「───きろ。
起きろ。クルイ。」
優しく、そして温かな声色で
誰かが言う。
「……?」
朧気な意識を明白にさせるべく、
目を擦る。すると、体を起こそうとする自分の手が床に触れる。
「(…冷たい。)」
そんな無駄な感情を押しこらえて、上半身を起こし、声のした方を見ようとした瞬間。
「振り向くな!」
温かかった声は一変して、少し厳しめに聞こえた。
私はその声の言う通り、
振り向かなかった。
「……君の妹。エドは監禁部屋にいるよ。」
「…?何でエドを知っているの?」
「あぁ。よく知っているとも。」
…返答になっていないが、
詳しくは聞かなかった。
それよりも。聞くべき事が
あると思った。
「ここはどこなの?」
率直な疑問だった。
「……さあね。俺はもう行く。
まあせいぜい頑張ってよ。
大事な大事な妹を助けられるようにね。」
声の主はそう言うと、
カタカタと音を立てながら、
部屋から出てドアを閉めた。
「……何よそれ…さっきから答えになってないじゃない。」
そんな不満を小さく声に出したが、その声は暗闇へ消えてしまった。さっきの声の主は一体誰だったのだろうか。
あの青年のような優しい声……1度どこかで聞いた事があったような気もするが思い出せない。
だがそれよりも、やるべき事がある。現在位置の把握だ。
何故ここにいるのかも。
ここが何処なのかも分からない。
分からないことが多すぎる。
「……とにかく外に出よう。」
そう思い、駆け足で酷く冷えた部屋を出る。すると、端の見えない廊下のような所に出た。
「…寒い。」
部屋と同様相変わらず寒かった。
「この廊下……どこまで続いてるの……?」
奈落のように先の見えない廊下を右往左往していると、真っ暗な廊下の先に、小さな人影が見えた。ここの家主だろうか。
それともさっきの声の主
だろうか。
とりあえず、声をかけることにした。
「あ、あの!すみません!
目が覚めたらここにい…て……
……え?」
期待と安堵の息を込め、
話しかけた自分を背景に。
そこには、両手で刃物を握りしめ、ニチャアと不気味な笑みを浮かべながら走ってくる”黒い何か”がいた。
「───はぁ……、はぁ…、はぁ…、何あれ…。なんで……追ってきてる…の?なんで…、ナイフ持ってるの?」
分からない。怖い。死にたくない。
走る。ただ。走る。
行く所も。行くべき所もわからないけど。私は、命を少しでも延命させるべく走る。
でもこのままだと追いつかれる。
殺される。死ぬ……?
嫌だ。怖い。怖い怖い。
ここで……死ぬの……?
「嫌だ!誰か…!助けて!!」
───♪ ── ♬
半ばパニックになっていた私の耳に微かな音色が響き渡った。
「……!この部屋からだ…!
ドアが開いてる、!」
謎の音色が廊下に響き渡る中。私は音のする部屋に咄嗟に入り、鍵を閉めた。
部屋に入ると、勉強机の
ライトだけが光っていた。
「…これは。オルゴール?さっきの音の正体はこれね。それと日記……?……少しならいいよね……。」
少し躊躇ったが、日記を開き黙読する。
〜ジルベルト/著〜
1941年7月30日
サウエルの子供が母親を殺したらしい。この話が本当なら奴の政治家としての名誉を丸々潰す事が出来る。策を立てなければ。
1941年7月31日
サウエルが堕ちたと証明することさえ出来れば、地位も権力も
私のものだ。早く探らねば。
1941年8月9日
まただ。またあの小僧が私の敷地に入ってきおった。愚か者めが。生きて帰れると思うなよ。邪魔者は排除しなければな。
1941年8月11日
サウエルが我が国に弾道ミサイル発射をすると警告した。
こうなってしまってはこちらも手を尽くす他ない。
奴の娘を人質に取る。
これで何も出来まい。
やつの苦しむ顔が楽しみだ。
1941年8月12日
奴の国にスパイを送り込んだ。
それもとっておきのな。
ここいらで一番の腕利きだ。
今日は早いが寝る事にしよう。
必然の朗報を待とう。
1941年8月13日
姉妹を誘拐する事に成功した。
これで奴も逆らえまい。
しかし─────────
//////////////
「───……。」
……。
……。
……。
………そうだ。
私が。私の手で。
お母さんを。殺したんだ。
あれ?本当にそうだっけ。
よく思い出せない。
……まあいっか。
まずはここを出なきゃ。
確かあの声の主はエドは監禁部屋にいるって言ってた。
……まずは地図を探さないと。
そう思いさっき入った扉の前に
立つ。もしまだいたらどうしよう。
……不安に思ったが、体に任せて扉を勢いよく開けた。
バン!!!!!
扉を開けた時の音が廊下に響きわたる。
「……ふぅ。」
安堵と気が抜けたようなため息がでたその瞬間。
「妹ってやつを助けたいんだって?」
「わっ!!」
心臓が飛び跳ねた感覚を覚えた。
やんちゃな、それでいてどこか悲しい声が、全細胞に響き渡る。
「おっと。驚かないでくれよ。別に取って食おうとしてねえってワケさ。」
「だ、だれ……??」
「あたいはライカ!
ここの当主、ジルベルト・アメロアの一人娘さ!
いや〜茶髪の青年がパパ殺してくれたおかげで外に出れてご機嫌なんだ!それで??
助けたい子がいるんだっけ!」
「そ、そんな一斉に喋らないで!!……えっと、、私はクルイ…………だよ。助けたい子がいるの。」
「ほお。」
ライカは優しく私に耳を貸した。
「実は、私は目が覚めたらここにいて、エドは監禁部屋にいるのは分かってるんだけど、どこから出られるのかも監禁部屋の場所も分からなくて…。
ここの地図とかないかな…?」
「なるほどねぇ…覚えてないんだ。あの事も。」
「あの事?」
「いんや!なんでもないさ!
さて、地図が欲しいんだっけ?」
こくりと頷き、アナログテレビの上に座っているライカを見上げる。
「よし!分かった!
あたいが見つけてきてやろう!この部屋で待ってな!」
ライカは近くにあった部屋を指さした。
「え、でも一人だと危ないし効率も悪くない……?」
「大丈夫だ!!昔から物探しは得意なんだ!じゃ!」
ライカはそう言うと、暗闇に走り去っていった。
「あ……待って!!!」
止めようの伸ばした手も、
喉から出た阿吽の呼吸も、
無駄に終わってしまった。
「どうしよう…1人は危険だよね……でも入れ違いになったら嫌だなぁ……書き置きをしておこう。」
クルイは、指定された部屋の中央机の上に書き置きを残した。
〜クルイの書き置き〜
ライカへ
心配なのであなたを探しに行きます。もし入れ違っていたら
ここで待っててね。
すぐに戻るから
//////////////
「……探しに行こう。
確かライカはこっちに行ったよね。」
クルイはなんの躊躇もなく扉を開け、ライカの歩いて行った方へ歩き出す。
コン……コン……
何も聞こえない奈落の廊下の中に、クルイの足音だけが響き渡る。
コン…コン……コン…コン……
「(……!?後ろに誰かいる…)」
誰かが着いてきている。
そう感じて思い切り振り向いた。
「……誰も…いない?」
誰もいなかった。
そこには、奈落のように真っ暗な廊下が続いているだけだった。
「…何だったんだろう…怖い…」
クルイは疑問に思いながらも、先を進もうとしたその時。
バーン!!!!!!!……。
「きゃあ!」
何かが破裂するかのような大きな音と共に、腰を抜かす。
「…一体何……?」
音の正体を確かめるべく、
体を起き上がらせ、
音のした方へ向かう。
「耳がキンキンする……」
耳鳴りがしたが、尚更ライカを放っては置けないと思い、
音のする方へ歩みを進めると、
大きな文字で「書庫」と書かれた看板が立ててあった。
「ここは……書庫…??
もしかしたら地図もあるかも
しれないし、一応見ておこうかな。」
扉を開けようとドアノブを握り、ゆっくりと開ける。
キィ……
扉の開閉の音で部屋が満たされる。
「ライカは…いないよね……」
1歩。1歩。書庫の中央へと歩き出す。1歩。1歩。
ぐちょ……
「え?」
何か柔らかいものを踏んだ感触。
ぐちょという不快な音。
どこかから聞こえるポタポタ
という音。その全てを理解したのは、一瞬の事だった。
「…!?ライ…カ……??」
そこには、この館の地図を抱きしめながら、頭から血を流している、変わり果てたライカの姿があった。
「ラ、ライカ……ちゃん…?」
私は現状を理解できなかった。
光を失った目で私を見るライカ。
地図らしきものを抱きしめながら動かないライカ。
「わ……わたしが…殺したの…?」
酷い自虐が浮かんだ。
だってそうだろう。
私のために地図を探しに行って何者かに殺された。
「私の……せいだ。」
そう自分のせいにしつつも、
1つの感情を纏めていた。
ライカは私を助けるために地図を探してくれていた。
そのライカの思いに答えなければ。そう思った。
「……ごめんね…ごめんね……
ライカちゃん……」
私は変わり果てたライカの姿に懺悔しつつも、ライカから地図を預かり、この部屋を後にした。
「……。」
頭の中で懺悔の声が飛び交う中、
地図を見て、1つ考えが纏まった。
「……監禁部屋は地下にある。
地下へ……行こう。」
勇気を振り絞り、階段へと向かう。私のコン…コン……という足音だけがこの館には残っていた。
「……ここだ。」
地下へ降りると、右に核シェルター。左に監禁部屋へと繋がる道があった。
私は急ぎ足で監禁部屋へ向かう。
「……早くエドを助けなきゃ。」
ガチャン……
「…!?鍵が必要なの……?」
妹を助けるという願い、希望は
一瞬で砕け散った。
「……探さなきゃ。
エドの為。私の為。そして、
ライカの為にも。」
私はまた走り始め、2階の雑務室へ向かう。
コン……コン……と静かだった
私の足音は、タン…タン…と
軽快な音になりつつあった。
雑務室の中へ繋がる扉を開け、
またもや探索を開始する。
「これは……ラジオ…?
今の状況が分かるかも。
聞いてみよう。」
〜ラジオ〜
「───敵国の大統領、サウエル・アメロア大統領の娘、
クルイ・アメロアお嬢様、
そして、そのご姉妹、エド・アメロアお嬢様が、先日未明に
何者かに誘拐されたと地元関係者への取材で明らかになりました。また、情報流出の可能性を考慮し、監禁されている可能性のある、ジルベルト・アメロア大臣のご新居、豪邸に、敵国の大統領、サウエル・アメロア大統領の命により、小型弾道ミサイルが放たれた事が、新たにわかりました。残り時間わずか10分ほどでミサイルが到着する模様です。市民の皆様は、できるだけ地下に逃げるか、頭を防ぎら身の安全を守って下さい。現場からは以上です。」
//////////////
「……!?お父…さん…?」
訳が分からなかった。
自分の父であるサウエル・アメロアが情報保守のため私たち姉妹をミサイルで殺そうとしているのだ。
……だめ。エドだけは絶対殺させない。
「そうだ……核シェルターに
…行こう……。」
頭の中で情報が錯乱する中、やらなければならない事のみを
遂行すべく、壁にかけてあった監禁部屋の鍵を取り、その場を後にした。
「……着いた。」
監禁部屋の前に立った私は、
大きく息を吸って吐き出し、
鍵を開けた。
キィ……
「……!エド!!!」
そこには、目隠しをされ歯が抜けたボロボロのエドがいた。
「エド……!!エド!!
起きて…!!!」
「あ……ごめんなさい…もう殴らなヒで……」
「エド……!私だよ、!クルイだよ!」
「お姉……ひゃん……?」
「そうだよ、!お姉ちゃんだよ!」
そういいながらエドの拘束縄と目隠しを外す。
「お姉ひゃん……お姉ちゃん…!怖かったよ……痛かったよ……」
「よく頑張ったね、!エドは強い子だ…!!」
「うん……お姉……ちゃん……
お…母さんは……?」
「……!?」
お母さん。そう。
優しかった。そして誰よりも
強かった。お母さん。
お母さんはもういない。
あれ、?なんでいないんだっけ。
……。
…………。
……そうだ。お母さんは。
私の嘘で。死んだんだ。
「…お母さん…は……」
涙を必死にこらえて我慢する。
「元気だよ…、!」
エドは嬉しそうな笑みを零す。
「さあ、安全な所に行こう…!」
エドはこくりと頷き、私に着いてくる。
「さ、ここに入って少し待っててね。」
「お姉…ちゃん……行っちゃやだ……」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんはどこへも行かないよ。やらなきゃいけないことがあるの。
だから、大人しくここで待っててくれる?」
「……うん。」
エドの頷きを見て、私は核シェルターの扉を閉めた。
何回も何回も何回も厳重にハンドルを閉め、誰かが来るまで開けられない様にした。
「……エド。お姉ちゃんと
ライカの分まで生きるんだよ…。
愛してる。」
体が燃える。
不思議だなあ。
全く……
痛くないや。
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