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園香は目を見開いた。
「それっていつの話?」
「二年前の二月」
彼女が瑞記と仕事を始める少し前だ。
園香の記憶がある頃の話。
「へんね。大事になった割には私は知らなかったんだけど」
園香は社内のプライベート色が強い噂に関してはあまり詳しくない。
興味がないと言うよりも、経営者の娘が必要以上に個人的な問題に踏み込んだら相手が不快になるかもしれないと、気を遣っているからだ。
それでも大事になったのなら、同期の友人あたりから話が伝わって来るだろう。
「家族を巻き込む不倫だったら弁護士だって入っていたんじゃないの?」
「最終的には代理人同士のやり取りになった。男の方の家庭は子供が生まれたばかりだった。そこに不倫騒動で妻が不安定になってしまい会社のコンプライアンス窓口に実名で連絡までしてきた」
「それは……大変だわ。でもコンプライアンス担当への相談内容は極秘だから、周りには知られないと思うけど」
「そうだ。だがソラオカ側の対応を待ちきれなかった妻が乗り込んで来たんだ。妻は夫のメッセージアプリを見て、相手が取り引き先の名木希咲であると知っていたからソラオカ内部で問題にして欲しがった」
「それでうちから名希沢希咲の会社に連絡を?」
「ああ。彼女が所属していた美倉空間デザインにとってソラオカ家具店は大口取引先だ。すぐに名木沢希咲を処分した」
「そうなんだ。でもいきなり解雇だなんて厳しいのね」
園香の言葉に彬は「いや……」と僅かに首を横に振る。
「名木沢希咲への処分はソラオカ家具店への出入りと、業務での関わりを禁止するものだった」
「そうなの? だったらなぜ解雇に?」
「処分を不服とした名木沢希咲が、妻に嫌がらせをしたんだ。代理人が入ったのはそれがきっかけだ」
「嫌がらせってどうして? 元はと言えば自分が悪いのに」
担当替えくらい受け入れるべきというのが園香の感覚だから、かなり驚いた。
「理由は分からないが、嫌がらせに参った妻は実家に帰り、代理人を通して慰謝料請求をした。美倉空間は名木沢希咲を解雇した」
「それは解雇にもなるよね」
園香は納得して頷いた。経営者としてはそんなトラブルメーカーの社員を雇っておくのは怖いだろう。
「当事者たちの間では大事だったってことね。社内の噂にならなかったのはコンプライアンス部や他に関わった担当者がうまく隠していたから? でもそうするとなぜ彬が知っているの?」
考えてみたら彬人はその時期海外赴任中ではないか。
彬人は少しだけ言い辛そうに躊躇いを見せた。
「不倫当事者の男の方から直接聞いたんだ。これは他言無用で頼む」
「なるほど、分かったわ」
その男性は彬人と親しい社員なのだろう。そうなると名前を教えて貰わなくても大分候補は絞られる。
彬人は園香にばれるのは時間の問題と察して、この件は誰にも言うなと釘を刺して来た。
(彬が彼女を呼び捨てにして嫌っている様子なのは、仲のいい同僚が酷い目に遭ったからなのね)
不倫については名木沢希咲ひとりの責任ではないが、嫌がらせは別だ。
(あの磨き抜かれた美貌を持つ彼女が嫌がらせ……まだ信じられない)
彬は不本意そうに溜息を吐く。
「本当はこの話をするつもりはなかった」
「うん」
彬人の同僚の不名誉だ。自業自得とはいえ、いたずらに拡散したくはないだろう。
「だがあの女は冨貴川だけじゃなく、園香にまで近づいて来ている」
「関わるって程じゃないけど……」
彼らが言うには心配させない為の挨拶だ。
けれど今、彬の話を聞いた後だと不安になって来る。
「富貴川との夫婦仲が上手くいってなくても、あの女に何か言ったり関わるのはやめた方がいい。嫌な予感がするんだ」
「私もそうしたいけど」
瑞記と夫婦でいる限りそれは難しい。
「どんな手を使ってでも距離を置いて関わるな。あの女は嫌がらせをしたことで慰謝料請求され解雇もされたが、結局ダメージを負わなかったんだ。脅迫罪で訴えられるところまで行ったのに、最終的に夫が出て来て示談になった」
「夫って……KAGURAのCEO、名木沢清隆?」
彬は険しい顔で頷く。
「妻の代わりに前に出て来て大金を積んで示談にした」
「名木沢希咲は夫の影に隠れて無事ってこと? それじゃあ奥さんも気持ちが収まらないでしょうね」
園香は以前調べた名木沢清隆の顔を思い浮かべた。
(不倫したうえに嫌がらせをするような妻を庇うって、どういう気持ちなんだろう)
それ程彼女に惚れているのだろうか。
(どちらにしても名木沢希咲には気をつけよう)
今のところ瑞記と不倫関係ということはないようだが、前例があるだけに安心出来ない。
「彬、教えてくれてありがとう。嫌な思いをさせてごめんね」
彼の性格では友人の秘密をばらすのは苦渋の選択だったはずだ。それでも園香を心配して知らせてくれた。感謝しかない。
「本当に気をつけてくれよ」
「わかった」
(でも、私は瑞記が不倫したらどうするんだろう)
瑞記を取り戻したいと思うのだろうか。
(……思わないかもしれない)
多分、瑞貴に離婚を言われても傷つかない。
瑞貴も同じような気持ちでいると思う。
不倫よりも先に、夫婦関係が終わりそうだ。そんな風に思った。