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「いや、本当に助かりましたよ。即戦力が来てくれて、とても嬉しいです」

「即戦力、ですか……そういう訳でもないと思うんですが」


ラナキンスさんの元で働くことになった私は、事務の仕事をすることになった。

読み書きや計算が必要なその仕事は、貴族としてそれらの教育をしっかりと受けていた私が一番役に立てる分野だったのだ。


「いやいや、アルシエラさんのような人は貴重なんですよ。だって、貴族の教育といったら上等なんてものではないでしょう?」

「まあ、平民の方々と比べたらレベルが高い教育を受けさせてもらっているとは思いますが……でも、私には経験がありませんから」

「それは誰だって同じですからね。基礎の力があるっていうのがありがたいんです」


先輩であるロッテアさんは、やけに私のことをありがたがっていた。

期待されているようだが、それがやけに重たくのしかかってくる。

いやもちろん、仕事である以上全力で励むつもりだ。しかしながら、即戦力なんて言われてしまうと思わず尻込みしてしまう。


「ラナキンス商会は、それなりに名の知れた商会なんですけどね。でも、そんなに人材が多いという訳でもないんですよ。力仕事なら、結構集まるんですけど、こっちの仕事ができる人が中々いなくて……」

「そういうものなのですか?」

「ええ、きちんとした教育を受けられている人というのは、少ないですからね……ああ、別にアルシエラさんのことを批判している訳ではありませんよ」

「……いえ、それは私達の不徳の至る所ですから」


ロッテアさんの言葉に、私は苦笑いを浮かべてしまった。

平民が満足に教育を受けられない。その現状の責任は、私達貴族にあるといえる。

もちろん、私はそういう立場になる前に貴族から追い出された訳だが、なんだかとても申し訳ない気持ちになっていた。


「私にももっと色々なことができたような気がするんですけど……」

「そんな、アルシエラさんはまだまだ若いですし、そういうことに関われる立場ではないでしょう?」

「そうなんですけど、私は平民の方々のことを全然知らなかったんだなって、実感してしまって……」

「そ、それは仕方ないことですよ。な、なんだかすみません。変なことを言ってしまって……」

「いえ、お気になさらず。私が勝手に気にしてしまっただけですから……」


私は、意識を切り替える。勝手に気にして落ち込んでいる場合ではない。そもそも私は、もう貴族ではないのだし、そんなことを考えたって仕方ないことだ。

これから私は、商人として生きていくのである。意識を切り替えて、その仕事にしっかりと励まなければならないのだ。




◇◇◇




伯爵家で受けた教育は、商人の分野においてそれなりに役に立つ能力であった。

読み書きができることや、計算能力などの力は大いに活かすことができたのだ。

もちろん失敗などもあったが、それでも私はラナキンス商会の人々から受け入れてもらえていた。商会に属する人達は、皆いい人ばかりだったのだ。


「皆さん、今日もお疲れ様です」

「ああ、アルシエラ様、お疲れ様です」

「あの、様はやめてください。何度も言っているじゃありませんか。私はもう貴族ではないと……」


そんな温かい人達は、私に対してずっと堅苦しい態度を続けていた。

貴族の家を追い出された娘である私を、商会の多くの人々は未だに上の身分だと思っている。私がいくら気を遣う必要がないと言っても、この態度なのだ。


「そんなことありませんよ。アルシエラ様はなんというか、高貴さがあるっていうか……」

「そうそう。俺達にはない何かがあるんです。気軽に付き合うなんて無理ですよ」

「そんなことありませんよ。私はただ貴族を追い出されたしがない娘です」


私がここに来たばかりの時は、皆むしろもう少し砕けた態度だったような気がする。

それから私を受け入れてくれたと思えるようになって、なんだか態度が固まった。お嬢様に対する態度に、なってしまったのだ。

その変化がよくわからなくて、私は困惑しっぱなしである。もう平民として扱ってもらって構わないというのに、どうして皆頑ななのだろうか。


「まあ、貴族でなくなったというのは事実なのかもしれませんが、それでもアルシエラさんはしがない娘ではありませんからね」

「あ、ロッテアさん」


そんな商会の中で、私が最も仲良くさせてもらっているのは、先輩であるロッテアさんである。

彼女は、私の教育係でもあった人だ。その態度は最初と変わっていない。彼女は商会の中でも、まだ気軽な方なのだ。


「アルシエラさんは凛としていて、美しいですし、仕事もしっかりとこなしています。商会の男子諸君からしたら、憧れの的なんですよ」

「ロ、ロッテアさん、何を言っているんですか?」

「そうですよ。俺達は別に……」


ロッテアさんの言葉に、周囲の男性達は顔を赤らめていった。

それを見た私は、微妙な顔をすることしかできなかった。こういう時にどういう反応をすればいいか、よくわからない。


「まあ、アルシエラさんも色々なしがらみから解放された訳ですから、いい人なんか見つけてみたらいいんじゃありませんか?」

「え? いや、そんな……」


ロッテアさんの軽口に、私は少し考えることになった。

確かに、今の私には縛られるものはない。だが恋愛と言われてもいまいちピンとこない。

そういう相手が、果たして見つかるのだろうか。この時の私は、そんなことを思っていた。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

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