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お母様は、私が思っていた以上の財産を残してくれていた。

どうやらお母様は、私が生まれた時から少しずつ銀行にお金を預けていたらしい。独自の伝手を使って、彼女はお父様に見つからないようにお金を溜めていたようだ。

もしかしたらお母様は、こうなることがわかっていたのだろうか。そんな気がしてしまうくらい、お母様の隠れた努力はすごかった。


「彼女から、エルシエット伯爵についてはよく聞いていた。故に、こちらから連絡を入れることもできず……申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらないでください。私にとっては、むしろそれがありがたかったですから」


そんな母の知り合いであったラナキンスさんは、私に対してとても申し訳なさそうに頭を下げてきた。

しかし、彼の判断は正しかったといえるだろう。もしも、私に連絡を入れていたら、お父様はお母様が残してくれた財産を奪い取っていたはずだ。


「でも驚きました。お母様が、商人の方と親しくされていたなんて、私はまったく知りませんでしたから……」

「あなたの母君……アルシャナ様とは、妻を通じて知り合いました。慈悲深いあの方は、ボランティアの最中に私の妻と出会ったそうです」

「そうでしたか。ボランティアの話は、聞いたことはあったのですが……」


私のお母様は、慈善活動に力を入れていたと聞いたことがある。

お父様は、下らないことに労力とお金を使ったどうしようもない愚か者だと評していたが、お母様のその活動は素晴らしいものであると私は認識していた。

その活動の最中、お母様は独自の伝手を得たようである。その伝手が今回、私を大いに助けてくれたのだ。


「アルシャナ様はご両親が亡くなった時に得た遺産を、私に預けました。彼女から命じられたのは、その財産を少しずつ貯金して欲しいということと、同じく少しずつ寄付して欲しいということでした。手数料として、私にも毎月少しずつのお金を払うという条件付きの要求でした」

「お父様に悟られないように、ということですか?」

「ええ、エルシエット伯爵はこちらの動きにも気にかけていましたからね。故に私は、少しずつ彼女から預かったものを動かしていました。些細な動きですから、伯爵も見逃していたのでしょうな。今日に至るまでばれることはありませんでした」


ラナキンスさんが語る事実により、私はお父様の悪辣さを改めて認識した。

あの男は何から何までお母様から奪おうとしていたのだ。その所業は、到底許せるものではない。

やはり、あの人の元から出て行って良かった。私は今までよりも強くそう思うのだった。


「アルシエラ様は、これからどうされるつもりですか?」

「とりあえず、拠点を決めて仕事を探すつもりです。お母様が残してくれた遺産はありますが、やはり生活を続けていくにはお金が必要ですから」


ラナキンスさんは、私のことを心配してくれていた。

亡きお母様とは、本当に懇意にしていたのだろう。その表情から、それがよく伝わってくる。


「……もしあなたさえよろしければ、私の元で働きませんか?」

「え?」

「あなたを雇わせて欲しいのです。私の元で商人としての道を歩みませんか?」


そこでラナキンスさんは、そのような提案をしてきた。

仕事について色々と悩んでいた私にとって、それは願ってもいない提案であった。すぐにでも頷いて受け入れたいくらいである。

しかし私は、それを飲み込んだ。先に確認しておかなければならないことがあったからである。


「非常にありがたい提案であると思いますが……いいんですか? 私には商売の経験なんてありません。いえそれ所か、貴族として生活してきたので、仕事の経験なんて何もないんです。そんな私を雇って、大丈夫なのでしょうか?」

「問題はありません。仕事は覚えていってくださればいいだけですから。アルシエラ様、ここで重要なのは人柄なのですよ」

「人柄?」

「あなたは、アルシャナ様の気質を引き継いでいる。そんなあなたなら商人として成功すると私は思っています。あなたには人を惹きつける何かがありますから」

「そ、そうでしょうか……」


ラナキンスさんの論に、私は疑問を覚えていた。

彼は、私に何かしらのカリスマがあると思っているようだが、正直そんな自信はまったくない。

今まで私は、誰を惹きつけたことなんてなかった。ラナキンスさん程の人がそういうならそうなのかもしれないが、私は少々懐疑的である。


「そもそも、能力という面においても、あなたは非常に優秀でしょう。貴族としての教育を受けてきた訳ですからね」

「え? あ、そうなのですか?」

「まあ、貴族の方からすればわからないことかもしれませんが、そういうものなのです」

「なるほど……」


ラナキンスさんが続いて説明してくれたことは、私にとっても非常に納得できるものだった。

よく考えてみれば、平民は満足に教育を受けられない人も多いという。私が当たり前のように身に着けている能力も、他者から見ればきっと特別なものなのだ。

それなら、そういった能力を活かしていけばいいだろう。役に立てることがあるというなら、もう迷う必要はない。


「えっと、それならよろしくお願いします」

「ええ、これからは仕事仲間として頑張っていきましょう」


私に対して、ラナキンスさんは笑顔を浮かべてくれた。

こうして私は、商人としての道を歩むことになったのである。




◇◇◇




「……なるほど、それが商人としての始まりだった訳ですね?」

「ええ、そうなんです」


オルマナの言葉に、私はゆっくりと頷いた。

私が商人になるまでのことを語ったのだが、少し疲れた。思えば、そこに至るまでは本当に色々とあったものである。


「いや、もうこの時点ですごい人生ではありませんか。激動の人生と言っても過言ではない」

「確かに、少々特殊であるということは自覚しています。そもそも、貴族崩れの商人なんてそう多くないでしょうからね」

「それはそうですね。しかし、話に聞いただけだとエルシエット伯爵家はかなり悪辣であるようですが……」


赤裸々に話してしまったため、オルマナは随分とエルシエット伯爵家に悪い感情を持ってしまったようだ。

それ自体は別に構わないのだが、記事になる場合全て素直に書かれるとまずい。それは注意しておいた方がいいだろう。


「まあその辺りは私怨もありますから、オブラートに包んで記事にしてもらえると助かります。というか、そちらの安全のためにもあまりひどいことは書かない方がいいと思いますよ。別に私が悪いことをしたとかにしてもらっても構いません」

「え? いえ、それは悪いですよ。アルシエラさんのことを悪く書くなんて……」

「上手くやればいいじゃありませんか? ほら、不良が更生してみたいな筋書きは作りやすそうでしょう?」

「そ、そうでしょうか……?」


少々怪しい会社ではあるようだが、それでもそこに所属する記者たちを路頭に迷わせたくはない。エルシエット伯爵家のことを悪く書かなければ、流石のお父様も何もしないだろう。

そう思った私は、自分が悪者になることによって最悪の事態を回避することにした。私に対して悪い噂が立つかもしれないが、それは気にしない。今までだって色々と言われてきたし、それが一つ二つ増えた所でどうということはないだろう。


「それで、どこまで話しましたかね? ああ、私がラナキンスさんに拾われた所だったでしょうか?」

「あ、ええ、その通りです。アルシエラさんが、これから商人としての大きな一歩を踏み出すって所まで話していただきました」

「そんなに大袈裟な話ではないのですけれどね」

「いえ、そんなことはありませんよ。アルシエラさんは、現に成功していらっしゃる訳ですし……」

「……残念ながら、私はそんなに偉大な商人という訳ではありませんよ。私は単に、人に恵まれたというだけですから」


オルマナの言葉に、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

彼女は、恐らく勘違いをしているのだ。私がこの腕一本で、商人として成り上ってきたと。

だが実際の所、そういう訳ではない。はっきりと言って、私には商才なんてなかったのである。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

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