月日が経過し、兄たちは修学旅行を迎えた。
前日の夜、それぞれの部屋に静かであたたかな時間が訪れていた。
明日からしばらく離れる――ただそれだけのことなのに、どの部屋にも少しの寂しさと、確かな愛しさが満ちていた。
🌙 らんとこさめの部屋
「ねぇ、らん兄!いっぱいちゅーしてほしい」
布団の中で、こさめが上目づかいで言うと、らんは苦笑しながらもその頬に手を添える。
「しょうがねぇな……」
そう言って、そっと唇を重ねた。ひとつ、ふたつ――触れるたびに、こさめの指がらんの服をきゅっと掴む。
「……もっと」
その小さな声に応えるように、らんは唇を深く重ね、舌を絡めた。こさめの肩が震え、甘い吐息が漏れる。
「帰ってきたらまたしてやる。だから、いい子にして待ってろよ」
「うん……絶対だよ、約束!」
らんの胸に顔をうずめるこさめを、らんは優しく抱き寄せた。
🌙 すちとみことの部屋
「……すち兄」
「ん、どうした?」
「…おまじないしてほしい」
みことの小さな声に、すちはふっと微笑む。
「もちろん」
ベッドに腰かけたまま、みことの髪をそっと撫でると、額、頬、そして首筋へと優しく口付けを落とした。
そのたびにみことのまぶたが震え、指先がシーツを掴む。
「これで、俺がいなくても大丈夫。おまじないの力、ちゃんと効くから」
「……うん。でも、すち兄がいないと寂しい」
「俺も。……お土産買ってくるからね」
「うん…」
みことは照れながらも笑い、すちの胸に顔を寄せた。二人の呼吸がゆっくりと重なり、穏やかな時間が流れていった。
🌙 ひまなつといるまの部屋
「……」
いるまは何も言わず、ただ隣に座るひまなつの手を握っていた。
ひまなつはその沈黙の意味を理解して、言葉の代わりにそっと唇を重ねた。
触れた瞬間、いるまの体がわずかに震える。
唇を離すと、ひまなつはそのまま耳元へ顔を寄せ、甘く噛んだ。
「んっ……なつ……」
抑えきれない声が漏れ、いるまの頬が真っ赤になる。
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるから」
ひまなつは微笑み、いるまの髪を撫でた。
「……待っててやる」
その言葉を聞いたひまなつはもう一度、静かに唇を重ねた。
3組の部屋から、それぞれ違うぬくもりと愛情の形がこぼれていた。
夜が更けても、誰もすぐには眠らなかった。
朝、兄たちが修学旅行へと旅立ったあと、家の中はいつもより少しだけ静かだった。
「行っちゃったね~」
玄関の扉が閉まった瞬間、こさめが呟き、ぽすんとソファに倒れ込む。
「寂しいね~。でも、楽しんでくれたらいいなー!」
こさめが明るく言うと、みことは穏やかに微笑んで頷いた。
「……きっと、楽しいと思うよ」
「おみやげ、いっぱい買ってきてくれるかな」
「らん兄なら、絶対こさめちゃんの分たくさん選んでくると思う…」
そのやりとりに、こさめは「それは楽しみだ~!」と笑い、すぐに気持ちを切り替えていた。
いるまはというと、黙々と食器を並べながらも、ふと天井を見上げていた。
「……静かだな」
ぽつりと漏れた声に、母親がやさしく微笑む。
「たまにはこういう時間もいいじゃない。家が落ち着いてるのも悪くないでしょ?」
「まあ……そうかも」
その小さな会話のあと、いるまは味噌汁をすすり、みことと目が合うとわずかに頷き合った。
朝食のテーブルには、湯気の立つご飯と味噌汁、焼き魚の香ばしい匂い。
こさめはいつものように明るく話をして、両親が笑い、みことといるまも穏やかな表情で聞いていた。
兄たちがいない寂しさは確かにあった。
けれど、それ以上に――「帰ってくるまで、ちゃんと日々を過ごそう」というあたたかい想いが、家の中に静かに広がっていた。
──沖縄の柔らかな陽射しが降り注ぐ昼下がり。
潮風に乗って、どこか甘い花の香りが漂う。白い砂浜から少し離れた木陰で、すちは呼び出された女の子の前に立っていた。
「どうしたの?」
いつも通りの穏やかな声。けれど、女の子は緊張した面持ちでうつむいていた。
「……あのね、すちくん」
そう切り出す声は震えていて、両手でスカートの裾をぎゅっと握っている。顔は真っ赤に染まり、唇を噛みしめるようにしながら、勇気を振り絞って顔を上げた。
「すちくんが……ずっと好きでした。お試しでもいいから、1ヶ月だけ……付き合ってほしいの」
その言葉に、海の音が遠のいた気がした。
すちは一瞬、何も言えずにただ相手を見つめる。
目の前の女の子の手は小刻みに震えていて、涙を堪えるように唇が震えていた。
──このまま黙っていたら、彼女は泣いてしまう。
「……俺、恋愛とか、そういうの……今は考えてないんだ」
正直にそう告げる。
好きな子はいる。けれどそれは、こんな場所で言えるようなものじゃない。
胸の奥にある名前──みこと──が浮かんで、すちはそっと視線を落とした。
しかし、女の子は小さく首を振った。
「それでもいいの。たとえ本気じゃなくても……すちくんと一緒にいたいの」
すちは、ため息をつくように笑った。
彼女の顔を見ていると、断り切れなくなってしまう。
今にも泣き出しそうな瞳が、自分の心に小さな痛みを残した。
「……わかった。ただ、俺……“好きな人がいる”とかじゃなくて、本当に“今は誰とも恋愛したくない”んだ。それでもいい?」
女の子はこくりと頷いた。
その瞬間、すちは苦笑いを浮かべながら差し出された手を握った。
柔らかくて、少し冷たい手だった。
「じゃあ……“期間限定の恋人”ってことで」
海風がふたりの間を抜け、彼女の髪がすちの肩にかかった。
遠くでクラスメイトたちの笑い声が聞こえる。
それでも、すちの胸の奥はどこか沈んでいた。
──“俺、何やってんだろうな。”
笑顔を見せながらも、心のどこかでひとりの弟の姿を思い浮かべていた。
いつも穏やかに笑う、あの声。
帰ったら、また笑ってくれるだろうか──そんなことを考えてしまう自分に、すちはそっと目を伏せた。
青い空の下、浜辺ではクラスメイトたちがはしゃぎ、笑い声が響いていた。
近くではらんとひまなつはアイスを片手に、海風に吹かれながら砂浜を歩いていた。
「なぁ、すち見なかった?」
「ん~、さっき先生が“ちょっと呼ばれて行った”って言ってたけど?」
「マジか、アイツどこでも顔が広ぇな~」
軽口を叩きながら、ふたりは少し奥まった木陰へと歩いていく。
──そして、見つけた。
海辺で、すちがひとりの女の子と向かい合っている。
どこか真剣な雰囲気で話していたが、次の瞬間――彼女が涙ぐみながら笑い、すちがその手を優しく握るのが見えた。
「……え、ちょ、今の見た?」
「見た。なにあれ……え、すち?」
「まさか……彼女できたとか?」
「いやいや、あいつそんなタイプじゃねーし……」
顔を見合わせたふたりは、興味と驚き半分でそっと近づく。
そしてタイミングを見計らい、らんがにやりと笑って声をかけた。
「おーい、すちー! なにしてんだよ~。
まさか、彼女かよ~?」
茶化すようなその一言。
不断なら笑って否定するはずのすちは、ちらりとふたりを見て――
「そうだね」
と、あっさり返した。
「…………」
「…………は?」
一瞬、時間が止まった。
アイスを持ったまま固まるらん。
ストローを咥えたまま、目を瞬かせるひまなつ。
「……う、うそ……でしょ……?」
「え、マジで?ガチ?」
「ガチって言われても……うん、まあ、そういう感じ」
淡々と答えるすちは、いつものように微笑んでいた。
だけど、その笑顔の奥にほんのわずかな曇りを感じたのは――
らんとひまなつだけだった。
「……おいなつ、俺なんか見ちゃいけねぇもん見た気がする」
「うん……見なかったことにしよ」
ふたりはそっと顔を見合わせ、背を向けて戻っていく。
背後では、すちが優しく女の子の肩を抱いていた。
けれど、
その目はどこか遠く、海の向こう――
弟たちの待つ家を見ているようだった。
夜の自室。
暗い天井を見上げながら、みことはいつものようにスマホを握っていた。
沖縄に行っているすちから、電話がかかってこないかと、どこか心待ちにしている自分がいる。
そのとき、画面がぱっと光って「すち」の名前が表示される。
胸の奥が少し高鳴るのを感じながら、そっと通話ボタンを押した。
「……もしもし」
「ん、みこと。今大丈夫?」
変わらない優しい声。
その響きに、みことの頬が少し緩む。
「うん、大丈夫。すち兄、今日はどんな感じ?」
「海きれいだよ。みことにも見せたいくらい。……元気?」
「元気。ちゃんと寝てるし」
そこまでは、いつもと同じ時間だった。
けれど、背後から複数の笑い声が混じり始める。
「おーい、すちー!誰と電話してんのー!」
「弟とだよ、ちょっと静かにしてくれない?」
「弟ー? お前さ、彼女できたんだから、そっち行けよー!」
どっと笑いが起き、通話の向こうの空気が変わる。
みことの胸の奥が、ひゅっと冷たくなる音がした。
「……彼女、できたの?」
声を震わせないよう、必死に抑えて、平静を装う。
スマホを持つ手のひらが、じんわりと汗ばむ。
「……あー……うん」
ほんの一拍の間。その短い返答。
その一言だけで、胸の奥に小さなヒビが走るのがわかる。
「……そっか」
声が自然に出るまで、ほんの少し時間がかかった。
「おめでとう…」
無理やり笑い声を混ぜるように、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、兄離れしないとだね……ふふ」
冗談のように笑ってみせるけれど、喉がひりつく。
「みこと……」
「明日早いからもう寝なきゃ…おやすみ」
すちが何か言いかけたけれど、みことは遮るように告げて通話を切った。
暗い部屋に、通話終了の音が響く。
スマホを伏せた瞬間、押し殺していたものが堰を切ったように溢れ出した。
布団に顔を埋め、声を殺して泣く。
目の奥が痛いくらい涙が止まらない。
胸の奥に渦巻くものが、ずっと小さな声で訴え続けている。
――置いて行かないで。
けれど、そんな言葉を飲み込んだのは自分自身だった。
薄暗い部屋の中で、みことの肩は小さく震え続ける。
その夜、涙はいつまで経っても止まらず、声にならない嗚咽が続いていた。
コメント
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おいぃぃぃぃ!!!すちくんの彼女さん?『1ヶ月』だからねッ!『1ヶ月』だから!すっちーの隣にいていいのはなぁ金髪で天然で上目遣いが超可愛い天使だけだからなぁ!でもすっちーを好きになったのは正解だな…絶対イケメン彼氏になる男だもん…見る目はあるな