とある洞窟。モフモフ探検隊の直後、ユウが既に眠らされた山の中腹の穴から入り込むその洞窟の最奥に、無数の触手に囲まれた状態で眠っている男がいた。
アニミダック。魔人族の始祖であり、【触手生成】という固有魔法を持つユウの元恋人である。ユウが生み出しただけあって、ムツキに顔つきが似ていた。
ムツキが紫色の短髪と少し長めの前髪になっているのに対して、彼は漆黒のような黒髪をしていて、その髪がまるで彼の扱う触手のように長く彼の膝裏まで伸びている。
彼の肌は長らく眠っていたからか、元々そうなのか、病的な白色で目元のクマがひどい。さらに彼は痩せ気味の身体つきをしていて、身長は190を超え、ムツキよりもひょろ長いといった様子である。
そこに鎖模様の毒蛇の1匹がするりと現れる。触手は気付かないのか反応している様子がなく、その毒蛇がアニミダックの身体を這いずり回ることを許している。
「さて、起きてもらうとしよう」
その毒蛇はニドのような声を出して、アニミダックの左肩にゆっくりと噛みついた。噛みついた場所から血は零れず、毒蛇の毒液か、無色透明な液体が流れる。
「いっ……」
アニミダックが噛まれた痛みに目を覚ます。彼はぼんやりとした焦点の合わない目で毒蛇を見てから、その身体を掴んでみる。毒蛇は掴まれたと同時に毒牙を彼の身体から離す。
「アニミダック様、おはようございます」
「その声は世界樹の毒蛇か……」
「さようにございます。名を名乗るほどの者でもございません」
アニミダックは眠る前の記憶を掘り起こして、喋る毒蛇を何とか思い出す。毒蛇は舌をチロチロと出し入れして、彼の様子をまじまじと見つめていた。
「やけに小さいな? 前にちらっと見た時は黒くて大きかったと思うが?」
「ご認識の通り、この身体は同胞からの借り物、意識だけ同胞と共有しております。故に、手荒な真似は避けていただけると助かります」
毒蛇はニドの慇懃無礼な口調そのままでアニミダックに話しかけている。アニミダックはこの毒蛇を八つ裂きにしたところで無意味と判断したのか、深い溜め息を吐いた後に、ポイと毒蛇を放り投げた。
「ったく、だったら、もう少し優しく起こせよ……で、その毒蛇が起こしてまで俺に何の用なんだ?」
毒蛇はニドのようにニヤリと笑い、とぐろを巻きつつ、鎌首だけをしっかりと持ち上げている。
「いえいえ、少しお耳に入れたいことがございまして……ユースアウィス様のことで」
アニミダックの目の色が明らかに変わった。寝起きの気だるげな表情から一転して、嬉しそうな笑みを零すほどに興味関心を持って、毒蛇を見つめ返す。
「ほう? ユースアウィスがどうした? ……待て、どうやら、俺の触手がユースアウィスを捕らえているようだ」
「ほほう……それは、それは……」
毒蛇はユウがアニミダックの手の内にあることに少し驚いたその後に、触手がユウを運んでくる。
「ユースアウィス! 幼い姿ではあるが、この魔力や美しさは間違いない! 本当はもっとこう、程よく年齢を重ねた姿の方がユースアウィスの魅力を引き出せるのに、なぜこのような姿に?」
アニミダックはユウをしげしげと眺めていた。やがて、彼が彼女に触れようとした瞬間に、彼の手はバチリと弾かれてしまう。彼は弾かれた自分の手をしばらく見つめた後に、再びそっとユウの身体に手を近づける。すると、彼は自分の魔力がある距離でざわつくことを感じ取った。これ以上強く押すとまた弾かれてしまう感覚に彼は苛立ち始める。
毒蛇は彼の表情や様子が徐々に変わる様を楽しそうに眺めていた。
「……どうやら、ユースアウィスの周りに俺に似た魔力の【バリア】があるな……。優しくなら包み込めるが、中を触れない。まるで卵の殻のようだ。壊せないこともないが、何かが起きて中のユースアウィスに傷がつくようなことがあったら大変だな。でも、これは……ディオクミスでも、タウガスでも、レブテメスプでもないな……誰のだ……かなり強いぞ、この【バリア】……」
その時、毒蛇は口を最大限に開けて、自身をアピールしつつ、大げさに話し始めた。
「そう、そう、まさしく! それがお耳に入れたいことでございます! そう、お耳に入れたいこととは……ユースアウィス様のパートナーのことでございます!」
「はあっ? パ、パートナー!? 誰がユースアウィスのパートナーに選ばれたんだ! 俺は認めないぞ! パートナーになるのは、このアニミダックに決まっているだろうが!」
毒蛇は、ニドは、心の中でこの洞窟いっぱいに響きそうな高笑いをしながら、自分の描いたシナリオがアニミダックを丸呑みにした瞬間を感じた。
アニミダックは寝耳に水といった顔色で毒蛇をただただ見ている。
「まあ、まあ、……まずは落ち着いてください。まずはゆっくりとお話を……」
「落ち着いていられるか! いや……たしかに冷静な方がいいな。俺は他の奴と違い、冷静に事を運べるからな。分かったから、順を追って早く話せ」
アニミダックはユウに触ることを諦めて、多数の触手で椅子を作り上げて、どかりと座り込んだ。
「いいですとも、いいですとも。そのパートナーの名前は……ムツキと言います」
毒蛇は彼の耳元へと頭を近づけて、小さな声でひそひそ話をするかのように話し始めた。
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