1.院瀬見カザノ
「こちら院瀬見、練馬駅付近にてカメムシの悪魔討伐完了。処理を頼む」
無線を手にした女はそう告げ、その場を後にした。
1996年。 世界では「悪魔」の存在が人々の命を脅かしていた。
特定のものや存在、概念などに抱いた「恐怖」から生まれる怪物で、生き物を殺し、街を破壊する。いつ死ぬか分からない状況に怯えながらも人々は今日も生きている。
そんな畏怖の対象である悪魔と、最前線で命を張って戦う者たちがいる。
デビルハンター。その名の通り悪魔を退治することを生業としており、国家から正式に認められている組織だ。
彼女─院瀬見こそ、そのデビルハンターの1人である。
院瀬見は腕時計を見つつ、本部へと戻った。
「戻りました」
勢いよく自分のデスクのイスに座り、大きく伸びをした。
「院瀬見ちゃんお疲れ〜!」
後ろから声をかけられ、院瀬見は振り返る。
声の主は 歳上の同期である姫野。頭に置かれた缶コーヒーを受け取った。
「カメムシの悪魔、銃の悪魔取り込んでた?」
「早川から借りたやつ反応しなかったぜ」
借りたやつ、というのは銃の悪魔の体の一部である銃弾のことだ。
銃の悪魔は、その昔世界中で猛威を振るった強大な悪魔である。現代社会において最強の一角をなすとされる存在であり、全世界から恐れられ、世界中のデビルハンターが追い求めているという。
現在は消息不明で、唯一の手かがりである銃弾を様々な悪魔の体内から見つけ出しては回収している。
取り込んでいればいるほど強く反応するはずだったのだが、カメムシの悪魔からは反応がなかった。
「そっかぁ、残念」
姫野はふくれっ面をした。
「あそうそう、京都のさ、誰だっけ…天童ミチコさん?さっき院瀬見ちゃん宛に電話が来てたよ」
「天童から?」
京都公安に所属する天童は、院瀬見の仲の良い友人である。京都公安と合同での仕事があったとき知り合い、仲良くなった。
院瀬見はすぐさま電話を折り返した。
「天童か?どうした、なんかあったか?」
天童の声は姫野からは聞こえない。だが、かなり仲がいいことは見ているだけでもよく分かる。
「あぁ、その件なら私が調べとく。天童はこないだのアレを調査しといてくれ。あぁ」
しばらく話し込み、院瀬見は電話を切った。
「抱えてる仕事が多いねぇ」
「今日は十分頑張った。もう頑張らない」
「まだ半日あるよ」
2.魔人を捕まえよ
「院瀬見ちゃん、新しい任務だよ」
その日の午後、上司であるマキマに呼ばれた院瀬見は地図の指で示された部分を覗き込んだ。
「この辺りを縄張りにしている悪魔がいるの。捕まえようとしたら逃げられちゃって。院瀬見ちゃん一人で行ってきてくれる?」
「私まだ午前の仕事が残ってるんですけど…」
「院瀬見ちゃん」
「はい」
マキマに逆らうことはできない。院瀬見は渋々任務を引き受けた。
院瀬見は正直、マキマを良いように見ていない。人に指示されるのが嫌いな性分なので上から目線な態度が気に食わないのだ。
「なんでもかんでも押しつけやがって… 仕方ねーけどな…上司だからな」
本部を出たその足で目的地へと向かった。
3.見っけ
「ここか」
人気のない薄暗い森。カラスの群れがバサバサと飛び立っていき、そのせいでなにやら不穏な雰囲気を醸し出している。
「おい悪魔ァ!どーせどっかに隠れてんだろ!さっさと出てこい!こちとらまだ他の仕事が残ってんだ!」
即刻仕事を終わらせたかった院瀬見は森に入って早々、 辺り一面に響くような大声で叫ぶ。
するとその時。
「嗚呼騒がしい。人の縄張りに汚い足で踏み込んでおきながらその態度か」
頭上から声がした。大きな物陰が地面にでき、院瀬見が気づいて咄嗟に避けた瞬間にそれは降りてきた。
カラスだ。人間なんてひと握りにしてしまいそうな大きさのカラスが、真っ黒な目をギョロギョロと動かしながら喋っている。
「威勢が良いなぁ、健康的な若い女は血も肉も新鮮で美味いからな。どうやって食ってやろうか…」
「よく喋るな、カラスはカラスらしくゴミでも食ってろよ」
「無論、普段はゴミのような人間共しか食えん。お前のような質のいい食事は久方ぶりだ。いつぶりだ?たしか最後に若い人間を食ったのは─ァ」
言葉を遮り、院瀬見は自分の顔よりも大きなカラスの悪魔の目を、隠し持っていた小刀で裂いた。
「ア”アアアアァァ!!」
「ベラベラ喋んなうるせーんだよ!さっさと死ね!」
「クソォ…!!愚かな人間ッ…この下等生物めがァ…!!」
カラスは潰れた目からドロドロと紫色の血を流したまま、鋭いクチバシで院瀬見の頭を狙う。
すかさずそれを避け、院瀬見は大きく右手を突き出した。
「ゴースト!!」
ガ!!
地面から勢いよく半透明の細い腕が生えた。カラスは首を締め付けられ、頭から地に引き倒された。クチバシも地面に刺さって身動きが取れなくなっている。
院瀬見は幽霊の悪魔・ゴーストと契約を交わしている。自身の身体の部位と引替えにゴーストの力を利用させてもらうという契約内容だ。
彼女だけでなく、デビルハンターはこうして本来敵である悪魔と契約を交わして力を使い戦う。契約を裏切れば死に至る。そのくらい強固なものなのだ。
「捻り潰せ」
ミチ…ミチ…と鈍い音を立てて、カラスの頭は右に回転していく。カラスが呻き声を上げているのもお構いなしに、ゴーストの両手はカラスの頭を鷲掴みにして回転させている。
ゴキ!!
回転させられる限界まで達したところで、ゴーストは勢いを付けて更に回した。
カラスの悪魔は首をへし折られ、死んだ。
4.カラスの悪魔
「…雑魚だなこいつは」
カラスの心臓を一突きしてトドメをさしたところで、院瀬見は胸ポケットから銃弾を取り出した。銃の悪魔の破片だ。
死んだカラスにかざしてみるも反応はない。
「こちら院瀬見。カラスの悪魔の討伐完了、処理を頼む 」
淡々と仕事をこなし、無線をポケットにしまった院瀬見は森を後にした。
「おっつかれ〜!」
本部に戻ると、姫野が元気よく近づき肩を抱き寄せてきた。
「悪魔強かった? 」
「マキマが私1人に仕事を頼んでくるぐらいには雑魚だったわ」
「え!デビルハンターって単独行動はダメだよね、マキマさんそんなことさせてるの?」
姫野はびっくりした様子で院瀬見を覗き込んだ。
基本的にデビルハンターは危険を伴う仕事であるため、必ず2人で行動しなければならない。そのような2人組の関係を「バディ」と呼ぶ。
「最近バディがメンタル崩壊させて辞めたんだ。新しいバディが出来るまでだから別になんとかなる」
給湯室から持ってきた淹れたてのコーヒーを飲む。 それを聞いて思い出したように姫野は口を開いた。
「そういえば前マキマさんの部屋に通されてる女の子がいたなぁ、スーツが新品だったからもしかしたら新人かも…院瀬見ちゃんの新しいバディになったりして!」
「一から教育しなきゃってことか…」
「今年は新人ちゃんが多いから特に大変だねぇ…そういえば今日もこないだ入った子たちの歓迎会あるんだって!院瀬見ちゃん一緒に行こうよ!」
「お、いいぜ!」
テンポの早い会話について行きつつ、飲みの約束を取りつけた院瀬見はそのおかげで急にやる気が出てきた。
「っしゃあさっさと終わらせてやる!待ってろよ私の酒とタバコ!」
「午前の仕事もまだ残ってるけどね! 」
「クソーー!!!」






