テラーノベル
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「おはよ。」
「おはよ〜。」
「…おはよう。」
元貴から罰が下されて今日で1週間。
正直…
キツかった。
まじで!
キツかった。
梅雨時期の元貴は体調が悪いせいか、いつもよりも甘えたになる。
にも関わらず、ハグしか許されないなんて本当に拷問だ。
まぁ、涼ちゃんに乗せられたおれが悪いんだけど…
「んぅ…わかぃー。」
今日も元貴は頭痛を訴えながらおれの腕の中に身体を潜り込ませてくる。
当然、それを拒否する事なく迎え入れはするけど、これでキス出来ないんだからまじで理解出来ない。
「ほら、おいで。」
なんて、カッコつけて言うけど、内心そんな余裕なんて一ミリもない。
触れるだけで熱が移ってくる。
吐息が近い。
あと数センチ。
あと少し顔を傾ければ…。
でも、それも今日で終わり。
本当は【1週間と半分】だけど、もう半分なんて待ってられない。
今日を乗り越えたら、この地獄とはおさらばしてやる…!
そう思うと、たまらなく愛しい重みを抱きしめながら、秒針の音さえ気になってしまう。
朝食を食べて、久しぶりに三人で大学へ向かっていく。
いつも通りたわいもない話をしながら歩く道中もおれは今日で罰を終わらせるという事で頭がいっぱいだったーー
・・・
今日の講義を全て終え、ひとり家路を急ぐ。
急いで帰ったところで時間が早く進む訳じゃないのに、足取りは自然と速くなっていた。
「ただいまー!」
玄関の鍵を開けると、リビングから『おかえりー』と二人の声が重なって返ってくる。
急いで靴を脱いでキッチンの扉を開けると、奥のリビングで元貴と涼ちゃんがPCを開いて何やら作業をしていた。
元貴は相変わらず頭痛がするのか、眉間に皺が寄っている。
「頭痛い?」
そう尋ねると、元貴は『うん、通常運転…』と言って、小さくため息をついた。
思わず、そっとその頭に手を伸ばして撫でる。
すると、元貴は気持ち良さそうに目を細めた。
「レポートやってんの?」
「うん。」
「えらいじゃん。おれもやろうかな…」
撫でる手を止め、リュックからPCを取り出そうとすると、不満そうな顔でおれを見上げる元貴。
『ん?』と首を傾けると、小さな声でぽつり。
「…もう1回して。」
その一言に、心臓が跳ねる。
悶えそうになりながらも『仕方ないなー』なんて強がって、また手を元貴の頭に添えた。
撫でられて満足そうに笑う元貴。
その笑顔が、可愛すぎて。
――キスしたい。
強烈な衝動を押し殺しながら、おれは必死に頭を撫で続けるしかなかった。
・・・
「…若井、めっちゃ時計見るじゃん。」
夕飯を終えて元貴は早々にお風呂へ。
リビングには、おれと涼ちゃんの二人きり。
壁の時計はまだ二十一時を少し回ったところ。
今日が終わるまで、あと三時間。
その三時間が、どうにも長すぎて仕方ない。
何度も何度も視線を時計に向けていたら、涼ちゃんに笑いながら突っ込まれた。
「だって!あと三時間なんだよ!?
なのに全然時間進まないんだって!…てか、涼ちゃんはなんでそんなに余裕そうなの?!」
おれがそう問いかけると、涼ちゃんは『ふっ』と不審な笑みを浮かべた。
「…余裕だと思う?」
低く落とされた声に、背筋がぞわりとする。
その一言で、涼ちゃんも実は限界ぎりぎりなんだって気付いてしまった。
『なんかごめん。』苦笑いしながら、再び時計に視線を投げる。
すると、涼ちゃんが横から小声で突っ込んできた。
「てか、若井。“罰は1週間と半分”じゃなかった〜?」
「…半分は…なかった事にする。」
真顔で返すと、涼ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
「えぇ?!そんな事したら、元貴怒るんじゃない?」
心配そうに言うくせに、その目は“もし出来るならそうしたい”って欲望を隠しきれていない。
おれはニヤッと笑って肩を竦めた。
「いや、なんかイケる気がするんだよね。」
「…それは、幼なじみの感ってやつ?」
「…イエス。」
おれが胸を張って答えると、涼ちゃんは思わず吹き出した。
「うわぁ〜、何とも言えないやつだぁ。」
「うるさいなっ。」
軽口を叩き合ってはみたものの、部屋に流れる沈黙はどこか落ち着かない。
言葉では余裕ぶっていても、二人とも心ここにあらずで――結局、視線は同じ場所に吸い寄せられていた。
壁に掛かった時計の針。
その小さな音が、やけに大きく耳に響いていた。
・・・
「わかいー。薬飲みたい。」
三人ともお風呂に入り終わり、リビングでまったりタイム。
当たり前のようにおれに寄りかかってスマホで動画を見ていた元貴が、少し上目遣いでそう呟いた。
「おけ。」
“自分で取りに行きなよ”なんて、絶対に言わない。
おれは元貴の頭をぽんぽんと撫でると、当たり前かのようにゆっくりとソファーから立ち上がった。
時計の針は、今日が終わるまで残り三分。
無駄に丁寧に薬を切り取り、水を注いで――わざと時間を潰すように、秒針の進みを追いかける。
0時ジャスト。
おれはわざとらしく息を吐いて、ソファーに戻った。
「ごめん、お待たせ。」
「…遅い。」
「はい、口開けて。」
薬を指で押し出すと、元貴が素直に『ん。』と口を開く。
その無防備さに、胸がぐらりと熱を帯びた。
次の瞬間――薬を飲ませる代わりに顎をくいっと持ち上げて、深く、最初から奪うようにその小さく開かれたその唇を塞いだ。
「…?!んっ、んんんぅっ…!」
驚いたように目を見開く元貴。
“やめろ”と言わんばかりに、おれの胸板をポカポカと殴ってくるけど、おれには分かる。
元貴は本気でやめて欲しいと思ってる訳ではない事を。
その証拠に、最初はおれから逃げるように動かしていた舌も、戸惑いながらも徐々に受け入れ始め、殴っていた手は、いつの間にかおれのシャツをぎゅっと握りしめていた。
1週間分のキスを取り戻すように、角度を変えて、何度も何度も唇を重ねる。
たまに漏れる元貴の吐息が可愛くて堪らない。
まだ足りない、まだ埋めきれない――そう思いながら一度唇を離すと、元貴は顔を真っ赤にして目を潤ませていた。
「…ま、まだっ…罰、終わってない…のにっ。」
そう言って、キッと睨まれたけど、涙目のせいで少しも怖くない。
むしろーー
もう一度抱き寄せようとしたその時。
横から伸びてきた手に割り込まれた。
「はいは〜い。次は僕の番っ。 」
涼ちゃんがひょいっと元貴を引き寄せ、頬に手を添える。
おれとのキスで赤く色づいた唇に、何度も触れるだけのキスを繰り返しながら、その柔らかさを確かめるように味わう。
そして――少しずつ深く。
舌を絡めて、今度はゆっくり、じっくりと、元貴の中を独占するように溶け合わせていった。
その後も奪い合うように、代わる代わる元貴に唇を重ね続け、何回目のキスか分からなくなった頃ーー
一瞬の隙をついて、元貴が叫び声を上げた。
「もおおお!二人ともしつこい!!!」
ばっ!と両腕を広げておれと涼ちゃんを引き剥がすと、テーブルの上に忘れ去られていた薬をポイッと口に入れ、ぐびっと水を飲み干す。
そして、そのまま勢いよく立ち上がり、くるっと振り返った元貴は、おれと涼ちゃんの顔を交互に睨んだ。
(…やばい!怒られる!)
心臓がぎゅっと縮こまった瞬間ーー
「…もうっ、遅いよ。」
ぽつりと落とした声に、空気が変わった。
おれは一瞬、耳を疑ったが……確かにそう聞こえた。
視線を横にやると、涼ちゃんも同じように聞き取ったらしく、口を押さえて目をきらきらさせながら元貴を見つめている。
「……元貴、それって――」
もっと早く、キスして欲しかったってこと?
そう口にしかけたところで、元貴がバッとおれを睨みつけた。
「うるさいっ!!!」
顔を真っ赤にして一喝する元貴。
でもその頬の色と震える声は、怒りよりも――別の感情を隠そうとしているようにしか見えなかった。
それはもう、答えを肯定しているのと同じで。
おれはニヤけそうになる口元を、噛み締めてごまかした。
今すぐ抱きしめて、またキスの雨を降らせたい。
けれど、さすがにやりすぎれば本気で怒られる気がして、手を伸ばすのをためらってしまう。
すると元貴はぷいっと顔を背け、そのまま布団へ。
すでに敷かれている布団にちょこんと体育座りして、しばらく動かない。
おれと涼ちゃんは視線を交わし、追いかけていいのか迷う。
その時、布団の上の元貴が、顔だけこちらに向けて――じっと、目を合わせてきた。
そして、一言…
「…おやすみのキスは?」
空気が止まった。
怒っているんじゃない。
むしろ――照れ隠しを無理やり強がりに変えたような声。
おれと涼ちゃんは同時に息を呑み、互いの顔を見て、堪えきれずに笑ってしまう。
元貴のその小さな甘えに、胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに熱くなった。
おれ達は同時に立ち上がり、元貴の元へ。
途中、おれは電気を消して暗がりの中、手探りで元貴の隣に腰を下ろした。
元貴の唇を確かめるように、頬に手を添える。
反対側からは涼ちゃんの気配。
「…はやくっ。」
元貴のその声を合図に、おれと涼ちゃんは顔を近付ける。
唇が触れる寸前、暗闇で涼ちゃんが囁いた。
「…元貴、もう寝るの?」
「…..まだ寝ない。」
その返事がどういう意味を含むのか。
もう、分からないほど元貴はうぶじゃない。
「ふっ。じゃあ、おやすみのキスはもう少しあとだな。」
そう言って、おれは元貴の肩を押し、布団の上に押し倒した。
その後はーー
まあ、その夜…夢にも出てくるくらいには可愛かった…..
とだけ、言っておく。
…ほんと、ずるいくらいに。
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