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思えば、最近のスマイルはずっと様子がおかしかった。
そもそも6人でいる時に俺とスマイルはあまり会話をしない。そのせいでゲームの実況動画を撮っている時に投げかけた言葉への返答がいつもより短くても気のせいかな、としか思わなかったし、前回の実写撮影でもスマイルは俺にいつも通りの態度で接していたと思う。というか、スマイルのことを特別気にかけていた訳でもないので気づかなかったという可能性もある。撮影終わりに廊下に出ていってふらふらと歩いていたのは少し気になりはしたが。
しかしそれからしばらく日が空き、次の実写撮影をする今日になって顔を合わせた時に明確な違和感を覚えた。
ボードゲーム中にそれとなく近づいたとき、スマイルの顔がぎしりと固まった。紫紺の瞳には焦燥の色が見え、状況的に自分がそれの原因であることは明白だった。俺が気づいてからというものスマイルはいつも以上にぽんこつで心ここに在らずの様子。俺と目が合う度に顔を赤くしたり青くしたりするし、おまけにそれとなく避けられる。俺と距離と取ろうとする行動が自然すぎて逆に全て不自然だったのだ。おそらく俺以外は気づいていないのではないかと思うほど、不自然なほど自然だった。
他のみんなとはいつも通りの距離で接しているのに。なんで俺だけ。
胸がちりちりと焼き焦げるような感覚がした。
スマイルのことだから、その原因に関係しているであろう俺が聞いてもきっと誤魔化すだろう。Nakamuにそれとなく聞いてみるようお願いすると二つ返事で承ってくれた。どうやら彼もスマイルの異変に気づいていたようで、俺に言われなくとも事情を聞きに行くつもりではあったらしい。
「夢を見るんだってさ。」
「……夢?」
スマイルが席を外したタイミングでこそっと耳打ちされる。予想していなかったファンシーな単語に思わず鸚鵡返しをしてしまう。
「俺が言えるのはこれだけかな。」
スマイルが帰ってきたのに気づきNakamuが俺から距離を取る。あとは頑張れ!と口形だけで喋るNakamuはさっさと行ってしまった。
結局得られたのは「スマイルが何やら夢を見ている」という情報のみ。それでも全くないよりはマシであるしこの情報量がNakamuの判断だと言うならそれはきっと正しいのだろう。
みんなが帰りの準備を進める中で一際キビキビ動いているように見えたスマイルに声をかける。撮影中もそうだったが、俺の口からスマイルの名前が出る度に彼は怯えたように少しだけ肩を揺らす。
あぁ、ちょっとこれは、傷つくかもしれない。
◾︎◾︎◾︎
みんなを見送って二人になったところでくるりと振り返る。スマイルはどこかソワソワしていて俺と二人のこの状況から逃げ出したそうに見えた。
「なんで残ってもらったか分かる?」
「いや…、」
否定するスマイルの目にはあからさまに動揺の色が見えた。ずいと距離を詰めればその分後退って距離が空く。こちらをじっと捉える目を逸らさなかったことだけは褒めてあげたいと思う。
多分、スマイルは俺が考えていることもその原因も全て理解した上で逃げを打った。俺はそれに気がつけないほど馬鹿ではない。
声が重くならないよう努めて調整してから発声する。
「俺、お前になんかしちゃった?」
「…………お前には、関係ない。」
しばらく待ってようやく発せられた低いその声は痛々しいと表現するのが相応しいように思えた。突き放して欲しいと願いながら救われたいとも思っているような。
関係ない、か。
そう。と一言だけ返して知らんぷりをすることだってできた。スマイルだってそれを望んでいるのだろう、表面上は。
しかし小さな漣を立てる水面下の彼の心はそれを望んでいないことなんて火を見るより明らかで。どうこう考える前に体が先に動いた。目の前のこいつみたいに行動する前にぐちゃぐちゃと思い悩むタチでなくて良かったと思う。
俯いたスマイルの腕を掴んで引き寄せれば特に抵抗もなくきんときの腕の中に収まる。
「そんな辛そうな顔してさ、怒れるわけないでしょ」
半分は嘘で、半分は本当だった。
みんなに相談すればいい悩み事を自分の中で抱え込んで、知らぬ存ぜぬで突き通そうとするところはこいつの悪いところ。いつかちゃんと注意しなければと思っていた。しかし目先のスマイルが目元を赤く染めて辛そうにしていたから。この話をするのは今ではないと思った。
もう半分。目の前で小さく縮こまるスマイルに嗜虐心を刺激されたから。虐めたい、と直感的に思ってしまった。そして同時に守りたいとも。もちろん相手は俺と同じ歳の成人男性だと分かっていて、それでも尚そう思ってしまったのだからもうどうしようもない。
ふるふると小さく肩を震わせるスマイルの背中をあやすように優しく叩くと、切長の目から一粒涙が零れたのが見えた。なんとなく見てはいけないものを見てしまったような気がした。
小さく鼻をすするスマイルに落ち着くように優しく促しながら背中を優しくさすっていると段々と震えが収まってくる。
ちら、とこちらを見上げるスマイルの紫紺の目の周りは赤く染っていてきまり悪さと焦りの色が見えた。身を捩って腕から解放されようとするスマイルをそのままぎゅっと抱き留めておく。まだ離れたくなかった。離したくなかった。
少しの間抵抗したが俺が離す気がないと分かると諦めて身を預けてくる。背中に置いていた手を上に動かしそれとなく後頭部をゆるく撫でた。かわいそうでかわいいスマイルが無性に愛しくて、よしよしと撫でてあげたい気持ちになったのだ。
この行動が後の激動の展開を巻き起こすことはきんときは知る由もなかった。
「ぅ゛♡……ッ!?」
「……え、なに…?」
……今こいつ、なんかえっちな声出さなかった?
確かめるように後ろ髪を梳いて撫でると再び目の前の男の唇から抑えきれなかったらしい声が漏れる。その官能的な声音は頭を撫でるくらいでは出るはずのないものであることは明らかで。
「ね、今の何。」
「……。」
押し黙るスマイルの顔を覗き込むと顔中を赤く染め、切れ長の目を見開いていた。ますます意味がわからない。
口元を押さえている方の手の手首を掴んで無理やり引き剥がせば、くちびるがふるふると戦慄いていることに気がつく。
「なんでもない」
「いや、なんでもないは無理があるでしょ…」
「……」
「夢、見てるんだってね。」
ずっと下を向いていた顔がこちらを向いた。紫紺の瞳は狼狽の色を映している。
「はっ?なんで、…………Nakamuか。」
「俺が頼んだの。」
スマイルは再び俯いてぼそぼそと喋り始める。
「……その、悪夢を見るんだよ。ごめん。勝手にお前の夢見て。」
悪夢。それも俺の夢だと言う。新しい情報とスマイルの先程の様子が上手く繋がらなくて疑問符が浮かんだ。それにしても、勝手に俺の夢を見るも何もそもそも夢なんて制御不能なんだから謝る意味が分からない。しかし俺には分からなくともこいつには謝る理由が何かあるんだろう。
「別に謝られることでもないですけど。」
「そうだとしても……ごめん。だからお前には、本当に、関係ないから……」
先程と同じ内容を告げているのに小さく細い声はどこか懇願するような響きをまとっている。
夢のせいだというのはNakamuから聞いてそれとなく知っている。しかしその後は当人同士で喋るべきという彼の判断によって、得られた情報はそれで終わりだった。
夢は願望の現れ、もしくは心理的なストレスのサインだという。きんときに関係する悪い夢を見るというのならきんときがスマイルに何かしらアクションを起こさなければ解決しない。
そういった考えのもとスマイルに事情を尋ねたのだが一筋縄では行かなさそうだった。
スマイルの力になりたい。助けられるならばその役目は俺が。
きんときがそう思うのはただの友情からの気持ちではないということに本人はとっくに気づいている。そしてその気持ちを抜きにしても友人としてスマイルを救いたいと思えるくらいには彼と一緒に過ごした時間は長かった。
しかし自分が関係してくる夢、それもあんな悩ましげな声が思わず出てしまうような夢だとなれば話は別だ。何がなんでも内容を吐かせて夢を終わらせなければならない。たとえスマイル本人が嫌がるとしても。
スマイルにその感情を抱かせるのは俺だけでいいから。
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