テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ついでのように岳斗から言われた言葉を思い出して、吐息を落とした大葉である。 車の中でウリちゃんからも非難がましい目で見られたのを気にしていたところへ、岳斗からも同じような注意をされた大葉は、心の中で『無理させる気はねぇよ』と言い訳をせずにはいられない。
今夜は羽理が疲れないよう、明日の仕事に響くような痛みにも見舞われることがないよう、優しく気遣いながら触れるつもりなのだから。
そんなことを思いながら羽理を見詰めたら、彼女のすぐそばでじぃーっと自分を見上げているキュウリの視線に気が付いた。
――お父しゃ、羽理ちゃに触らないという選択肢はないんでしゅか?
そんな幻聴が聞えてきて一瞬怯みそうになった大葉だったけれど、『その選択肢はないんでちゅよ、ウリちゃん』と声には出さず即答した。
***
「なぁ羽理」
とりあえず考えを整理して呼び掛ければ、羽理がどこか窺うような眼差しを自分に向けてくる。
それがちょっぴり気になってしまった大葉だったが、あえて気付かないふりをした。
「――このまま、ここで俺と一緒に暮らさないか?」
岳斗に言われたから、というのももちろんある。だけどそれはきっかけに過ぎない。羽理に結婚を申し込んだのはそれよりも前のことだし、大葉だって大好きな羽理とひとつ屋根の下で暮らすことを夢見ていなかったわけじゃない。
「えっ? あのっ。大葉……?」
驚いたように「いきなり、どうしたの……?」と続けながらちょん、と大葉の腕に触れてきた羽理の小さな手指は、冷たい飲み物が入ったグラスに添えられていたからだろうか。ひんやりとして、少ししっとりしていた。
「いきなり……だったか?」
ちょっと動揺が声ににじみ出てしまって、それを誤魔化すようにコホンッとわざとらしく咳ばらいをしたら、羽理がコクッとうなずいた。
そうしてじぃっと大葉の顔を覗き込むようにして言うのだ。
「大葉、私に何か隠してない?」
と。
余りにド直球な質問に、大葉がグッと言葉に詰まるのを見て、羽理の瞳に確信めいた光が宿る。
「さっきの電話、倍相課長に何を言われたんですか? 私にも、ちゃんと全部話して?」
羽理の言葉に呼応するように、彼女のすぐ横にいるキュウリが「アン!」とちょっぴり甲高い声で鳴いた。
***
倍相課長との電話を終えた大葉は、明らかに何かを思い悩んでいるような感じで、羽理はとっても落ち着かなかった。
(私、杏子さん絡みでの隠し事はもう懲り懲りだよ……?)
そう思っていた矢先、いきなり大葉から同棲の打診をされた羽理は、回りくどい言い方はしないでストレートに大葉へぶつかることにした。
「――さっきの電話、倍相課長から何を言われたんですか?」
そう問いかけた羽理を後押しするようにキュウリちゃんが「アン!」と加勢してくれて。それに勇気づけられた羽理は大葉をじっと見詰めた。
女性陣ふたり(?)からの視線を受けた大葉は、孤立無援、多勢に無勢。どうすべきかとオロオロと視線をさまよわせているようだったけれど、どうやら観念したらしい。
「さっき……」
ややしてポツポツと語り始めた。
***
基本仕事は出来るけれど日常生活ではぽやんとしている印象の羽理が、そんな鋭いことを言うなんて、大葉には全くの想定外だった。
大葉は羽理の言葉に一瞬たじろいで、けれどすぐさま彼女に隠し事をしてもいい結果にならないことは立証済みだったじゃないかと考えを改めた。
そもそも杏子が自分のアパート近くに住んでいると知れば、羽理だってきっと心穏やかじゃいられないはず。
コメント
1件
どうする?うりちゃん。