み上げてきて腕の中から離れようとするも、ガッチリと抱擁されていて動けない。きんときが放してくれるまでしばらくこのままでいようと諦めたとき。背中にあったきんときの腕がするりと上に上がっていって、その指先が後頭部に差し込まれる。
夢の中のきんときに撫でられた感覚と現実のきんときに撫でられる感覚がリンクした。
「ぅ゛♡……ッ!?」
「……え、なに…?」
唇から漏れた小さな声は距離の近いきんときの耳に届いてしまったらしく、目と鼻の先にある顔は唖然とした表情をしている。事情を知らないのだから当然だ。
「ッぅ、ん…っ♡ぁ、」
確かめるようにうなじから後頭部にかけてを再びゆるりと 撫でられて婀娜な声が漏れてしまう。
絶対に、変だと思われた。
この場から走って逃げ出したいのに背中に回された両の手がそれを許さない。もう何も余計な音が口から漏れないように手のひらで押さえる。
気持ち悪いと思われたくない。これ以上、嫌われたくない。
恐る恐る見上げた先にある群青は底深く、こちらの全てを見透かしているように見えた。
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