教室のドアがガラッと開いた。
直後、転校生と思われる生徒が教室に足を踏み入れる。女子だ。長くサラサラとした髪をなびかせ、落ち着いた様子で歩く。…横顔だけでも思わず、「綺麗だ」と、思ってしまった。僕はすっかり、視線を釘付けにされてしまう。みんなも同じなのか、誰も何も言わずに、ただ転校生を見つめている。静かな空間だった。
ようやく口を開いたのは、「彼女」だった。
「……こんにちは。」
おっとりとした口調で、彼女は言った。
「自己紹介、よろしく。」
隣にいた山田先生がそう言うと、彼女はこくりと頷き、口を開いた。
「岡野 千里です。」
「────え?」
岡野……だって?
ドクンッ、と心臓が跳ね上がる。
いやいやまさか、たまたまだろう。だって、そんな、僕が〝殺した〟、「岡野大河」の娘が転校してくるなんて……。そんなアニメやドラマや小説じゃないんだから、そんな事あるはずない。うん。たまたま。たまたま同じ苗字なだけ。僕は必死に僕を説得するも、一瞬で「たまたま」という可能性は潰れた。
「母も父も死んでいるので、親はいません。ちなみに父は人を轢き殺しました。そんな父の娘ですが仲良くしてくれる方はよろしくお願いします。」
クラスの雰囲気が凍りつく。
隣にいた先生までも、顔がひきつっている。
だってふつう、転校初日でこんな自己紹介をする人がいるだろうか。いや、今はそんなことどうだっていい。
彼女の名前は岡野千里(おかのちさと)、父と母は他界、しかも父親は人を轢き殺して死んでいる、だって?こんな偶然あるのか?
いや…偶然なんかじゃない。
彼女は、僕が殺した〝岡野大河〟の娘だ。
僕の勘が、そう言っている気がする。
彼女は先生の指示のもと、僕とは反対側の、廊下側の1番後ろの席に座った。良かった、離れた席で。席まで近くなったら、授業中も、授業どころじゃなくなってしまう。
「え〜それでは、本日から岡野が転校してきたということで…」
山田先生がなにか喋っているが、僕の耳には入ってすらいなかった。視線だけを千里に向けて、彼女をジッ、と見つめていた。
そんな僕の視線に気がついたのだろうか。
「あっ…」
千里と目が合った。
美しい瞳で、思わず見惚れそうになった僕だが、よくよく考えれば、転校生の女子を見つめているただの変態野郎に過ぎない。それに、見つめすぎていてなにか思われちゃ困る。とりあえず、彼女には関わらないようにしないと。僕はニコッ、とぎこちない笑顔を作って、スっと彼女から視線を逸らした。
気まずさより、焦りの方が勝っている。今のでなにか思われただろうか…。
「おいおい!!」
HRが終わるなり、隆雄が振り返って僕に話しかける。
「転校生、めっっっっちゃ可愛くね!?」
目をキラキラさせながら、興奮したように言う。いいなぁ、そんなふうに思うだけで。僕の置かれている状況と交換して欲しいくらいだ。
「岡野千里ちゃん……だっけ?」
「うん、そう言ってたね。」
「メッッチャ可愛いけどさ……。ちょっと変わってるよな?」
「変わってる、って?」
「いや、だってふつう転校初日、しかも自己紹介で『父親は人を轢き殺しました』とか言うか?ふつう。いや、ジョーダンか?」
「冗談じゃないよ…」
「へ?」
「あっ、いや!なんでもない…」
反射的につい本音が出てしまった。
そうだよな…。傍から見れば可愛いっちゃ可愛いけど少し変わったヤツだ。
ていうか、変わったヤツ、で済んだら良いんだけどさ…。
「それと、「岡野」……って、どこかで聞いたことあるような。…なんだっけ?ニュース?お前から聞いたような気もするけど。」
!?
嘘だろ嘘だろ嘘だろ!?
僕が岡野大河の事を隆雄に話しただって!?そんなわけない。絶対に誰にも僕のことは話さないって決めたんだ。隆雄にだって、事故の詳細は一度も伝えたことがない。やっぱりニュース……?新聞?それともやっぱり、僕が伝えてしまったのか?とにかく誤魔化さないと。
「いやぁ。でも岡野なんてそのヘンにいる苗字だしさ…」
「お前知り合い?」
「ししし知り合いだってぇ!?千里と僕が!?そ、そんなわけないだろ!」
「そ、そうか?そんな焦らなくても。」
「お前が僕と岡野が知り合いとか───」
「私がどうかした?」
コメント
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ご高覧頂きありがとうございます! 投稿長らくお待たせ致しました🙏💦 次回投稿も頑張りますので是非読んでください!