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雪山の稜線に、甲高いエンジンの轟音がこだました。 吹雪を切り裂きながら、一台のスノーモービルが猛スピードで駆け抜けていく。
その背に跨るのは敵方の諜報員。
抱え込む黒いバッグには、つい先ほど盗み出した機密情報が収められていた。
奴はこの吹雪を利用し、国境の向こう――隣国へ逃げ込もうとしていた。
白銀の静寂を切り裂き、雪煙を撒き散らしながら斜面を駆け抜けるその影は、厳しい山の掟をあざ笑う異物のようだった。
「……まずい! 事前の情報じゃ徒歩か車両って話だったろ……スノーモービルなんて想定外だ!」
カイは歯を食いしばり、ヴァルヘッドの始動スイッチを叩いた。
唸る駆動音が雪壁に反響し、鋼の巨体が身を揺らして目を覚ます。
雪を踏み砕きながら車体は勢いよく飛び出すが、すぐに現実が突きつけられた。
ヴァルヘッドは雪山用に履帯やタイヤを換装していたはずだった。
それでも軽量なスノーモービルの機動力には遠く及ばない。
深雪に足を取られた瞬間、強化タイヤが軋み、車体がわずかに横滑りする。
その間にもスノーモービルは風を裂く矢のように加速し、距離を広げていった。
「くっ……機体が重すぎる!」
カイが歯を食いしばる。
レナは助手席から身を乗り出し、荷電粒子砲の照準を覗き込んだ。
「捕らえた……!」
青白い閃光が吹雪の中を奔る。だが乱気流と雪煙に弾道を乱され、地面を抉っただけだった。
「……だめ、吹雪が邪魔!」
荷台でボリスが低く唸る。
「このままじゃ追いつけねぇぞ。どうすんだ!」
その時、カイの視界に前方の雪原が映った。
雪に紛れた巨大な影――白熊の群れが、のそのそと進んでいる。
カイは一瞬息を呑み、次の瞬間には目を細めて笑った。
「……使える」
隣のレナに視線を送ると、レナは即座に頷いた。
「……なるほどね」
彼女は後部座席へ飛び込み、ボリスが箱買いしていたチョコバーを抱え上げる。
「ボリス! ドローンを飛ばして!」
「はあ!? こんな吹雪じゃ!」
「いいから!」
舌打ちしつつも、ボリスは操作盤に手をかけてドローンを射出。
レナはチョコバーの詰まった袋をフックに括りつけた。
吹雪を切り裂き、ドローンは低空を音もなく飛ぶ。
背後に迫る影に気づいた諜報員は、バックミラーを覗き込んで鼻で笑った。
「ハッ……おもちゃで脅す気か?」
スノーモービルが鋭くハンドルを切り、雪煙を大きく巻き上げる。
ドローンは追尾を続けたが、吹雪に乱され軌道を修正しきれず――前方の立ち木へ激突。
閃光を放ちながら爆発し、袋ごと砕け散ったチョコが高熱で溶け、諜報員のジャケットにべったりと付着した。
「……な、なんだ!?」
直後、雪原に潜んでいた白熊の群れが一斉に鼻を上げる。
グルルル……と唸り声を響かせ、甘い匂いを追って諜報員へ殺到した。
「う、うわあああああ!」
白煙を巻き上げながら逃げようとするが、白熊の巨体がスノーモービルに体当たり。
機体は横転し、男は雪の上に叩きつけられた。
白熊たちが覆いかぶさるように迫り、衣服を爪で裂く。
絶叫が吹雪にかき消された――次の瞬間、鼻先を押しつけ、ぺろりと舐める。
「ひ、ひぃ……っ!? あっ……はははははっ!」
冷たい舌に全身をくすぐられ、諜報員は雪の上で笑い転げる。
恐怖と寒さとくすぐったさが入り混じり、吹雪にこだまするのは情けない笑い声だった。
雪面にチョコの香りが漂うたびに、さらに別の白熊が近寄ってくる。
「……今だ!」
カイが短く合図を送る。
レナはヴァルヘッドを飛び出し雪を蹴り、バッグを素早く開き、中から冷たい端末を引き抜いた。
「ゲット!」
ヴァルヘッドに駆け戻ったレナは、荒い息をつきながら端末をカイに差し出す。
「……白熊たちに感謝ね」
「まったく……チョコが戦術兵器になるとはな」
ボリスが苦笑する。
その時、吹雪の向こうから白い迷彩をまとった兵士たちが現れた。
素早く発砲音を鳴らして白熊を追い払い、雪に転がる諜報員を取り囲む。
「対象を確認、拘束する!」
冷たい声とともに拘束具がカチリと音を立て、男はうつ伏せに押さえ込まれた。
カイはヴァルヘッドの窓越しにその光景を見届け、無言で頷いた。