テラーノベル
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行灯の灯りが、ぱち、と小さく弾けた。背を向けた直哉が一歩踏み出した、その瞬間。
甚「ふうん……逃げんのか」
低く落ちた声に、直哉の肩がわずかに揺れる。
直「は?」
振り返った視界が、一気に塞がれた。
腕を取られ、畳に押し戻される。
背中に伝わる畳の感触が、やけに現実的で。
直「ちょ、待…」
甚「待たねぇ」
手首をまとめて押さえられる。
力は強すぎないのに、逃げる選択肢が最初からない。
甚爾の体温が、距離ごと落ちてくる。
甚「煽っといて、逃げる余裕があると思ったか」
息が近い。
呼吸の音まで分かる距離。
直哉は笑おうとして、喉が鳴った。
直「……急に何やねん」
甚「急じゃねぇ」
甚爾の視線が、直哉の口元に落ちる。
甚「ずっと我慢してただけだ」
顎に指がかかる。
持ち上げる動きは乱暴じゃないのに、逆らえない。
甚「目、逸らすなよ」
その言葉通り視線を合わせた瞬間、
距離が、さらに詰まる。
唇が触れる前、ほんの一拍。
互いの息が混じって、どっちの熱か分からなくなる。
そして、唇が重なった。
最初は浅く、確かめるみたいに。
触れただけなのに、直哉の喉が勝手に震える。
一度、離れる。
ほんの数センチ。
直「……っ」
息を吸いかけたところで、また触れた。
今度は少し長く、
唇の端が擦れて、呼吸が乱れる。
畳に押さえられた手首が、思わず力を込める。
逃げたいのに、離れてほしくない距離。
唇が離れたとき、直哉は思ったより息をしていなかった。
直「……甚爾くん……」
名前を呼ぶ声が、さっきより低い。
甚「ほら」
甚爾の声は、静かで近い。
甚「これで立場、分かったか」
直哉はすぐに返事ができない。
胸の奥がうるさくて、言葉が追いつかない。
直「……っ、ほんま……ずるいわ」
悔しそうに言いながら、目は逸らさない。
行灯の灯りが揺れる。
二人の影は、もう簡単には離れない距離で重なっていた
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