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降り出しそうなほど重たく淀んだ曇り空の下、俺はいつもの退屈な帰り道を急いでいた。
地方都市の片隅、街灯がまばらな住宅街。湿ったアスファルトの匂いが鼻をつく路地裏で、その声は聞こえた。
「……ッ、……ッ……」
それは鳴き声というより、漏れ出た吐息のようだった。
普段なら見て見ぬふりをして通り過ぎるはずだった。だが、泥のように重い空気の中に混じったその微かな音に、足が勝手に止まる。ゴミ捨て場の脇に置かれた、今にも底が抜けそうなほど湿った段ボール箱。そこには、二つの小さな命が、絶望的な静けさの中で横たわっていた。
箱の中にいたのは、二匹の子猫だった。
一匹は、泥にまみれてもなお雪のように白い毛並みの白猫。
もう一匹は、闇の欠片を繋ぎ合わせたような深い毛色の黒猫。
俺が覗き込んでも、二匹には逃げる体力すら残っていないようだった。
白猫は、俺の気配を感じると、震える脚で必死に頭をもたげた。
「……ナ、……」
枯れた声で、精一杯の助けを求める。その瞳には、自分の死を拒絶するかのような、強気で奔放な光が微かに宿っていた。その必死な眼差しは、喉元を掴まれるような鋭い愛らしさがあった。
一方の黒猫は、白猫の影に隠れるように丸まり、薄く開けた瞳でぼんやりと虚空を見つめている。
俺と目が合っても、怯えることさえ面倒だと言わんばかりだ。重たい瞼をゆっくりと動かし、どこか冷めた、諦観に満ちた視線を送ってくる。その、すべてを投げ出したような空気感は、仔猫とは思えないほど退廃的で、ゾッとするほど艶っぽかった。
「お前ら……こんなところで、何やってんだよ」
俺が震える指で白猫の頭に触れると、彼女は熱っぽい額を俺の指に預け、縋り付くように細い声を漏らした。
対照的に、黒猫は俺が触れても微動だにしない。ただ、拒む力もないまま、俺の掌の熱を無気力に受け入れている。
ただの動物じゃない。
この二匹から漂う、消え入りそうな生命力と、それに反比例するような濃密な色香。このまま放っておけば、明日の朝には冷たくなっているだろう。その予感が、俺の胸を締め付けた。
「……っ。クソ、こんなの見捨てられるわけないだろ」
俺は、壊れ物を扱うように、その重たい段ボールを慎重に抱え上げた。
腕に伝わる、二匹のあまりにも小さく、速い鼓動。
箱の中で、白猫は俺の腕の熱を求めるように微かに身をよじり、黒猫は俺の心臓の音に身を任せるように、ぐったりと深く沈み込んでいる。
家までの数分間、俺の胸の中では、恐怖にも似た高揚感が渦巻いていた。
腕の中に、二つの熱い命を閉じ込めているという実感。
アパートの階段を一段ずつ上がるたび、二匹の体温が俺の服を通して皮膚に伝わってくる。
独り身の殺風景な部屋に、この「今にも壊れそうな何か」を招き入れていいのだろうか。
自室のドアの前で、俺は鍵を取り出し、震える手でシリンダーに差し込んだ。
「……よし、今、暖めてやるからな」
ガチャリ、と重たい音が響く。
このドアをくぐった瞬間、俺とこの二匹の運命が分かちがたく結びつくことを、この時の俺はまだ確信していなかった。
次の話、いいね×100ですこし内容豪華にします!