足でまとい。ずっと後ろを着いて行く不出来な弟、出来損ないで落第寸前。高等部に入ったばかりの頃の彼の印象は、そんなものだった。世間を賑わせた最年少神覚者の唯一である肉親で、日常的に兄と比べられる毎日だったろう。フィン・エイムズに向けられる視線に圧倒的な変化が訪れたのは、世界が平和に落ちてすぐだった。
2年生に進級し、寮部屋の階がいくつか昇る。先輩を見送ってすぐ、ここぞとばかりに局は繁忙期に入った。忙しそうにしている兄と今回は遠くなることなく、偶に仕事を手伝ったり、逆に依頼を受けたりしながら、落ちこぼれだったときからは考えられないくらいに充実した春の日を過ごしている。怪我を負ったとか、壁にめり込んだとか、吐血したとか、泡吐いたとか、ジャーマンスープレックスをくらったとかいう友人を癒しては癒し、泣きながらDIYを続ける生活にもすっかり慣れてしまったようだ。
これでも最終決戦では学生ながら世界に貢献したひとりで、だれひとり欠けても勝てない状況の中で努力を尽くした。目立つのは当たり前といえば当たり前で、それ以上に周りを取り囲む友人のせいでもある。誰もが振り返る英雄様、サーズまで辿り着いた星の神覚者と自戒人の末裔。協力を叫んだ女の子。闘いが全世界に中継されていたので、どこへ行っても有名人だ。顔を知られているからか、街に出るだけで声をかけられる。アイドルのような扱われ方も、ここ1年ですっかり慣れものだ。
そんな春休みも今年で2度目。完全に2本目の痣を使いものにし、日常的にセコンズを駆使できるまでに成長した。医務室の簡易手当なんて目じゃない程の精度と速さ。恐らく現代、回復魔法で彼を上回る者は存在しない。毎日のように増加している賛辞の声と治療の依頼に、目が回りそうだった。アドラ寮の廊下を歩けば、エイムズ先輩〜!バタフライお願いします!とあまりにフランクな下級生からそう懇願されるが、優しいフィン君はすべて応じてくれる。優しい。死にかけ寸前だろうと、最早半分死んでいようと効果を発揮するバタフライサニタテムズをイーストンだけに留まらせるのは勿体ないとどこかから判断され、魔法局で怪我人の治療のため待機するまでになった。そういう場合は大体兄様かシスコンか昨年度神覚者である爆発の神が付き添ってくれているが、最近は酷すぎる頻度にひとりで医療手伝いをすることが定番になる。
「フィン君。今日の授業、なに退治するんだっけ?」
1限が終わって席を立つと、ふと隣から話しかけられた。さっき話にも出た世界の英雄だ。右寄りのセンター分けで整えられた重めの前髪が微かに揺れている。あの頃から変わらない関係性。それは、学園のアイドル(?)になっても同じだ。そしてそんな彼が問うているのは、次の課外授業で行われる退治活動のことだろう。少しだけ憂鬱な気分で、苦笑しながら伝える。
「魔法生物の巨大昆虫退治だよ。3年生になったばかりなのに、厳しいの出すよね」
「そう?フィン君なら簡単じゃないの?」
当然と言わんばかりの声色で返された。曇りのない山吹色の瞳が当人のピュアさを物語っている。
「確かに2本線ではあるけど・・・。僕の魔法、攻撃向きじゃないの知ってるでしょ?白魔導師なの確定だし・・・」
教科書を重ねて抱え直し、自嘲気味にそう言うと、伺うような視線を合わせられすぐさま返事がくる。
「いや、そうじゃなくてさ・・・。確かに”チェンジズ”は攻撃にはあんまり使えないけど、セコンズクラスの魔力はあるんだからそれで基礎魔法放てば、魔法生物くらい余裕で殺れるんじゃ・・・?」
「マッシュ君・・・。いつの間にそんな知恵を・・・?」
「いや、知恵っていうか・・・。やだ、フィン君までランス君みたいになってる」
「呼んだか」
「ヒッ」
「ヒッてなに」
万年赤点だった級友の知能的な成長に感激して思わず目を閉じていると、後ろから声が聞こえて思わず変な声が出た。学生神覚者兼春からの新アドラ寮監督生、我らがランス・クラウンである。ていうかランス君、背伸びたね・・・。大きく見上げる今の姿勢にそう思い至って、かきあげるような髪型の彼と目を合わせる。
「次の課外授業、俺は出席しない。悪いが、監督にでも伝えておいてくれ」
言い捨てるようなその台詞に驚いて聞き返すと、殺さんばかりのギラつきで睨まれた。ひえーっとか細い声を上げ理由の言葉を求めるも、曖昧に濁される。困惑する間もなく、後ろから赤髪が姿を現した。
「おっす!」
「おっす」
「ドット君!」
背後から来てランスを一瞬驚かせた後、遠慮なしに肩に腕を乗せて指さし、にやにやしながら口を開いた。
「俺ら1限一緒だったんだけどよー、さっき昆虫退治だって聞いたとき泣かんばかりの勢いで俺にすがりt」
「黙ってろ」
「痛」
「もう全部言ってたよ・・・」
「証拠隠滅のために俺は魔法局にいる。仕事が煮詰めたとでも伝えとけば大概の教師は怖気付くから大丈夫だ」
「なにも大丈夫じゃねぇんだよなあ」
「ドット君バラせば?同業だし」
「おおそうすっか!神覚者のクラウン君は虫が嫌いなので授業を棄権したと!」
「殺すぞ」
「はぁ!?ンでだよ英雄様のお許し貰ってんだぞ!」
「行こっか、マッシュ君」
「うす」
周囲に生徒がいなかったのが唯一の救いか。馬鹿みたいな原因で喧嘩を始めたふたりだが、今となってはどちらも神覚者で、地獄のような大戦で手を取りあった仲である。杖を構えることなどなく、酷くてもデコピンなのが更に神覚者とは思えないがまあいい。
容姿だとか、個人を取り巻く環境とか、周りからの視線の種類とか、色々と変わったものは沢山あるけれど、癒しの女神はこんな自由な学校生活を噛み締めていた。
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