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雪山の稜線。
吹雪を避けるようにヴァルヘッドは雪壁の影に停められていた。
諜報員が盗み出した情報を持ち、隣国へ抜けようとしている――その動きを阻止するため、カイたちは荷台に潜んでいた。
敵の感知を避けるためエンジンは切られ、機体はただ冷えきって沈黙している。
吐く息は白く、カイとレナは何重もの防寒具を身に纏ってはいたが、ガタガタと体を震わせていた。
「……寒い……」
「……もう指が動かない……」
レナは以前の体形に戻っており、どんなに厚着をしても冷気が骨まで染み込み、身を小さく震わせていた。
対照的に、以前のふっくらとした体形に戻ったボリスは、まるで天然の断熱材をまとっているかのように平然として落ち着き払っていた。
耐えきれなくなったカイとレナは、同時にボリスへと抱きついた。
「……ああ、この暖かさ……安心感……母さん」
「誰がお母さんだ!」
ボリスが思わず声を荒げる。
レナも頬をすり寄せながら笑った。
「いいえ、この暖かさ……このぬくもりは……薪ストーブね 」
「そう、そうよ。とろけたチーズが……パンに乗ってるのが見えるわ」
レナはうっとりと目を閉じる。
「……アルプスから帰ってこい!」
ボリスのツッコミが雪山に響き、荷台の中に妙な笑い声が広がった。
その一瞬だけ、吹雪の音すら遠ざかるように感じられた。
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数時間後、吹雪に包まれた雪山の荷台で、まだ三人は身を寄せ合っていた。
やがてボリスはもじもじと立ち上がった。
「……ちょっと用を足してくる」
レナがすかさず呟く。
「ああ……ストーブさん……」
「だから誰がストーブさんだ!」
ボリスは肩を怒らせながら雪の木陰に消えていった。
冷気を吐きながら立ちションをする最中、背中を「つん」と小突かれる。
「……おい、ストーブさんは手が離せないんだぞ」
もう一度、つん。
「だからやめろって――」
振り返った瞬間、ボリスの喉が凍りついた。
白銀の巨体――白熊がすぐそこにいて、ボリスの匂いをくんくんと嗅いでいたのだ。
「ウ……ッ!」
思わず悲鳴を上げそうになったが、どうにか踏みとどまる。
ボリスの声に気づいたカイとレナが駆け寄ってくる。だが目の前の巨獣を見て、二人とも足がすくんだ。
次の瞬間、白熊はボリスのポケットに鼻を突っ込み、チョコバーを器用に引き抜くと、むしゃむしゃと食べ始めた。
三人はただ引きつった目でその光景を見つめるしかなかった。
満足したのか、白熊は雪の陰にゆったりと姿を消していった。
「……甘党の白熊で助かったな」
カイが息を吐くように言った。
その直後――。
静寂を破るエンジン音が雪山にこだました。
敵の諜報員が雪をかき分け、国境へ向かって走り抜けようとしていた。