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部屋に入り、真っ先に浴室へ向かった。
段ボールの中で重なり合う二匹は、部屋の暖房の熱に当てられたせいか、路地裏にいた時よりもさらにぐったりとしているように見えた。
「今、楽にしてやるからな……」
洗面台にぬるま湯を張り、俺は慎重に白猫を抱き上げた。
路地裏ではあんなに必死に鳴いていたのに、今は俺の腕の中で力なく首を垂らしている。泥と雨水で固まった白い毛並みは、触れると驚くほど細く、折れてしまいそうだった。
シャワーの温度を確かめ、弱く、優しく身体にかけてやる。
「……ッ、ニャ……」
白猫が、熱いお湯に驚いたように小さく身を震わせた。けれど、俺の指先が泥を揉み出すように全身を撫でると、気持ちよさに気づいたのか、トロンとした瞳で俺を見上げてくる。
シャンプーの泡で洗ってやると、隠れていた白猫の「素顔」が見えてきた。
活発そうな上向きの目尻、仔猫とは思えないほど整った鼻筋。白猫は、泡だらけの手で俺の袖を掴もうと、微かな力を振り絞る。その甘えたそうな、それでいてどこか挑発的な視線に、ドクリと胸が鳴った。
一方の黒猫は、順番を待つ間も、浴室の床で丸くなったまま虚空を眺めていた。
俺が抱き上げ、お湯をかけても、暴れるどころか鳴き声ひとつ上げない。
「……フッ」
鼻を鳴らし、すべてを諦めたように俺の胸板に顔を埋めてくる。濡れてさらに細くなったその身体は、守ってやりたいという本能以上に、どこか背徳的な色気を漂わせていた。
指先で丁寧に黒い毛を梳いてやると、黒猫は重たい瞼を半分だけ閉じ、俺の体温を貪るようにじっとしている。気だるそうで、無気力で、けれど確かな存在感。
俺は必死に二匹を洗い、バスタオルで包み込んだ。
リビングへ戻り、ドライヤーの弱風を当てる。
白猫は、風が当たるたびに「ニャッ!」と短く鳴き、俺の手の甲にじゃれつこうとする。少し体力が戻ってきたのか、その仕草にはどこか奔放な少女のような、危うい愛らしさが混じり始めていた。
対照的に黒猫は、温かい風に吹かれながら、俺の膝の上で完全に脱力している。
乾かされてふわふわになった黒い毛並みは、夜の闇よりも深い。黒猫は時折、気だるげに尻尾の先をパタパタと動かすだけで、俺の指の間をすり抜けるように身を預けてくる。
ようやく本来の輝きを取り戻した二匹に、温かいミルクを小皿に出すと、彼女たちは競い合うようにしてそれを啜った。
食後、俺は寝室から一番柔らかい大きめのクッションを持ってきて、ベッドの脇に置いた。
まずは白猫を抱き上げ、その上にそっと降ろす。
「今日はここで寝るんだぞ」
言い聞かせるように頭を撫でると、白猫はクッションの感触を確かめるように前足で「ふみふみ」と足踏みを始めた。ゴロゴロという喉鳴らしが部屋に響く。白猫は満足げに丸まると、俺の指先を名残惜しそうに一度だけペロリと舐め、悪戯っぽく瞳を細めた。その一瞬の表情は、まるで「明日も遊んでね」と約束を迫っているようだった。
次に、ソファの隅で微睡んでいた黒猫を抱き上げる。
黒猫はされるがままに俺の腕に収まったが、クッションに降ろそうとすると、細い爪を俺のシャツに微かに立てて抵抗した。
「……どうした?」
問いかけると、黒猫は面倒そうに俺を見上げ、それからわざとらしく溜息をつくように鼻を鳴らした。結局、クッションの端、ちょうど白猫と背中合わせになる位置に身を沈める。
黒猫はそのまま、溶けるようにクッションに深く沈み込み、気だるげに目を閉じた。媚びることはないが、俺が離れる瞬間まで、その尻尾の先だけが俺の手首を愛撫するように、ひっそりと揺れていた。
並んで眠る、白と黒の塊。
一方はどこまでも奔放で、一方はどこまでも厭世的。
この二匹が部屋にいるだけで、見慣れたはずの寝室が、まるで異世界の入口になったかのような錯覚を覚える。
俺は電気を消し、自分のベッドに潜り込んだ。
暗闇の中、すぐ隣からは二つの微かな寝息が聞こえてくる。
明日になれば、またいつもの退屈な日常が始まるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
――その夜、この部屋で何が起きるのかも知らずに。