____四月十七日。午後十三時三十分。
「ナオト、私《わたくし》にお茶を淹《い》れなさい」
「ははー、ただいま」
「あと、おいしいお菓子も持ってきなさい」
「かしこまりました」
「あっ、それから私のドレスについた埃《ほこり》を振り払いなさい」
「承知しました」
エリカ・スプリングはナオト(『第二形態』になった副作用でショタ化してしまった身長『百三十センチ』の主人公)をこき使っていた。
それを見ていたミノリ(吸血鬼)はお姫様に一言、言いに行こうとした。
しかし、コユリ(本物の天使)が彼女の腕を掴み、前に進めないようにした。
ミノリ(吸血鬼)はコユリを睨みつけたが、コユリは黙って首を横に振った。
ここは我慢してください、と言わんばかりに……。
ミノリ(吸血鬼)は怒りの視線をお姫様に向けながら、ゆっくり床に座った。
とりあえず今はこのお姫様の機嫌を損ねないようにしないといけないわね……。
ミノリ(吸血鬼)は、そう思い、心を落ち着かせた。
しかし、お姫様がナオトにあんなことを言ってしまったため、それどころではなくなってしまった……。
「ナオト、私《わたくし》のために何か芸をしてみなさい」
「芸……ですか。どのようなものがよろしいでしょうか?」
「そうね……あなたが本当に堕天使だと言うのなら、人を虫けらのように殺せるはずよね?」
「それはいったいどういうことでしょうか?」
「簡単なことよ。ここに、その辺の人間を攫《さら》ってきて、私の目の前で……殺しなさい」
それを聞いたミノリ(吸血鬼)はもう居ても立っても居られなくなり、お姫様の目の前まで一瞬で移動すると、金髪ロングと水色の瞳が特徴的なお姫様『エリカ・スプリング』を睨みつけた。
「なんですか? あなたは? 私《わたくし》に何か言いたいことでもあるのですか?」
湯呑みを巨大なちゃぶ台の上に置いて、ミノリを見上げたお姫様はいかにも不機嫌そうな顔でそう言った。
ミノリは右手の親指の先端を噛むと自分の血液をサバイバルナイフに変えた。
その後、お姫様の右目に刺さるか刺さらないかのところまでそれを瞬時に移動させた。
「いくらあんたが一国のお姫様だとしても、やっていいことと悪いことがあるわよね?」
「彼は私《わたくし》に誓ってくれました。私の剣となり盾となると」
「今はそんなことどうでもいいのよ! それに、その契約は今回限りであって、しかも一時的な契約でしょう? というか、自分の前でその辺の人間を殺してみせろなんて命令にナオトが従うわけな……」
「かしこまりました。それでは、今からご覧に入れましょう」
その言葉を聞いたミノリ(吸血鬼)はナオトの目の前に瞬時に移動すると、今度はナオトを睨みつけた。
「あんた、いったい何考えてんのよ! あんたはいつも人を殺そうとも利用しようとも思わない平和主義者じゃない! なのになんで、あっさりそんなこと言うのよ!」
それに対して、ナオトは静かにこう言った。
「ミノリ……いいから黙って見てろ」
「それって、あんたがなんの罪もない人間を殺すのを黙って見てろってこと? 冗談じゃないわよ……あたしたちは、あんたが今までどれだけの人間を助けてきたのかよーく知ってる……。なのに、お姫様の命令だからって、今まで築きあげてきたものをなかったことにするの? 本当の堕天使になんかなっちゃダメ。あんたは人間よ、堕天使でも化け物でもない、ただの人間……それがあんたでしょ?」
しかし、ナオトはミノリの言葉に耳を貸さず、尾骨から生えた先端がドリルになっているシッポでミノリ(吸血鬼)をグルグル巻きにして、宙に浮かせた。
「ちょっ……離しなさいよ! 本当はあたしたちに助けてもらいたいんでしょ? このお姫様を追い払いたいんでしょ? ほら、早く言ってよ! 助けてくれって! ねえ、ナオト!」
しかし、彼はつかつかとお姫様のところへ歩いていった。まるで自分の声が聞こえないかのように。
「ダメ……ダメよ、ナオト。あんたは堕天使なんかじゃない! 思い出してよ! あんたが救ってきた人たちのことを! それとも、あたしたちのこと……忘れちゃったの? なら、あたしが思い出させてあげるから! このシッポをほどいてよ!」
ミノリ(吸血鬼)は身をよじらせて、ナオトの方を見ながらそう言った。
しかし、ミノリ(吸血鬼)の言葉は全《まった》く届いていなかった。
聞こえていないというより、ミノリがその場に存在していないかのように思えた。
お姫様の前で跪《ひざまず》いているナオトは、ミノリの方を見ながら、舌を出しているお姫様に気づいていなかった。
「ナオト! あんた! その女に騙されてるわよ! というか、いい加減、目を覚ましなさいよ!」
「俺の言うことが聞けないやつは……こうだ」
ナオトはそう言うとミノリの体に巻きつけているシッポの締まりを強くした。
「ぐっ……! こ、こんなものであたしを黙らせられるとでも思ってるの? あたしがしぶといのは、あんたが一番よく知ってるでしょ?」
「そうだな。けど、俺はお前が移動できないようにした」
「……?」
「わからないのか? お前は俺がこれから何をしようとそこから動けないってことだ」
「あ、あんた……いったい何を……」
「それでは、今から人を攫《さら》い、あなた様の目の前で殺してみせましょう」
ナオトはそう言うと、スッと立ち上がって、お姫様の目をじっと見つめた。
「何をしているの? 早く人を攫《さら》ってきなさい」
「そんなことをする必要はありませんよ。マイ……プリンセス」
「なんですって? それはいったいどういう……」
お姫様が最後まで言い終わる前に、ナオトは右手で彼女の首を掴《つか》んで宙に浮かせた。
彼は未だに外れない黒い鎧を身に纏《まと》い、背中から四枚の黒い翼を生やし、尾骨から先端がドリルになっているシッポを生やし、黄緑色の瞳でお姫様を睨みつけていた。
「俺は誰も殺さないし、殺させない。今までも、そして、これからも……。けどな、俺は人の命を弄《もてあそ》ぶやつは嫌いなんだよ」
ナオトはお姫様の首を掴《つか》んでいる右手の締まりを強くした。
「こ……こんなことをして……ただで済むと……思っているのですか? 一国の姫君を殺したら……あなたは……いいえ、この場にいる全員が……命を狙われることに……なるんですよ?」
「どうやら、あんたは自分が置かれている状況を理解できてないみたいだな……。いいか? あんたの周りにいるのは、下手をすれば世界を破壊し尽くしてしまうほどの力を持ったやつらだ。だから、ここでは俺たちのルールに従ってもらう。けど、俺たちはあんたを無事に国まで送り届けるってことは約束してるから、あんたを故郷まで送り届けるまでは、殺さねえよ」
「で……では、私《わたくし》が無事に国に到着したら、どう……するのですか?」
「あんたはこれから俺たちと一緒に生活してもらうが、その間、あんたの行動は俺たちが監視・評価させてもらうから、あんたの行動次第では……あんたとあんたの国は全部、跡形もなく消え失せるだろうな。まあ、そういうわけだから、くれぐれも妙なことはするなよ?」
その時、彼の黄緑色の瞳がピカッと一瞬光ったのは彼女を脅す……もとい彼女の深層心理に訴えかけるためである。
「わ、わかり……ました。好きに……しなさい」
「そうか……。まあ、せいぜいヘマをしないように気をつけろよ」
彼は彼女からパッと手を離した。
彼女は咳き込みながら彼を睨んでいたが、ナオトはそんなことなど気にせず、ツキネ(変身型スライム)にこう言った。
「おい、ツキネ。一応、このお姫様の首にお前の固有魔法を使ってくれ」
「え? あー、はい。別にいいですけど、兄さんは大丈夫ですか?」
「ん? 何がだ?」
「いや、だって、ゴブリン王との戦闘での疲れが」
「俺はこの形態になってから、全《まった》く疲れを感じないんだよ。どこぞやの人造人間みたいに」
「そう……ですか。なら、とりあえずお姫様の首に痣《あざ》が残らないように、例の液体をかけておきますね」
「ああ、頼む」
ツキネは『|修復と《リペア》|強化可能な聖水《ブーストウォーター》』をお姫様の首にぶっかけた。
すると、彼女の首から締め付けた跡が完全に無くなった。
「はい、これで終わりですよ。お姫様」
「え、ええ、ありがとう……」
ツキネはなぜお姫様が自分に怯えているのかわからなかったが、それについて深く考えるのはやめて、みんなのところに行った。
ナオトはミノリ(吸血鬼)のところに行くと、ミノリに謝った。
「ごめんな、ミノリ。芝居にしてはちょっとやりすぎだったよな」
「もう……あんたのことだから、何か考えがあると思ってたけど、堂々とあたしを縛り付けるなんてね」
「すまなかった。もう二度とこんなことはしないと誓うよ」
「ふーん、それじゃあ、あたしの言うことをひとつ聞いてもらおうかしら」
「え? あー、まあ、そうなるよな……」
「なによ、なんか文句でもあるの?」
「いや、文句はない……ないんだけど……」
「だけど?」
「俺は今、この鎧を外せないわけだから……その」
「別にそんなの関係ないわよ。あたしは、あんたがどんな姿になろうと構わないわ。あんたがあたしのために何かしてくれるだけで嬉しいんだから」
「そう……なのか?」
「ええ、そうよ。というか、そろそろこのシッポをなんとかしてよ。これじゃあ、動こうにも動けないわ」
「え? あー、そうだな。すまない」
彼はミノリ(吸血鬼)に巻きつけていたシッポを緩めた。
ミノリ(吸血鬼)は掃除機のコードを跨《また》ぐようにシッポを跨《また》いで、ナオトの目の前に移動した。
「ナオト、今からあんたの心を癒してあげるから、こっちに来なさい」
ミノリは彼の手を取ると、彼と共に寝室に移動した。
その様子を見ていたのはハイブリッド型の竜人《リザードマン》『ドライ・チェイサー』だった。
彼は暇だったため、自分の近くに座っていたマナミ(茶髪ショートの獣人《ネコ》)に話しかけた。
「おい、ちょっといいか?」
「え? わ、私ですか?」
「ああ、そうだ。お前にひとつ訊《き》きたいことがある」
「は、はい。別にいいですけど、なんですか?」
「ああ、まあ、たいしたことではないのだが、お前は彼のことをどう思っているんだ?」
「ナオトさんは自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする、とっても優しくて強い人です!」
「そ、そうか……。なら、質問を変えよう。お前は彼という存在をどのように認識しているんだ?」
「そ、そう……ですね。家族の一員……ですかね」
「家族の一員?」
「は、はい、そうです。ナオトさんは私たちのことを普通の女の子として接してくれますし、なにより、名無しだった私たちに名前をつけてくれましたから、私たちの家族の一員です」
「なるほど……。では、あの吸血鬼のことをお前はどう思っているんだ?」
「そ、そう……ですね。ミノリちゃんは私たちのリーダー的な存在でとても頼りになります。けど、ライバルでもあります」
「ライバル?」
「は、はい。ライバルです。ナオトさんを独り占めしているように見えますけど、ナオトさんのことをちゃんと理解しているのはミノリちゃんですから早く追いつきたいんです」
「なるほど……そういうことか」
「な、何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
彼はマナミ(茶髪ショートの獣人《ネコ》)にそう言うと、お姫様のところへ行って、彼女の耳元で何かを囁いた。
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