黒樹はまた涼を使うことにした。
戸籍的には行方不明者であるはずの黒樹は身分証明書を持たない。だから社会生活上障壁が多いのだ。
「どこへいく?」
「栄。前、チンピラップルに会ったとこ」
涼が明らか嫌そうに眉を顰める。
「あんなん、会わなくていいぜ。黒樹が汚れちまうよ」
過保護に黒樹を見る。
「いや……一度会って、あいつらにわからせてやんだ。涼がいいやつだってことをな」
「お前……いい奴かよー!!」
今度は抱きついた。忙しいやつ。
「じゃ、アッシーくんして」
「死語……」
「ん゙?」
「後ろにお乗りくださァい」
黒樹はミラジーノの後席に座る。
案外広い車だ。
ゆとりーとラインが上を通る道はそこまで混んでいない。砂田橋で右折して、天満通を抜けて広小路通まで出ると、栄は一本道で行ける。
涼はアクセルを踏む。オートマだが、乗っていて飽きないのがこの車だ。
オアシス21が見えてきて、車通りも増える。
平日昼間から栄には、遊びと仕事が入り交じる。住んでいる人口の代わりに、昼間人口を膨らます栄の一角に、涼はミラジーノの停めた。
「人多いな」
「それはそう」
「……後ろも停まったね」
「?あぁ、」
涼は黒樹の突然の言葉に変な返事をしてしまう。
黒樹が言っているのは、錦通大津あたりから不自然についてきていたホンダゼストスパークの事だ。アルファベットのナンバーをつけて、ミラジーノの出方をうかがうようにつけてきている。
するとそのゼストスパークの扉が開いた。
降りてきたのは、奇しくもこれから探そうとしていた二人組。
「涼。久しぶりね」
「少年も」
二人は相も変わらぬ不敵な笑みのまま友好的な言葉を並べだす。
「今日はおデートなわけ?」
くすくすと笑いながら女が続けた。
「それじゃぁダブルデートでもしない?あたしたちもこのあと食事から男女の遊びまでフルの予定だったのよ」
男も賛同しだす。涼は怪訝そうにしている。
黒樹は考えた。
このまま一緒に遊んでやれば、そのうち尻尾を掴めるかもしれない。こいつらがどんな奴なのか。涼の過去。涼の秘密。
敵意は個のまま、集に隠して振ってやる。そうしたら、きっと躱せない。
「いいよ。じゃあ行こ」
涼が驚いたように腕を引くが、黒樹はそのまま自分に引き寄せて人差し指で「しー」をした。
彼らは胡散臭かったが、これといって何もしてこなかった。
オアシス21、センパ、少し移動してミッドランドスクエアシネマ。
名古屋中心部の遊べるエリアを遊び尽くす。
「いけるいけるいける……!、あ!ちょっと尊《たける》、なにやってんのよあんたもー……え?うわっ、やるやんアンタぁ!!」
このカップル、男の方は織田尊《おだたける》、女の方は矢場文奈《やばふみな》といった。
明らかに涼と毛色が違うから、涼が言ってた”確執”も首肯けるが、だからといって完全悪と拒絶したくなる人種ではなかった。
涼があれだけ嫌がるまで、溝は深いのだろうか。
なら、なぜ尊たちは涼を拒絶しないのだろう。