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「素敵ね……」
廉に連れられ、高級ブティックへとやって来た美咲は、オーナーだと名乗った女性の案内で個室へと通された。
ズラッと並ぶワンピースと、それに合わせる小物の数々。試しに一つ手に取れば、手のひらから伝わる滑らかな生地の感触が、高級な品だと美咲に教えていた。
(好きなものを選んでって言われても……)
選ぶフリをして手に取ったワンピースのどれもに値札はない。その事実がかえって美咲を落ち着かなくさせる。大人の女性なら、男性からのプレゼントにもスマートに対応出来るのかもしれない。
静香の勝ち誇った顔まで脳裏に浮かび、気持ちが落ち込みそうになる。
美咲は沈みそうになる気持ちを振り払い、目の前のワンピース選びに集中することにした。
「安城さま、こちらのワンピースなどいかがでしょうか?」
ワンピースを見ては手が止まり、いっこうに選べない美咲をみかねたのか、オーナーがいくつかのワンピースを手に話しかけてきた。
「安城様はとても色白でございますので、パステル調のワンピースもお似合いになるかと」
手渡されたのは、レモンイエローの生地に背部に印象的なリボンがあしらわれたAラインのワンピースだった。
内心、ちょっと可愛すぎるかなぁと思っていた美咲の気持ちを読んだのか、次に渡されたのは、淡い藤色の生地に、可愛らしい小花があしらわれたシフォンのワンピース。それにも曖昧な笑みしか浮かべられない美咲に、オーナーの女性も困り顔だ。
「美咲、これどうかな?」
猫脚の二人掛けのソファに座り、なり行きを見守っていた廉に背後から声をかけられ振り向けば、廉の手にはコーラルピンクのワンピースが握られていた。
透け感のあるチュール素材が胸元をおおい、首の後ろでリボンで結ぶ形のプリーツワンピースは、可愛らしくもあるが、とても大人っぽいデザインだ。
ひと目見て、そのワンピースが気に入った美咲だったが、伸びた手が途中で止まる。
(こんな大人っぽいデザイン、私には似合わない)
伸ばした手を引っ込め、『好みじゃない』と伝えるため開いた口は、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。
「美咲、似合うと思うよ」
廉の言葉に、オーナーがこれ幸いに言葉を続ける。
「まぁ、東條様。素晴らしい、お見立てですわ。安城様、お似合いになると思いますわ。試着してみませんか?」
オーナーに押し切られる形で、試着室へと通された美咲は、フィッターの女性と同席していたヘアメイクの女性の手を借り、華麗なる変身をとげる。
「うそ……、これが、わたし?」
鏡には、黒髪をハーフアップにまとめ、コーラルピンクのワンピースを着た大人の女性が写っていた。ワンピースに合わせたのか、瞼全体にのせられたピンクベージュのベースアイシャドウは薄づきだが、目尻に入ったラメアイシャドウがキラキラと輝き、華やかさをアップさせている。そして、ローズピンクの口紅が、美咲の印象をグッと大人な女性へと格上げしていた。
耳で揺れる三連のダイヤモンドがあしらわれたイヤリングは、シンプルながらも美しい煌めきを放つ。オーナーの女性に促され、白のハイヒールに足を入れ立てば、背筋が伸び、それだけで自信がわいてくるようだった。
「ふふふ、安城様。とても素敵ですわ。東條様の見立ては完璧でございますね。では、首を長くして待つ、東條様にお見せいたしましょう」
差し出された手に手をかさねれば、オーナーの合図で、目の前の扉が開かれた。
「……、廉。どうかな?」
扉が開くと同時に、目の前のソファに座る廉と目が合う。ジッとこちらを見つめ、言葉を発しない廉に美咲は不安になった。
「やっぱり……、似合わない、かな」
苦笑いを浮かべ、試着室へと踵を返した美咲の足が止まった。
「美咲……、とっても綺麗だ」
廉から紡がれる賛辞の言葉に目頭が熱くなる。肩を引き寄せられ耳元で言われた言葉に、堪えていた涙は頬を伝い落ちていった。
♢
ゆっくりと回る観覧車の中、ドキドキと高鳴る鼓動の音を隠すように、美咲は対岸の夜景へと視線をうつす。暗闇の中キラキラと輝くビル群はまるで、砂漠に突如現れたオアシスのごとく幻想的に美咲の目には写った。
「美咲、不思議に思ったよね。なんで、観覧車なんだって」
確かに、高級ブティックでドレスアップして、高級フレンチで、食事をして、最後の閉めが観覧車では、いささかチグハグな気もする。しかも、コーラルピンクのワンピースにドレスアップした美咲は、廉に連れられブティックを出るとその足で高級フレンチレストランへと連れて行かれ、彼と豪華な食事をとっているのだ。
非日常を味わった後の観覧車は、大人な廉が選ぶには子供っぽい。
(何か、あるのかな?)
用意周到な廉が選ぶには、いささかお粗末なデートコースに単純に疑問がわいた。
「……うん。珍しいデートコースだなって思った」
廉を貶しているのではないとわかるように、美咲は笑みを浮かべ、曖昧な返事をする。
そんな美咲の反応にも廉は優しい笑みを浮かべ、嫌な顔一つしない。
「確かにね。フレンチの後に観覧車じゃ、子供っぽかったな。でも、どうしても美咲と二人で観覧車に乗りたかったんだ。美咲……、昔にした約束、覚えている?」
「えっ!? 廉とした約束?」
「そう、約束。美咲が受験生でさ、俺はこっちに居て、遠距離恋愛していた頃。美咲が合格して、一人暮らしを始めたら、一緒に観覧車乗ろうって言ってたの、覚えている?」
廉の言葉に懐かしくも切ない記憶が美咲の脳裏によみがえる。廉と別れる直前、それは恋人同士のたわいない会話の一つだった。
女友達と、その恋人との遊園地デート。最後に乗った観覧車で告白されたと嬉しそうに話す友達が、まだ高校生だった美咲には羨ましかった。
廉と会えない日々のちょっとしたわがまま。受験が終わったら一緒に遊園地デートをして、二人で観覧車に乗りたいと、美咲は廉にせがんだのだ。しかし、その願いが叶えられることはなかった。
そんな些細な願いを廉は覚えてくれていた。その事実が美咲の胸を熱くさせる。
込み上げる感情に言葉が出てこない美咲は、廉の言葉に、ただただ頷く。
「美咲と最後に交わした約束。もう一度、二人でやり直すなら、ここからだと思ったんだ。美咲……、俺と結婚して欲しい」
「えっ……」
廉に手を取られ、告げられた言葉に時がとまる。落とした視線の先には、左手の薬指にはめられた指輪が燦然と輝いていた。
大好きで、大好きで、別れてからもずっと忘れられなかった廉との結婚。こんな幸せなことはない。
しかし、廉の横に立ち、洗練された大人の雰囲気を醸し出していた静香の姿が、美咲の心を蝕み迷わせる。
(このまま廉と結婚してもいいのだろうか?)
社会の荒波に揉まれることもなく、廉に囲われて守られて生きていくのは、確かに幸せなのだろう。しかし、心のどこかでそれではダメだと訴える自分がいる。
社会に出て、自分を磨き、廉の横に並ぶに相応しい大人の女性になりたい。
静香という存在に惑わされないくらい強く、賢い女性になりたい。
その思いが美咲に待ったをかける。
(今の私じゃ、廉と結婚なんて出来ない)
「廉、ありがとう。結婚して欲しいって言われて、本当に嬉しいの。こんな幸せなことってない。ずっと廉だけが、好きだったんだもん」
薬指で輝く指輪から視線をあげ見つめた廉の顔が、喜びに満ちて笑み崩れる。そんな笑顔を見ているだけで、美咲の心は切なく揺れて廉の手を取りたくなってしまう。
本当に弱い。だからこそ、今は廉の手を取ってはいけない。
美咲は、あふれ出しそうになる弱い自分を抑え、言葉を紡ぐ。
「……でも、今はダメ。今の私じゃ結婚出来ない。廉の横に立つに相応しい大人の女性になりたい。廉に守られるだけの女性じゃなくて、貴方を助け、共に生きていける女性になりたい」
不敵な笑みを残し去っていった静香の姿が、頭にこびりついて離れない。
「だから、廉お願い。社会に出て一人前になるまで待って欲しい。わがままだって分かっている。でも、お願い……」
泣いていた。
止め処なく流れる涙を拭うこともせず、美咲は泣き続ける。
廉に愛想をつかされても仕方がない。
廉との別れを覚悟し、嗚咽を堪え俯く美咲の左手が大きな手に包まれる。
「――待つよ。三年、耐えたんだ。今さら美咲と離れることなんて出来ない。美咲が納得するまで、足掻いてみたらいい。でも、これだけは約束して欲しい。俺と必ず結婚すると」
廉の優しさに、とめどなく涙があふれ頬を伝い落ちていく。心を満たすのは、温かい想いだけ。
廉と別れてから三年間、広がり続けた心の穴が今やっとふさがる。
心を満たす熱い想いのまま廉に抱きついた美咲は、廉の腕の中、子供のように泣きじゃくる。
そんな美咲を廉は抱き寄せ、優しいキスを唇へと落とした。
コメント
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第22話読み終えたよ〜!😭💕 廉の「美咲、とっても綺麗だ」って言葉がもう…胸にグッときた!! 試着室から出てきた美咲をじっと見つめて、言葉が出なかった廉の心情が伝わってきて、こっちまで泣きそうになったよ😢🌸 それに昔の約束覚えてて観覧車でプロポーズするとか…ずるすぎるでしょ!!✨ でも美咲が「今の私じゃ結婚できない」って自分の弱さを受け入れて、成長したいって決意する姿がすごく共感できた。 廉の「待つよ」って優しさにもやられた…。 二人の関係が戻ってきて、本当に良かったね!次はどんな大人の美咲が見られるのか楽しみだよ〜🥰💕