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読みました。今回も重くて苦しい展開でしたね……。久世の「売れるなら何でもやる」という決意だけが本物ってところ、すごく切なかったです。律さんの「聞き間違いでした」ってスマートな助け方、かっこよすぎました。そして美夏さんとお母さんの電話……「言いなりになる必要は最初からなかった」って思えるまでに強くなれたんだなって、胸が熱くなりました。美夏さんの成長を感じる回でした。続きも気になります!
フラッシュが弾けた。久世(くぜ)トオルは、一瞬だけ目を細めた。眩しい。けれど、顔には出さない。昨日、暁文蓮(あけぶみれん)から何度も言われたことを思い出す。
『記者会見では、作品のことを語るんだ。自分のことじゃない』
『はい』
『No.404として答える以上、君自身の感想を喋る必要はない』
原作者の暁文は、事務所で久世にそう言った。
久世には、その意味がよく分かっていた。
自分は『君が消えた世界はまだ続いている』の執筆者本人ではない。それでも、人気Web小説家No.404の『正体』という触れ込みで、売り出してもらえる。それだけで十分だった。彼の所属しているASTER ENTERTAINMENTは、Studio Asterの系列企業の芸能事務所だ。チャンスが転がっているなら、拾う。自分が何者なのかなんて、売れてから考えればいい。売れるなら何でもやる。それが久世トオルという男の、今のすべてだった。
「それでは改めまして、映画『君が消えた世界はまだ続いている』制作発表記者会見を始めさせていただきます!」
司会の声がして、拍手が弾けた。
久世は背筋を伸ばした。正面には、無数のカメラ。隣には主演の月城律と星凪美夏。そして反対側には、監督の寿志清純。
──自分も、この人たちと同じ場所にいる。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
「まずは原作者のNo.404先生から、一言いただけますでしょうか」
マイクが久世の前に向けられる。
緊張に、心臓が跳ねた。だが、昨日の暁文の言葉を思い出す。
『作品について聞かれたら、こう答える』
久世は記者を見回し、微笑んだ。
他人の書いたシナリオ通りに喋るのは、初めてではない。テレビのお笑い番組で披露するネタの大半は、Studio Asterのライターの考えたものだった。つまり、いつも通りの仕事だ。そう思うと、緊張が解けた。
「この作品は、失ったものを抱えながら、それでも前へ進もうとする人たちの物語です。映画化のお話をいただいたときは、正直驚きました。でも、寿志監督をはじめ、素晴らしいキャストの皆さんに携わっていただけることを、とても嬉しく思っています」
拍手が聞こえる。久世は内心で安堵した。
記者の一人が手を挙げる。
「では、寿志監督に伺います。原作のどの部分に魅力を感じて、映画化を決められたのでしょうか?」
「そうですねえ」
寿志は少し考える素振りを見せた。
先ほど控室でスタッフを怒鳴っていた男と同一人物には見えない。
「やはり、人間の心を丁寧に描いているところでしょうね」
寿志は柔らかな声で答えた。久世はちらりと寿志を見る。
完璧だ。まるで本当に、この作品を深く読み込んでいるように聞こえる。だが久世は、少しだけ違和感を抱いた。寿志の話した内容の多くが、昨日事務所で受け取った資料に書かれていたものとほとんど同じだったからだった。
「主演のお二人に質問です」
今度は美夏と律に記者が質問する。
「お互いの印象を教えてください」
専業プウタ
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「月城さんは、とても誠実な方だと思います」
美夏が答える。律は微笑んだ。
「星凪さんは、芯の強い方ですね。撮影が楽しみです」
再びフラッシュが弾ける。
久世は二人を眺めた。彼らは主演俳優。自分は原作者役。
肩書きだけなら、十分に華やかだ。このまま売れれば──
そのとき、記者が久世に質問を向けた。
「No.404先生は、映画の主演にお二人を選ばれた理由を教えていただけますか?」
久世の喉が鳴った。
ここも、昨日教えられている。
「月城さんには、主人公の持つ静かな強さを感じました。そして星凪さんには──」
一瞬だけ、美夏と目が合った。彼女の瞳は、物憂げで静かだった。久世は少しだけ言葉に詰まりそうになった。だが、笑顔を崩さずに、指導されたとおりに答えた。
「……物語の中にある、儚さと生命力の両方を感じたからです」
美夏がわずかに目を見開いた。
久世には、その理由が分からなかった。
自分が言った言葉ではない。昨日、暁文に教わった言葉だ。だけど、それでいい。原作者として振る舞うことが、自分に与えられた仕事なのだから。
またフラッシュが光った。久世は笑顔を保った。
──売れるなら、何でもやる。
偽物ばかりの言葉の中で、その決意だけが本物だった。
◇
会見が終わると、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。記者たちが退出し、スタッフが機材を片付け始める。さっきまで無数のフラッシュを浴びていたステージも、ただの撮影場所に戻りつつあった。
美夏が控室に戻ろうとしたとき、背後から声がした。
「星凪さん。ちょっといいかな?」
振り返ると、寿志が立っていた。
「……はい」
「映画の内容について、個人的に打ち合わせしたいことがあるんだよね。このあと二人で会えないかなぁ?」
寿志はにやにや笑いながら、美夏の全身を眺めている。その目を見ただけで、彼が何を考えているのか、嫌というほど伝わってくる。
美夏は僅かに身構えた。回帰前の記憶が脳裏をよぎる。
この男と二人きりになってはいけない。美夏はきっぱりと答えた。
「それでしたら、スタッフの方を交えて──」
「……ちょっと! 星凪さん!」
突然、横から声が飛んできた。
黒瀬聖子が二人の話に割り込んできたのだった。
聖子は敵意も露わに言った。
「寿志先生に色目を使わないでくれる?」
「……え?」
美夏は思わず目を瞬いた。まったく心当たりがない。
寿志まで呆気に取られている。
「おいおい。何を言ってるんだ、聖子ちゃん」
「何って、見れば分かるでしょう?」
聖子は美夏を睨みつけた。
「寿志先生を見つけたのは私なんだから。横取りしないでよ!」
美夏は言葉を失った。聖子が何を言っているのか、なぜここまで怒るのか、まったく理解できなかった。だが、美夏以上に驚いていたのは寿志だった。
「彼女は主演女優だよ? 打ち合わせをして何が悪いんだ!」
「そんなの必要ないでしょう?」
聖子の声が一段と大きくなる。
「内容なんて、どうでもいいの。どんな駄作でも、私が宣伝すれば必ずヒットするんだから!」
聖子の声が、楽屋に響いた。
美夏は息を呑んだ。その言葉を、ここで口にするのか。周囲にはスタッフが何人もいるし、壁一枚を隔てた場所には、今も会見関係者が残っているかもしれないのに。
しかし聖子は、自身の失言に気づいていないようだった。
「聖子ちゃん……」
寿志が呆れたように額を押さえる。
常識人を装っているが、自分の態度のおかしさに無自覚な点は彼も同じだった。彼が本当に映画を撮影していたならば、聖子の失言を自作に対する侮辱と受け取っていただろう。しかし寿志は怒らなかった。彼が怒ったのは、美夏に対する下心に水を差されたことだけだった。
美夏は内心で頭を抱えた。こんな場所に突っ立っていれば、どんなトラブルに巻き込まれるか、分かったものではない。かといって下手に逃げ出せば、寿志や聖子にどんな言いがかりをつけられるか──
そのとき、穏やかな声が聞こえた。
「美夏さん、スタッフさんが呼んでますよ」
「え?」
振り返ると、月城律がいた。
律は美夏の手を取ると、自然な動作で歩き出す。美夏は彼に続いた。背中に寿志と聖子の視線を感じる。角を曲がり、二人の姿が見えなくなったところで、美夏は小さく息を吐いた。廊下の先には、誰もいなかった。
律は不思議そうに首を傾げた。
「あれ? おかしいな……聞き間違いだったみたいですね」
そう言って、困ったように笑う。
美夏はすぐにその意図を理解した。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「助けた……? 僕はただ、聞き間違えただけですよ」
律は笑ってそう言った。美夏も微笑んだ。
けれど、胸の奥は落ち着かなかった。自分のせいで、律まで寿志や聖子に目をつけられるかもしれないと思うと、浮かれるわけにはいかなかった。
◇
自宅マンションのドアを閉め、靴を脱ぎ、鞄を置く。寮として貸与されたワンルームの部屋には、必要最低限の家具しかない。華やかな芸能界の舞台裏としては、いささか味気のない場所だった。
疲れた。美夏はソファに座るようにベッドに腰を下ろした。
その直後、スマートフォンが鳴った。画面に表示された名前を見て、美夏の眉が僅かに寄る。母からの着信だった。
「……もしもし」
『美夏!』
聞こえてきたのは、聞き慣れた声。いつも通りの怒鳴り声だった。
『なんで黙ってたの!』
「何が?」
『映画よ! 今日の記者会見! あんな映画に主演するなんて、お母さん、一言も聞いてないじゃない! なんで言わなかったの!』
母の声がさらに大きくなる。
『あんたがちゃんと言わないから、親戚のおばさんたちに教えてあげられなかったじゃない! せっかくテレビに出るんだったら、前もって言ってくれればよかったのに!』
美夏は何も言わなかった。
おめでとう。すごいじゃない。頑張ったわね──そんな言葉は、一つもない。母が気にしているのは、自分が親戚に娘の成功を自慢できたかどうかだけだ。回帰前も、そうだった。どれだけ頑張っても、テレビに出ても、仕事を取っても、母は決して美夏自身を見なかった。『娘を持つ母親として、自分がどれだけ他人より上に立てるか』。母が木にしているのは、ただ、それだけだった。
美夏は深呼吸をしてから、言った。
「……お母さん」
『何?』
「私に成功してほしいなら、お母さんは口を出さないで」
電話の向こうが静かになった。
どれほどの時間が流れただろう。長い沈黙のあと、スマホから低い声が聞こえてきた。
『……それが親に対して言うことか。今まで誰が養成所に通わせてやったと思ってるの! 小さい頃から、どれだけお金をかけてあげたと思ってるのよ!』
堰を切ったように、母の声が荒くなる。
『口答えするなら、今までにかかったお金を全額返せ!』
美夏はスマートフォンを耳から離した。
昔なら、この言葉だけで胸が潰れそうになっただろう。
自分は役立たずなのかもしれない。母が黙ってくれるまで頑張らなければならない。そうやって、無駄に努力した。だけど今は、どうでも良かった。
「……アイドルになりたいなんて、私は一度も言ってない」
それだけ言うと、美夏は通話終了のボタンを押した。続いて電源を切る。
不思議だった。悲しくないわけではない。腹は立つ。悔しい。だけど、以前ほど苦しくはなかった。もう知っているからだ。自分が何をしても、この人は決して満足しない。だから──言いなりになる必要など、最初からなかったのだ。
美夏はスマートフォンをテーブルに置いた。
静まり返った暗い部屋に、時計の音だけが響いていた。