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第四話「ひとりの夜」
夜は、やけに静かだった。
家のドアを閉めた瞬間、外の音が全部遮断される。
「ただいま」
返事はない。
当たり前だ。今日は親が遅いって言っていた。
靴を脱いで、部屋に入る。
制服のままベッドに座った。
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(なんなのよ、ほんとに…)
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今日一日のことが、頭の中で何度も繰り返される。
目を合わせないこと。
短い返事。
避けるような態度。
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全部、気のせいじゃない。
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スマホを取り出す。
画面には、既読のつかないメッセージ。
『なんかあった?』
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(なんで返さないのよ)
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苛立ちが、少しだけ込み上げる。
でも、それよりも大きいのは――
不安だった。
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(私、何かした?)
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思い返す。
昨日。
一昨日。
その前も。
特別なことなんて、何もなかったはずだ。
いつも通り話して、笑って。
それなのに、急に。
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(分かんないよ…)
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ぽつりと、声が漏れる。
部屋の中に、自分の声だけが響く。
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スマホを握りしめる。
もう一度、メッセージを打つ。
でも――
送れなかった。
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(重いって思われたらどうしよう)
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そんな考えが浮かんで、指が止まる。
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ベッドに倒れ込む。
天井がぼやける。
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(なんでこんなに苦しいの…)
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ただ、少し話せなくなっただけなのに。
それだけのはずなのに。
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胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
息がしづらい。
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気づけば、目に涙が溜まっていた。
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(やだ…)
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こぼれた。
一滴。
それをきっかけに、止まらなくなる。
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「なんでよ…」
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声が震える。
涙が、次々と溢れてくる。
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「なんで急に、あんなの…」
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枕に顔を押し付ける。
声を殺そうとしても、嗚咽が漏れる。
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(前はあんなじゃなかったじゃん…)
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一緒に帰った帰り道。
どうでもいい話で笑った時間。
くだらないことでからかい合った日々。
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全部、ちゃんと覚えてる。
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「戻ってよ…」
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小さく、かすれた声。
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「前みたいに、戻ってよ…」
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誰にも届かない言葉。
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涙でぐしゃぐしゃになりながら、スマホを握る。
画面は変わらない。
既読は、つかないまま。
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(こんなの…やだよ)
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ただ、それだけだった。
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理由も知らないまま、離れていくのが。
何もできないまま、終わっていくのが。
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怖かった。
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どれくらい時間が経ったのか分からない。
泣き疲れて、呼吸が少し落ち着く。
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それでも、胸の奥の苦しさは消えない。
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(明日、ちゃんと聞こう)
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そう思う。
逃げないで、ちゃんと。
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(逃げられても、聞く)
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それくらいしないと、壊れてしまいそうだった。
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窓の外では、夜の風が桜を揺らしていた。
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まだ散ってはいないのに。
少しずつ、何かがこぼれ落ちていく。
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そんな気がした。