「ただいま」
帰宅を知らせても出迎える声もなく、俺の声がだけが響く。
何時もなら、高城さんが出迎えてくれるのに。
『お帰り。飯出来てるから、早く食え』
もう、出迎えて貰うことさえ出来ない。
惰性のままリビングに向かえば、机の上に置かれっぱなしのままになっている、バイクのカタログが目にとまる。
別に俺は今のバイクでも良いと言ったのに
『タンデムするなら、乗りやすいやつの方がいいだろ?これなんてどうだ?』
高城さんが余りにも楽しそうに尋ねてくるもんだから、一緒にカタログを見る羽目になった。
・・・本当、不思議だよね。どこにも高城さんの姿は存在しないのに、この部屋全てに、高城さんの面影だけが残っている。
今度はベランダに目をやると出掛ける前に干していた洗濯物が、パタパタと風に揺れている。
「・・・洗濯当番決めたのに、意味なくなっちゃったすね。今日は高城さんの番じゃないすか。まあ、これからずっと俺が当番ですけどね」
『あ、バカ、干す前に上から下向いて振らねぇと皺がつくんだよ!』
「俺には洗濯の才能ないので、あとは高城さんに任せまーす」
『いや、今日はお前が当番だろ。俺が手伝ってやってんだから、さっさと終わらせるぞ』
「はーい」
もう一度さ、高城さんの声を聞かせてよ。そうでないと、俺、そのうち高城さんの声も忘れちゃうよ?
干していた洗濯物を取り込んでいく。俺の服と並んでいる高城さんのシャツに触れる。
俺はおもむろに、洗い立ての高城さんのシャツを手にとり、袖を通す。柔軟剤の香りに混じり、高城さんの香りが、ほんのりと鼻腔を掠める。
ああ、いつかこの匂いも消えてしまう。
高城さんのように俺を残して。
そう思うといてもたってもいられず、シャツをかき抱く。
どうすればいい?
きっと、時間が立てば、高城さんと共に過ごした時間も、この匂いも、この胸を貫く慟哭さえ、記憶となり、何時かは思い出になってしまう。
この悲しみも苦しみも嘆きも全て俺の物だ。誰にも渡したくない。誰にも理解なんてされたくない。俺だけが知っていればいい。
どれだけ、この胸に留めておきたいと願っても、時間とともに溢れていってしまう。
そんな事しても、幸せになれないって?
誰がそんな事決めたんすか?
絶対、幸せにならなければいけないの?
そんなのおかしいでしょ。
望んでもない幸せなんて価値なんてない。そんなに幸せが欲しいなら、俺の幸せをくれてやるよ。
俺は幸せよりも、高城さんを忘れたくない。高城さんを思い出なんかにさせたくない。
どうすれば、この慟哭を胸に縫い付けておける?
この際、誰でもいいからさ、俺に教えてよ。
俺はこの慟哭ともに心中出来るなら本望だ。
おわり
あとがきのようなもの。
感情も脳に記録として記憶されるけど、時間が立てば、どんな辛かった記憶を思い出してとしても、当日に比べて感情は薄まっている。それが耐えられない秋元の話。
ふと碧○🐇を聴いてたら閃いた。
今思えば、あのドラマ設定ガバガバやったよな。新郎を待ってたら、急にストレッチャーに乗せられて「今から緊急手術です」って口頭で主人公に告げるけど、失明、聴覚障害けん、何も分からん状態で、手術されるとか地獄やんな。
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