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「提案がある。君を俺たちがいる本部へと連れて行き、保護をしたい。小夜を死なせたくはない」
私は俯いていたが彼の提案を聞き、月城さんの方を見た。
彼の瞳は真っ直ぐ私を捉えている。
「とても心強いです」
月城さんの仕事は、正直あまりよくわかっていなかった。
守ってくれる人たちがいるところで生活をすることになるということだろうか。
「俺も各地を転々とすることが多い。ずっとそこにいるわけではないが、他の隊員が君のことを守ってくれる。外に出ることなどの制限はあると思うが、食べ物や生活に困るような暮らしはさせない」
「あいつを捕まえることができれば、またここへ帰ってきて暮らすことができる。どうだろうか?」
まだ私は死にたくはない。
月城さんの本部というところに行けば、私が殺され、研究材料になる心配は少なくなる。
でも、それでいいの?
私を必要としてくれている人たちが近くにいる。
その人たちを放っておいて、自分は安全な環境で過ごすことが正解なのだろうか。
眼を瞑って心の中で、亡くなった父と母に助けを求めた。
「たくさんの人たちを救ってあげてね。それがあなたの使命だから」
亡くなる前の母の言葉を思い出した。
私は困っている人たちを助けたい、助けなきゃいけない。
それが父と母から学んだことだった。
自分が体調不良だったのにも関わらず、亡くなる直前まで街に出て、貧しい人たちに薬を処方していた父と母。
私も最後を迎える時が来るまで、自分の責務を貫き通したいと思った。
「申し訳ございません。そこには行けないです。私はここで暮らしていきたい。私を必要としてくれている人たちのため尽くしたい。とても有難い提案をしてくださって、嬉しかったです。ありがとうございました」
月城さんはふぅとため息をついた。
「君と知り合ってまだ少ししか経っていないが、そんな返事をするのだろうと予想はしていた」
「厳しいことを言うが、目先だけの困ってる人間だけを考えないでほしい。君があいつに殺され、あいつの実験が進めば、今以上の死者が出る。あいつの目的は完全にはわかっていない。あいつは自分にとって不必要だと感じた人間を殺していくだろう」
「そんなこと無理なんじゃ?みんなで戦えば、あいつだって倒せるはずなんじゃ……」
自分が気に入らない人間を殺していく世界なんて、現実的には考えられない。
「あいつと偶然遭遇をし、仲間の隊士三十人が戦ったことがある。俺はその時違う任務でそこにはいなかったが。三十対一。素人ではなく、鍛錬を重ねた隊士たちが相手だった。だが、五分もしないうちに全員が殺されてしまった。そのくらいあいつは強いんだ」
「たくさんの命も、近くにいる命もどちらも大切だ。だから小夜の言っていることはわかる」
私があいつに殺されたら、もっとたくさんの命が失われるかもしれない。
けれど、私を必要としてくれる人たちがすぐ近くにいる、どうすればいいの?
「一番安全な方法は、先ほど伝えた通り、君が俺たちの本部に行くことだ。しかし、もう一つ提案をしよう」
何も言えず、困っている私を見て月城さんはもう一つの提案をしてくれた。
「しばらくの間、俺が小夜の護衛をする」
「月城さんが……私の?」
「小夜を一人にすることはできない。どちらかを選んでほしい。俺も任務があり、ずっと付き添っていることはできないだろう。俺がいない間は、違う隊士を付き添わせる」
これからは自由が利かない、ずっと誰かに守ってもらいながらの生活になるの?
私一人のために、毎日誰かが見守ってくれる、そんな我儘を突き通していいのだろうか。
「わかりました。私、月城さんたちのいるところへ行きます。その方が、良いと思うから」
もし私がここでいつもと同じように街に行き、あいつに襲われたら、周りにいる人たちまで傷つけてしまうかもしれない。
だったら、私がこの街をできるだけ早く離れた方がいい。
「でも、一つだけお願いがあります。今、具合が悪くて定期的に訪問をしている人が三人ほどいます。その人たちの具合が落ち着いてからでもいいですか?両親がなくなった時にお世話になったんです。その人たちが回復したら、ちゃんと指示に従います」
「わかった。しかし、その間の護衛は承諾をしてほしい」
「はい」
私の返事を聞き、月城さんの表情が柔らかくなった気がした。
「では、交渉は成立だな。しばらくは俺が君の近くにいる」
「お願いします」
その時「ぐぅ……」と私のお腹の音が鳴った。
いろんなことに決心がつき、ホッとしたのかもしれない。
「ごめんなさい」
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「遅くなってしまったからな。夕食はまだだろう?」
「はい。でも、こんな真剣な話してたのに……ごめんなさい」
「なぜ謝る?遅くなってしまったし、何か食べるといい」
そこでふと疑問が浮かんだ。
「あの、月城さんってしばらくは私に付き添ってくれるんですよね。どこにいてくれるんですか?」
「あいつが急に襲って来ても対応ができるところ。正直なところ、俺の間合いにはいてほしいんだが、無理だろう。極力、君の近くにいるつもりだ」
「えっと……。では、しばらくはずっと一緒に生活をするんですか?」
どこかに行く時は想像がついたが、つまり、日常生活を送る上でもしばらくはずっと一緒にいるということになるのだろうか。
この家で二人で生活をするということ……?
「最初から俺はそういうイメージだったんだが。食事とかは気を遣わなくていい。これから本部に連絡をし、物資を送ってもらうよう依頼をする。届くまでの間は食べなくても平気な訓練をしているし。寝るところは、縁側で十分だ。小夜は俺に構わず、できる限り今まで通りの生活を送ればいい」
「そういうわけにはいきません。ご飯食べないと元気がでないし、体力も落ちます。今から夕ご飯の準備をするんで待っていてください」
「気を遣うな。大丈夫だから」
「月城さんが食べないって言うんなら、私も食べません」
「どうしてそうなるんだ」
口をへの字に曲げている私を見て、諦めたかのように
「わかった。お願いする」
彼は承諾をしてくれた。
「はい。ちょっと待っていてくださいね。昨日の残り物とか含めたものになっちゃいますけど。あとは今日おばあちゃんがくれた野菜を使って何か作りますね」
しばらく座って話をしていた。
準備をしようと思い、立ち上がろうとすると
「いたたたた…」
痛みが走った。
先ほど転倒した傷が反応したらしい。
「無理をするな」
痛みでフラフラしてしまった私を月城さんは支えてくれた。
「ごめんなさい」
「俺も何か手伝うから言ってくれ」
「そんなわけには……」
「働かざるもの食うべからずって言うだろう?」
そんな言葉が彼の口から出てくるなんて思っていなかったので、笑ってしまった。
「そんなにおかしいか?」
「いや、月城さんって本当は優しい人なんだなって」
「じゃあ、お米を炊いてもらってもいいですか?」
いつも自分一人が使っている台所に、隊服を着た男性が立って、お米を研いでくれる。不思議な光景だった。