テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
メインデルトさんに連れられて病室に向かうと、ルークはベッドで上半身を起こしながら、窓から外を眺めていた。
病室には彼が一人だけ。……こう見ると、何とも|物憂《ものう》げなようにも見えてしまう。
私はいつの間にか、メインデルトさんを置き去りにして、ルークの元に駆け寄ってしまっていた。
「ルーク!!」
「……アイナ様!!」
ベッド横に着いたあと、何となくルークの手を握ってみる。
最後に見たルークは死にそうだったけど、今の彼はそんな風にはまったく見えない。
呪いは完全に解けていないとはいえ、命があっただけでも私には嬉しかった。
「……おはよう! 調子はどう?」
「おはようございます。
調子は……そうですね。呪いが残っているということで、まだ少しダルいのですが……。
しかし、問題はありません」
「そうなんだ? ……本当に?」
「旅をする分には、特に問題ないはずです。
……ただ、戦闘になると不安が残るかもしれません」
「え……?」
私の不安には、メインデルトさんが答えてくれた。
「そうじゃの。激しい運動は控えた方が良いぞ。
恐らく、本来よりも身体能力は下がってしまっているはずじゃ」
「それって……、元には戻るんですか?
私ができることなら、何でもやりますから……!」
「お嬢ちゃんが……というより、あとは高位の解呪魔法を使ってやるしかないからのう。
しかし、それさえあれば、ちょちょいのちょい、じゃよ。……ただ、そんな魔法を使える人間なんて、そうそうおらんからな」
「大司祭のクラスなら使えるかもしれない……と、聞いたことがあります」
もちろんそれは、エミリアさんに聞いた情報だ。
彼女はまだ眠っているから、それ以上のことは今は分からない。
「……ふむ、それは信仰によりけりじゃな。
例えばルーンセラフィス教といった規模の大きいところなら、使い手は何人もおるじゃろう。
泡沫の信仰とは違って、術者の層が厚いからな」
「なるほど……。
この辺りで、そういった方はいらしゃいませんか?」
「せめて王都か、メルタテオスまで行かないとな。
近くの大きな街……ミラエルツやクレントスには、いるかはちょっと分からんのう……」
「そうですか……」
私たちの旅路は既に、メルタテオスはおろか、ミラエルツも過ぎてしまった。
完全に呪いを解くのであれば、進んできた道を戻らなくてはいけない。
「アイナ様、私のことは後回しで構いません。
まずはクレントスに向かいましょう」
ルークは明るく、そう提案した。
確かに戻ったところで街の中には入れない――ことも無いのか。由来は不明だけど、新しい冒険者カードもあるのだから。
しかし戻るのはやはり危険だし、まずはクレントスに向かって、今の私たちの状況を何とかしないと――
いや、この状況がどうにかなるにしろ、ならないにしろ、クレントスのあとにメルタテオスを目指せば良いのか。
「……うん、ごめん。
それじゃルーク、先にクレントスを目指しても良いかな?」
「はい、もちろんです」
私たちがそんな話をしていると、廊下の方から話し声が聞こえてきた。
どうやら施療院の先生たちがやって来たらしい。
「ほれほれ、お嬢ちゃんたち。
このまま本名はまずいじゃろ? 偽名を使うなら、そうせんかい」
「「あ」」
他に誰もいなかったから油断していたけど、そういえば本名で呼び合うのはまずかった。
早々に偽名で呼び合わないと。そもそも私、新しい偽名で誰かを呼んだことがまだ無いし。
「ご忠告ありがとうございます、メインデルトさん。
ほら、えーっと……ブレントもお礼!」
「あ、はい。えーっと、メイベル様……でしたっけ?」
「うーん……。その呼び方は何だか怪しいから、『さん』付けで大丈夫だよ」
「分かりました、メイベルさん。
メインデルトさんも、ありがとうございます」
「ほっほっほ。その名前にも早く慣れるんじゃぞ。
それでは儂は、朝飯でも食ってくるわい」
そう言うと、メインデルトさんは病室から去っていった。
それと入れ代わる形で、施療院の先生たちが明るい雰囲気で病室に入ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一通りの診察が終わると、今日は自由にして良いという許可をもらった。
ルークの呪いはこれ以上無くすことが出来ないから、体力が回復しているのであれば、できるだけ動いた方が良いとのことだった。
昨日死にそうな状態だったのに、もうそんな自由にしても良いのかと疑問に思っていると――
「……いえ。実は私から、そういう希望を出したんです」
「え? そうなの?」
「はい。私は少しでも早く、クレントスに向かいたいんです。
『神託の迷宮』に何があるのかは分かりませんが、早くアイナ様に日常を取り戻して頂きたいので……」
……うーん。
この期に及んで、ルークは私のことばかり考えてくれる……。
「……ありがとね。でも、誰にだって大変なときはあるの。
だからルークが大変なときは、もう少しワガママくらい言ってくれないと。ね?」
「む……」
「いやいや。『む……』じゃなくてね、本当にね?」
今回の一連のことで、私はルークのありがたみを痛感していた。
いつも私を気遣って護ってくれる彼は、想像以上に私の心の支えになってくれているのだ。
「……そうですね。ワガママを言っても良いのであれば――」
「うん。私ができることなら、何でもしてあげるから」
「早くクレントスに向かいたいですね」
「ズコーッ!!」
改めて話を聞いてみれば、やはり彼としても、早く日常を取り戻したいとのことだった。
結局、私もルークも目的は同じなのだ。
……それなら早々に、クレントスを目指してしまうのも、まぁ良いか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の昼すぎ、エミリアさんがようやく目を覚ましてくれた。
私とルークの姿を見つけると、何やら犬みたいな感じで近寄ってきた。
「アイナさん! ルークさん! おはようございます!!」
「もう昼ですよ!」
「おそようございます!」
「おそようございます!」
……私たちは、少し懐かしいノリで挨拶を交わした。
最近はこんな雰囲気もなかなか作ることができなかったけど、やっぱり私たちはこういう空気の方が似合っている。
「ルークさん! もう大丈夫なんですか!?
こんなに歩けるだなんて、信じられません……!」
エミリアさんは目を潤ませながら、ルークに詰め寄った。
「ご心配をお掛けしました。お二人のおかげで、何とか命拾いすることができました。
本当にありがとうございます」
「良かったです、本当に……。
今回はさすがに……、本当に心配で……」
「エミリアさんはずっと魔法を使ってくれてたんだよ?
今度、何かお礼をしてあげないとね」
「ふむ……。それでは食事を奢らせて頂きましょう。
どれだけ食べても、私が全額負担しますから」
「え、本当ですか!? 約束ですよ!!」
「はい、約束です」
涙を浮かべていると思ったら、途端に笑顔になったエミリアさん。
しかし、何とも彼女らしいというか。
「……ところで、それって私も一緒に行っていいの?」
「もちろん! みんな一緒ですよ!
ね、ルークさん!」
「はい、アイナ様がいないと始まりませんから。
全て私にお任せください」
「あはは、よろしくね。
それじゃクレントスにでも着いたら、たくさん奢ってもらおうかな♪」
「えへへ、楽しみが増えましたね♪」
……それは、ささやかな約束かもしれない。
でも、私たちの運命を左右するような大きな目的以外にも……少しくらいは、そんな小さな目的があっても良いよね?