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オフィスの7階から飛び降りた男性はこの世界に戻ってくることはなかった。
それに夜はあの女は居ない。
動くなら今がチャンスだ。
渡邉さんが思い出したように言う。
「そういえばあの黒服女、私はボスって勝手に呼んでるんだけど。ボスの席の後ろの窓から私達がいる棟と同じ様な建物がたくさん見えたよ」
もしかして、その別の棟にも私達と同じくこの世界に迷い込んだ人達が居るのだろうか。
調べてみたい。
私は外に出たくて渡邉さんに聞いた。
「入り口は夜は空いているの?」
「シャッターが閉まってて出られないよ。前に無理やりこじ開けようとした人がいたけど、手榴弾みたいのが飛んできて殺された」
手榴弾…この世界らしい殺し方だ。
三日目にして、人の生死に対する感覚が麻痺してくる自分が怖い。
「その人は次の日は?」
「生きて戻ってきたよ、まだここにいる」
夜でもボスの怒りに触れれば、もしくはこの世界のルールが何だか知らないが違反すれば罰として殺される。
しかし、またこの世界に戻ってくる。
今までに戻ってこなかったのは、この7階から飛び降りた男性だけ。
賭けに出るしか無いか。
「まさかやるの?」
渡邉さんが言う。
私は頷く。
「私は関わって罰受けるの嫌だから知らんぷりしておくね」
渡邉さんらしい。
「夢とは言えさ、殺されるの嫌だもん」
現実世界で人を殺した人の台詞とは思えないが。
「うん、いろいろ教えてくれてありがとう」
「話し相手がいなくなるの寂しいけど。また戻ってきたらお喋りしようね」
「出来れば戻りたくないんだけどね」
私達は笑った。
私はこの世界にきて初めて笑った気がする。
喫煙所から出ると、決心が鈍らないようにと私は急いで窓の方へと向かう。
オフィスに居る何人かが私を見ている。
私は勢いよく窓を開けると、下も見ずそのまま足から飛び降りた。
あっ、この落ちていく感覚。
まるで無重力状態で飛んでいるような感覚。
フワフワと浮きながら静かに静かに下に降りていく。
良かった、怖くはない。
落ちながら夜の闇に月を見つける。
そしてあの巨大な山の溶岩流だけが赤々と夜を照らしている。
そして下を見ると、確かにたくさんの白い建物があった。
私がいた棟と同じような建物が無数にある。
ここは相当巨大な敷地だ。
もともと工場か何かだったのだろうか。
無事に私は階下に着くことができた。
良かった、死んでいない。
あの男性はどうやって逃げたのだろう。
周りは真っ暗で道もよくわからない。
何より広すぎてこの敷地からどうやって外に出ればいいのか。
とりあえず歩き出すと、背後でガンッという大きな音がした。
振り返るとアスファルトの道から煙が出ている。
そこには大きな石が落ちていた。
え、この石が落ちてきた?
私の足のスレスレのところだ。
よく見たらあの活火山、多分富士山だと思われるがさっきよりも灰色の煙が激しく出ている。
他の噴火口からまた噴火が始まったのか。
しかも山はあんなに離れているのに熱い。
ものすごい熱さを感じる。
火砕流だろうか。
すると、山の方から無数の石が飛んでくる。
あれは、噴石…。
恐ろしくて逃げようとしてもあんなにたくさんの石を避けられるわけ無い。
私は隠れられるような場所を探したが棟と棟の間も密接していて、人が入れる隙間など無い。
突然、腹部に強い衝撃を感じた。
見ると噴石が私の体に当たっていた。
床に落ちた噴石は50センチほどはあっただろうか。
その石には血がついているのが見えた。
えっ、と思って自分の腹部を見るとそこから大量の血が流れていた。
その瞬間、痛みが走った。
痛い、痛い!
激痛だ。
瞬間的にお腹をかばったのか、私の右手も手首から先がちぎれて勢いよく出血している。
今までこの世界では、銃で打たれようと痛みを感じることはなかった。
やっぱり、ボスの怒りに触れたのか。
もしかして、あの男性も罰として本当に殺されたのだろうか。
甘かった。
簡単に元の世界には戻れないのか。
もしかしたらこの世界からも追放され今度こそは本当に死ぬのかも知れない。
ぞっとした。恐怖で何も考えられない頭で、とにかく逃げ惑っていた。
またあの噴石に当たったら確実に死ぬ。
こんな時だけ都合が良いが、神様、せめて娘の無事を知るまでは生かしてください。
この世界での苦行にも耐えます。
だから…
そのとき、巨大な噴石が私の顔をめがけて飛んでくるのが見えた。
逃げようがない。
あっ、これは無理だ。もう終わった。
次の瞬間、グシャッという音と衝撃を感じると私の視界は真っ暗になった。
神頼みは無駄に終わった。
そもそも神様が存在するなら、こんな冷酷なことは起こらないだろう。
春奈、あなたにもう一度だけ会いたかった。