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2xxx、様々な人種が共存する犯罪都市である『ノクタリア』。これは、その街に住む、とあるマフィアと名探偵の話ーー
夜の帳が降りた街の一角。とあるホテルの豪奢な一室で、カラフルな衣装が輝き、シャンデリアの光がグラスに映えて揺れている。
そこではノクタリア1有名な資産家であるカイラス・ヴェルモンドKairas Velmont主催のパーティーが開かれている。
富と権力が交錯するこの場に、一人だけ場違いなほど小さな少女がいた。
齢12歳(仮)——モカ。しかし、彼女の本当の姿を知る者は、この場にはいない。表向きはあどけない少女。しかし、その正体は——容姿年齢をも自在に変える、いわゆる魔法使いにして、幾千年を生きる……莠コ蟾・遏・閭ス。そして、裏社会を統べるマフィアのボスだった。
モカは、ワイングラスの中でゆらめく葡萄ジュースを楽しそうに眺めながら、独り言を洩らしていた。
「いや〜、資産家主催のパーティーって言うから金目当てで来たのに、普通のパーティーと全然変わらないじゃん! ……ご飯は美味しいけど?」
不満げに頬を膨らませながら、モカはつまらなそうにカイラスの周りを取り巻く女性たちを見つめる。
彼女は確かに「金目当て」と言った。
——だが、それだけではない。カイラスにとって、モカは「恩人」だった。
数年前ーー
かつてのカイラスは 貧しかった。働いても十分な給料はもらえず、兄弟を養うことさえ困難だった。それでも彼は諦めず、必死に働き続けた。
——だが、人には「限界」というものがある。
空腹と疲労に押し潰されそうになりながら、カイラスはそれでも希望を捨てなかった。そんな彼を見つけたのが、モカだった。
「君、大丈夫?そんなとこ辞めてさ、私が新しい仕事をあげるから。」
今と違い美しい見た目をした彼女はそう言ってカイラスに職を与えた。
それだけではない。
モカは頻繁に彼のもとを訪れ、兄弟の世話を手伝い、生活の手助けをした。彼女自身が直接関わることは少なかったが、カイラスは次第に彼女に惹かれていった。
「……モカ。」
今、彼女はあの頃とは似てもつかない無邪気な笑顔を浮かべ、グラスを揺らしている。だが、カイラスは知っている。この少女は決して、ただの子供ではない。彼がどれほどの財を築いても、どれほどの権力を手に入れても——モカという存在は 手の届かない異質な存在だった。そして、それでも 惹かれずにはいられなかった。
【モカ視点】
カイラスにまとわりつく女たちを眺めるのにも 飽きてきた。
仕方なく、視界に入る人々の顔と名前を一致させて遊ぶことにする。
「何それ?」だって?
そんなん聞かれたって、そのまんまの意味だよ。いきなり超有名な資産家がパーティーを開くなんて、怪しすぎるでしょ?何かしらの危険があるかもしれないと思って、事前に参加者のリストを作成して読んでおいたんだよね〜。
だから、ここにいる人は全員把握済み。
「ふーん……」
カイラス、あんな女たちにまとわりつかれて 何が楽しーんだろ。
ニコニコ笑って、どこが嬉しいのかさっぱりわからない。
ま、いいや。えっと……あの女の名前は、リヴェナ・スカーレット。
そこそこ有名な印刷会社の社長令嬢ね。傲慢な性格だから周囲からは嫌われてるって聞いたことがある。
その隣でオペラグローブをしているのが、エリオナ・フェイン。彼のお父さんも確か資産家じゃなかったっけ。
んで青いドレスを着てるのがアストリア・ルミナス。
こっちは双子の姉 で、銀のブレスレットをつけてるのがドレスのが妹がユートリア・ルミナス。
美人姉妹として有名で、姉は女優、妹はファッションデザイナー会社の社長。しばらく話題になってたけど、最近はどうなんだろ。まあ、興味ないけどねぇ。
で、あそこでたむろしているのがダリウス・ナイトフォール率いるヤクザ軍団。地位的に本来はこんな場に参加できるわけないから、きっと 金で参加枠を買ったのね。
「折角のパーティーなのに、何ボーッとしてるんだい?」
——!!
突然、頭上から陽気な声が降ってきて、思わず ビクッと肩を震わせる。
見上げると、そこには女たちをまとわりつかせている男——カイラス。
「……びっくりさせないでよ。」
カイラスは にこやかに笑いながら、ワイングラスを傾ける。
「君にしては珍しく静かだから、どうしたのかと思ってね。」
「だって、面白いことないんだもん。暇よ。」
私は ため息混じりに答えた。
「ねーねー、こんなちびっ子ほっといて〜、私たちとあっちで飲もーよ〜?」
——はぁ。
こういう 女特有の媚びた口調、苦手なんだよね。
リヴェナが 猫なで声を出して、カイラスにしなだれかかる。
……そんな彼女に対しても、カイラスは 優雅な笑みを崩さず、軽く肩をすくめた。
「ごめんね。この子、俺が招待したんだよ。」
「そうよ、誘ったくせに楽しいことないじゃん!」
——何となく、ムカつく。
この女、ちょっと嫉妬させてみたくなる。
「ッ……」
リヴェナの表情が一瞬 引きつる。
嫉妬の色を滲ませた瞳で、こちらを睨みつけてくるのが滑稽で、思わず笑いそうになる。
お腹、空いてきたな。
「カイラス、お腹すいた。ケーキ食べたい。」
私は彼の袖を軽く引っ張りながら、甘えたように言ってみる。
「……わがままなお姫様だな。」
カイラスは 苦笑しながら、私の頭をポンと軽く撫でた。
「さ、こっちだよ。」
そう言って、彼は私をエスコートするように歩き出す。
……女たちも ついてこようとした、その瞬間——。
「ごめん。また後で話させてもらうから、他のところを見て回っててくれないかな?」
カイラスが 穏やかに告げる。
女たちは一瞬 戸惑ったように立ち止まり、 そして 不満げな表情でその場を後にした。
エリオナが軽くこちらを振り向き、キッと私を睨む。
私はふっと小さく笑う。
——やっぱり、この状況、面白いな。
ふふ、いい気味。楽しくなってきた!
カイラスが女たちを穏やかに退ける様子を見て、私は密かに満足感を覚えていた。
「さ、行こうか。」
カイラスが私の手を引き、ホテルの広いホールを抜けてデザートビュッフェの並ぶテーブルへと向かう。
甘い香りが漂い、鮮やかに彩られたケーキがガラスケースに並んでいた。
「うわぁ……どれも美味しそうね。」
私は小さなスプーンを手に取りながら、一番豪華なストロベリーケーキを指差した。
「これにする。」
「即決だね。」
クスッと笑いながら、カイラスはケーキを私の前にそっと置く。
私はフォークを持ち、さっそく一口。
「……ん〜! 美味しい!」
「気に入ったならよかったよ。」
カイラスは優しく微笑みながら、グラスの中のワインをくるりと揺らした。
私は彼のそんな姿をちらりと見つめる。
——なんで、こんなに楽しそうなんだろう。
さっきまでベタベタまとわりつかれていたのに、まるで何も気にしていないみたいに涼しい顔をしている。それどころか、さっきよりも楽しそう…?
「カイラス。」
「ん?」
「私と一緒にいるの、楽しいの?」
カイラスは軽く眉を上げ、
「なんで?」
と、尋ねる。
「だって、私別にさっきの女の人みたいにカイラスにべったりじゃないよ?なのに、楽しそう。」
私は彼の気持ちがわからなかった。それが少し面白かった。
カイラスは一瞬戸惑ったような表情を浮かべ、
「…楽しいよ。」
と笑う。どこが不自然な彼。無事に今日が終わるといいけど。とケーキの最後の一口を食べながら、そんなことを考えていた。
——カツ、カツ、カツ……。
硬い靴音がこちらへと近づいてくる。
顔を上げると、そこには カイラスの秘書が立っていた。
(もちろん、そんなこと一言も聞かされてないけどね。)
彼はカイラスの耳元で何かを囁くと、
「ご、ごめんねモカ!急用ができてしまって……!」
カイラスは 申し訳なさそうに私を見て、グラスを置いた。
「いくらでも食べてていいし、好きに見て回ってくれ!」
そう言い残して、彼は席を立ち、小走りで去っていった。
「それじゃあ、いっぱい食べとくね〜。」
——それが、カイラスと交わした最後の言葉だった。
12個目のケーキを頬張った、その瞬間——
「——きゃあああああああ!!!」
鋭い悲鳴が会場を切り裂く。この声は……アストリア?尋常じゃない怯えた悲鳴。
私は、今まで嫌というほど聞いてきた声だ。
嫌な予感がする。
フォークを落とし、小走りで悲鳴の聞こえた方向へ向かう。
その時、耳に入った言葉——
「カイラス・ヴェルモンドだ!!警察と救急車を呼べ!!!」
——カイラス?
何かが、凍りつく。
私は 走る速度を上げた。人だかりの奥へと 小柄な体格を生かして前へと進む。
そこにあったのは——
——真っ赤な鮮血に染まり、倒れているカイラスの姿だった。
「……嘘でしょ。」
さっきまで あんなに元気だったのに。
そして、
「此奴よ!! 此奴がやったの!!!」
耳障りな声が響いた。
——は?
リヴェナの 爪を立てるような声が、私を指し示す。
「は? 私が? そんなわけないじゃん。」
「此奴、さっきまでカイラス様と一緒にいたの!!!」
——いや、だから何?
「私がカイラスと一緒にいたからって、どうして私が犯人になるの!? というか、私、子供だけど!? (仮だけど)」
リヴェナが 鼻息荒く、隣の人物を指差す。
「この人、警察なの。」
黒服の男が一歩前に出る。
「先程確認した情報によると、彼の死因は毒殺 です。どのような毒かはまだ特定できていませんが……。」
毒?
私は カイラスのそばにしゃがみ込み、鮮血を指先で掬う。
「ちょ、何してんのよ!?!」
周囲の人間が 驚愕に満ちた目で私を見つめる。
……無視。
私はその指を 舐めた。
温かい
——ん、なるほど。
「これ、即効性のある毒ね。」
「な、何ですって?」
「飲んだらすぐに体に回って、即死するタイプの毒。あと、温かい」
「そ、それが何だっていうの!?」
エリオナが怯えたように呟く。
私は 立ち上がり、周囲を見渡す。
「私、カイラスが秘書に連れて行かれてからケーキを12個食べたの。」
「……?」
「即効性のある毒なら、私が犯人だったら、今ここで普通に立っているわけないわよね?それと、血は体温が失われると、約15〜30分で急激に冷たくなるんだよ。」
リヴェナの顔が 引きつる。
——焦ってる。
「それに、秘書が見てたはずよ。私がカイラスと別れてから、最低でも5分は経ってる。」
「……っ!」
ーーそして
「その秘書が、今行方不明なのです。」
横にいたスタッフが、静かに言った。
——は?
さすがにそれは出来すぎてないか???
私は 眉をひそめる。
でも、周りの視線が じわじわと私を犯人と決めつけ始めている。
(……ちょっと待ってよ。私、今可愛い幼女の姿なんだけど!?こんな子供が犯人なわけないって、誰か言ってくれないの!?)
……いや、ダメだ。
ここは ノクタリア。犯罪都市の中でも、とびきり 腐った街。
「子供だから疑わない」なんて、そんな甘い考えは通じない。
(死体のこんな近くにいるのに、誰も私を庇わない時点でお察しよね……。)
どうする……?
犯人じゃないって証明できたとしても、警察沙汰になったら、マフィアだってことがバレるかもしれない。
「……ッ。」
私は 小さく息をのむ。
ここから どう動くかで、すべてが決まる。
——逃げる? それとも、この場で証明する?
不安が募る。
このままでは 犯人として追い詰められる未来しか見えない。
その時。
「それ、おかしくないですか?」
透き通るような声が響いた。
全員が 一斉に声のした方へ振り向く。
そこにいたのは——
端正な顔立ちに、綺麗な青い瞳。いかにも探偵らしい服装をまといながらも、幼く見える容姿。だが、その声には確かなハリがあり、動作一つ一つが洗練されている。
「なっ……まさか、あの天才名探偵のルシア!?」
「ほ、本当にあのルシア様!?」
「どうしてここに……」
場内が 一気にざわめく。
(……へぇ、かなりの有名人なんだ。)
私は 唖然としたまま、その青年を見つめた。
——もしかして、私を助けてくれる?
私は ゆっくりと腕を組む。
「じゃあ、確かめてみようか。」
「……何を?」
「エリオナのグローブ。」
私がそう言うと、ルシアが頷いた。
「もしもグローブに粉末の毒 が仕込まれていたのなら、その繊維に微量の毒が残っているはずです。」
ルシアは冷静に続ける。
「警察に協力を仰げば、化学的な検査で判明するでしょう。」
——その瞬間。
エリオナの目がわずかに揺れた。
「なっ……そんなこと、して何になるのよ!!」
「いやいや、シンプルに潔白なら調べればいいだけじゃん?」
私は 軽く肩をすくめる。
「もし本当に無実なら、何の問題もないでしょ?」
「……っ!!」
焦ってる。
わかりやすいな。
「ち、違う……私は……っ」
エリオナが言葉を詰まらせる。
「では、あなたのグローブを確認させていただきます。」
ルシアが手を差し出した。
「本当に無関係なら、それを証明できます。」
——エリオナの指先が、わずかに震える。逃げ場がない。
完全に、詰んでいる。
身につけていたグローブを今ははめていない。それだけでここまで推理した。詳しい根拠や証拠がないからなんともいえないけど。
「……」
長い沈黙のあと——
エリオナは 唇を噛み締め、低く呟いた。
「…全部、私がやった……。」
場が凍りつく。
「……カイラス様を殺したのは、私。」
彼女は膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
エリオナが ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、絶望の色が滲んでいた。
「動機を伺っても?」
ルシアさんの問いに、彼女は全てを諦めたように嘲笑う。
「……あの人が許せなかった。」
「許せなかった?」
「カイラス様は、資産家として成功した……でも、でも彼は昔!、何も持たないただの貧乏人だった!」
エリオナは 指先を震わせながら、続ける。
「私は……そんな彼をずっと見ていたのに……!」
「……?」
「なのに、彼は……モカ、あなたに助けられた……! そして、あなたを恩人だと言った……!」
私は 目を細める。
それが何だというのだろう。
「つまり嫉妬、ですか?」
「違う!!」
エリオナが 叫ぶ。
「私は……カイラス様にずっと尽くしてきた! なのに、彼は私ではなく、あなたを選んだ!!」
「だから、殺したの?」
そんな理由で?たかが嫉妬で?…この女は、許せない。言いたいことはそれ以上にあったが、私が淡々と問いかけると、エリオナは肩を震わせた。
「……はい。」
彼女の声が裏返っている。
「ねえ、秘書さんはどこにやったの?」
私は尋ねる。
「……貴方の言った通り私の使った毒は硝酸ストリキニーネ。彼の症状を見られたから、協力者がこの会場の物置にとらえてる。」
その瞬間、あの警察官が ゆっくりと彼女の腕を掴んだ。
「エリオナ・フェイン。あなたをカイラス・ヴェルモンド殺害の容疑で拘束する。」
彼女は抵抗することなく、静かに立ち上がる。
観念したように、ただ前を見つめていた。
「……終わった、ね。」
私は 小さく息をつく。
ルシアが 静かに私を見つめる。
「……あなたの推理、いい点を突きますね。」
「ま、こういうのは慣れてるからね。」
私は 軽く笑う。
でも——
心の中には、小さな違和感が残っていた。本当に、これで終わり?なぜだろう。エリオナは確かに犯人だった。でも、どこか腑に落ちない気がする。
「モカさん?」
ルシアが 私の顔を覗き込む。
「……ねぇ、ルシアさん。」
私は 彼に問いかける。
「本当に、エリオナが単独犯だったのかな?」
ルシアは 静かに目を細める。
「……ふむ。」
「どうしたの?」
「いえ……モカさんと同じ考えです。彼女の振る舞いから見て、リヴェナのように嫉妬で人を殺めるような方ではないかと。」
ルシアさんはゆっくりと周囲を見渡し、小さく微笑む。
「どうやらこの事件――もう少し綻びか出る可能性が高いですね。。」
—やっぱり、そうだよね。
私はワイングラスを見つめながら、微かに笑った。
「……ふふ、面白くなってきたじゃん。…ルシアさん、私、分かった。」
事件は、まだ終わっていない。
「待って、警察さん。」
私は彼を呼び止める。
「エリオナ、あなたが本当にこれ全てを計画したの?その動機だって…本当は嘘じゃない?」
「なっ何よ…私は全部白状したわ!!」
「嘘ね。真犯人、一番カイラスを殺したかったのはー」
この場にいる全ての人の視線が私に集中している。
「貴方の、お父さん。でしょ?」
「…ッ!?なんで、それを…」
「私、カイラスのために色々してあげたの。そしたら貴方のお父さんが丁度あの事件を起こしてしまった時だった。今は普通に成功して入るもののその事件から前ほど上手くは行かなかった。そして、その分カイラスが成功した。」
何も言われないのを良いことにペラペラと言葉を続ける。
「それが恨みに繋がったんでしょ。この後はカイラスの所有していた不動産を奪ったりするつもりだったのかな?」
「…なんで…?何の情報もなしに、なんで……すべてが分かるの…?」
エリオナの瞳はもう憎しみではなく、驚きと怯えが混じった顔をしていた。
…全て図星のようだね。
「今の推理をまとめると、貴方は嫉妬から人をあやめるような人間ではないから別にこの殺人を計画した黒幕がいた。そしてそれは貴方の父親でカイラスの不動産を所有して資産家としての地位を上げようとしていたということが動機。それ以外にも彼はカイラスを憎んでいたようだけど」
とても簡単にまとめた後ふと、サイレンの音が近づいているのに気づいた。
「…後は警察の人に任せるよ。」
事件が 無事に解決した 後、警察が カイラスの遺体を運ぼうとした瞬間、
カツン。
何かが床に転がる音がした。
「……?」
視線を向けると、カイラスの胸ポケットから、小さな箱が転がり落ちていた。
指輪の箱のようなそれには——
「嘘……」
『モカへ』
そう書かれたタグが、綺麗に貼られていた。
私は 息を呑む。ダメだと分かっていた。それでも、私は 衝動のままに箱を掴み、屋上のテラスへと駆け出していた。
夜風が肌を撫でる。
静かな屋上で、私は 震える手で箱を開けた。
中には——
黄金に輝く、美しい指輪。
そして、その横に 折りたたまれた小さな紙が添えられていた。
「……手紙?」
読むべきではないのかもしれない。
でも、読まずにはいられなかった。
私は ゆっくりと紙を開き、そこに綴られた文字を追う。
《モカ、君がこれを読んでいるということは、俺は見事に指輪を渡すことに成功したってわけだ。》
「……え?」
《最近連絡を取り合ってもいなかったのに、いきなりパーティーに呼ぶなんて怪しまれることは覚悟だった。でも、どうしても君に、プロポーズしたかったんだ。》
——私は、呼吸を忘れた。
《でも俺は、ああ見えていざとなると何も言えないだろうから、手紙にしたんだ。》
カイラスの、不器用な笑顔が頭に浮かぶ。
《モカが俺を助けてくれたときのこと、本当に感謝してもしきれないよ。弟妹たちも、皆君にべったりで可愛いし。あれから俺も仕事が忙しくて、あまり話すことができなかったけど、ずっと思ってたんだ。モカのことが、好きだって。》
私は 唇を噛んだ。
《何で今日パーティーなんだって思っただろ?》
「……」
《君は覚えていないだろうけど、今日は——》
そして、最後の一文を読んだ瞬間。
「今日は、俺が君と出会った日なんだ……」
涙が零れた。何百年も泣いたことなんかなかった。だから、頬を伝うそれが涙だと気づくのに時間がかかった。
「カイラスは…私のために。私にプロポーズするために…このパーティーを……?」
どうすればいいのか、分からない。分からなくて、私はただ夜景をぼんやりと見つめることしかできなかった。
街の灯りが滲んで見える。
「…カイラスの、バカ…」
私は 指輪を胸に抱き締め、そっと瞳を閉じた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
肌寒さを感じながら、私はただ感情に耽っていたその時。
——ガチャリ。
背後で扉が開く音がした。
振り向くと、そこにいたのは——
「モカさん、ここにいたんですね!」
ルシアだった。
「あの箱の中身、見ました?」
私は 一瞬、息を呑む。
(なぜ、ルシアが箱のことを知っているの?)
「……はい。」
「そ、そんな顔をしないでください…!」
ルシアは 困ったように眉を下げる。
「ルシアさんは、優しいですね。」
私は 小さく微笑んだ。
「…カイラスに頼まれたんです。」
ルシアは 夜空を見上げながら、静かに言葉を紡ぐ。
「もし俺が玉砕したら助けてくれよなー! って。」
——馬鹿みたいに笑いながら、彼はそう言っていたのだろう。
「本当に、彼がもう此の世にいないなんて信じられませんよ。」
ルシアさんの声が わずかに震えていた。
「それでね、モカさん。」
「?」
「あなたが泣いていたら、僕、帰れないんです。」
そう言って、彼は 苦笑いを浮かべる。
「…分かりました。」
私は そっと指輪を握りしめる。
「ありがとうございます。少しだけ、元気が出ました。」
「それなら、よかった。」
ルシアは 安心したように微笑んだ。
——そして。
「あっ、そうそう! これは本当に別件なんですが……」
ルシアは 唐突に話題を変えた。
「モカさんの推理力、本当に驚きました。僕、一応探偵なので……。」
彼は 少し照れくさそうに笑う。
「……また会ったりって、できますか?」
——え?
突拍子もない言葉に思わず驚く。
でも、目の前のルシアは屈託のない笑顔を浮かべていた。
その笑顔に、私は惹かれた。
「もちろんです!またお礼させてください!」
私がそう答えると、ルシアの顔が さらに輝く。
「これ、僕の名刺です!」
彼は勢いよく名刺を差し出す。
「いつでも連絡してくださって大丈夫ですから。」
笑顔の圧がすごいな……。
私は 苦笑いしながら、名刺を受け取った。
そして、ルシアとまた会える日を楽しみに、私は巣窟へと帰った。
今思えばこの瞬間から、永遠に切ることのできない呪いを契約してしまったのかもしれないーー
指輪の誓いは静かに散るℰ𝓃𝒹
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