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行灯の灯りが、ゆっくり揺れる。
畳に落ちた影は、もう境目が分からない。
直哉の着物の襟に、甚爾の指がかかる。
一瞬、止まる。
甚「……ほんとに、分かってやってんのか」
低い声が、近い。
直「何を?」
直哉は強がるように口角を上げる。
甚「俺がどんな顔してるか、見てみろよ」
顎を取られて、視線を上げられる。
至近距離で、逸らせない。
甚「それで煽って、無事で済むと思ったなら——」
指が、襟を引く。
甚「相当だな」
布が擦れる音。
直哉の喉が鳴る。
直「……今さら脅し?」
甚「違ぇよ」
甚爾の声は静かで、はっきりしていた。
甚「忠告だ」
紐に指がかかる。
ほどく前に、また止まる。
甚「逃げるなら、今だけど」
直哉は一瞬、目を見開いて——
すぐに、にやっと笑った。
直「聞いてへん。 俺、逃げる言うてへんやろ」
短い沈黙。
甚「……そうかよ」
低く息を吐く音。
甚「じゃあ、最後まで付き合え」
紐がほどける。
一つ、また一つ。
直「っ……」
布が緩み、肩に空気が触れる。
甚「力、入れすぎだ」
そう言いながら、肩に手を置く。
甚「……俺が触ってんの、嫌なら言え」
直哉は、少しだけ目を伏せてから、顔を上げた。
直「……嫌やったら、こんな顔せえへん」
その答えに、甚爾の口元が僅かに動く。
甚「……厄介だな、お前」
書生服が肩から落ちる。
畳に触れる、柔らかい音。
甚「見られたくねぇなら、隠せ」
そう言って、視線を逸らすことなく、顎を支える。
甚「でも…」
一拍置いて、低く続ける。
甚「俺の前で煽ったのは、忘れんな」
直哉の胸が、静かに上下する。
二人とも、
次に何ができるかを、はっきり分かっている距離。
行灯の灯りが揺れて、
言葉がなくても、空気は十分すぎるほどだった。