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第三話「同じ春のはずなのに」
朝の空気は、少しだけ暖かくなっていた。
桜はまだ満開で、通学路には花びらがちらほら落ち始めている。
去年と同じ景色。
同じ春。
――のはずなのに。
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(なんか、おかしい)
⸻
そんな感覚が、ずっと消えない。
教室に入ると、いつも通りのざわめきがあって、
いつも通りの席に、秀一が座っている。
それだけで少し安心するのに――
どこか、違う。
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「おはよ」
声をかける。
「…おはよ」
返ってきたのは、短い言葉。
目も、ちゃんと合わない。
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(前はこんなんじゃなかったのに)
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少し前までは、
もっと自然に話して、もっとくだらないことで笑っていたはずだ。
沈黙なんて、ほとんどなかった。
なのに今は、何を話せばいいのか分からない。
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「昨日さ――」
話題を振ろうとする。
でも、続かない。
「あ、やっぱいいや」
「…そっか」
それだけで終わる。
会話が、繋がらない。
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(なんで…?)
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理由が分からないのが、一番怖い。
怒ってるわけでもなさそうで、
嫌ってるわけでもなさそうで、
でも、確実に距離がある。
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授業中も、何度か視線を向ける。
でも、目が合うことはほとんどなかった。
たまたま合っても、すぐ逸らされる。
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(避けられてる…?)
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その言葉が浮かんで、すぐに打ち消す。
(違う、そんなわけない)
そう思いたいだけなのかもしれない。
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昼休み。
いつもなら一緒に弁当を食べている時間。
今日は、少しだけ迷った。
声をかけるか、どうか。
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結局、かけなかった。
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秀一は一人で食べていた。
前は、そんなこと一度もなかったのに。
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(なんで一人でいるのよ)
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胸の奥が、じわっと痛くなる。
でも、足は動かなかった。
無理に近づいて、拒まれたら――
そう考えると、怖かった。
⸻
放課後。
教室の空気が少しずつ緩んでいく。
帰り支度をしながら、何度もタイミングを探した。
声をかけるタイミング。
いつもなら、何も考えなくてよかったのに。
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ようやく決めて、口を開く。
「一緒に帰る?」
なるべく、いつも通りに。
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少しの間。
ほんの数秒なのに、やけに長く感じた。
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「今日はいい」
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その一言で、全部分かってしまった気がした。
理由も、説明もない。
ただ、拒まれた。
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「そっか」
自然に笑えたかは分からない。
でも、そう言うしかなかった。
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教室を出ていく背中。
追いかけることもできたのに、できなかった。
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(ほんとに、なんなのよ…)
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怒りじゃない。
悲しみでもない。
ただ、どうしていいか分からない感情が、胸に溜まっていく。
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帰り道。
一人で歩く桜並木。
去年と同じ道。
同じ景色。
でも――
隣にいるはずの人がいないだけで、こんなにも違う。
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スマホを取り出す。
メッセージ画面を開く。
何度も文字を打っては消す。
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「なんかあった?」
送る。
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少し待つ。
画面を見つめたまま。
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既読は、つかない。
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胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
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(前は、すぐ返してくれたのに)
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たったそれだけの変化なのに、こんなにも不安になる。
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桜が、風に乗って舞い落ちる。
肩に一枚、花びらが乗った。
それを払うこともせず、ただ立ち止まる。
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(同じ春のはずなのに)
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何かが、確実に違う。
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でも、その正体はまだ分からない。
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分からないまま、時間だけが進んでいく。
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それが一番――
怖かった。