1.新たなる任務
歓迎会から何日か経った。院瀬見カザノは缶コーヒーをプシュッと開け、近くのベンチに座った。
あの後どっさり溜まった報告書をダッシュで提出して歓迎会に向かったが、飲みまくって飲みまくった帰りに姫野がゲロチューをお見舞いする光景が目に入り幻滅した。
多分、やられていたのは噂の電ノコ悪魔だろう。確かデンジとか言ったか。ここまで来るともはやキス魔レベルではない。
「あの癖はなんとかなんなかったのかよ…」
院瀬見は小さく舌打ちをする。正直自分もかなり酔っていたので記憶が薄い。ぶっちゃけ言えば、酔った後にみんなと腕相撲をしたことしか覚えていない。デンジ、パワー、コベニ、荒井、姫野、その他伏や円には勝ち、(姫野はギリだが…)マキマには瞬殺された。早川に至っては互角過ぎて全く動かず、机が割れたのでやめた。
「今度は最初っから行きてぇな…」
院瀬見がぽつりと呟く。
『ザー…ザザ…ッ』
無線が入った。
『公安退魔特異4課に告ぐ。板橋区周辺に悪魔が暴走しているとの通報あり、近くの公安は現場に急行せよ』
了解、とだけ言い、院瀬見は無線を切った。
「”板橋区周辺”ってざっくり過ぎて分かんねぇよ…」
飲み干した缶コーヒーの缶をゴミ箱に投げ捨て、重い足取りで現場へと向かった。
2.記憶
警察官と野次馬がひしめき合っている。恐らく現場はここだろう。
「退魔4課の院瀬見だ。詳しく説明しろ」
院瀬見は警察手帳を見せながら、近くにいた警察官の肩を後ろから掴んだ。
「あ、公安の方ですか?実はこのビルで”記憶の悪魔”…というのが暴れているらしくて…」
「記憶の悪魔だ?」
聞きなれない名前にムッと眉をひそめる。警察官はその姿に似合わず、少々自信なさげに頭をかいた。
「はい…我々も聞いた事ないもので討伐方法が分からず…有識者を応援に呼ぼうと思っていた所だったんです…」
「ふーん…」
話を聞いているのかいないのか、 院瀬見は立ち入り禁止のテープを持ち上げて中に入っていった。
─入ってはみたものの、がらんとしていて悪魔どころかアリ一匹もいない。だがさほど古いビルでもないようだ。テレビやその他置いてある機械はまだ新しい機種のもので、縦長のダンボール箱に挿さった筒状の模造紙は真っ白で、汚れ一つ付いていない。
会社が倒産し、建物だけが残されたのか、はたまた持ち主が急に姿を消したのか…。
「ほんとにいんのか?その記憶って奴…」
院瀬見がため息を吐いたその瞬間に、声はした。
「私ノ領域ニ入ッタモノガイルナ…許サン…」「!?」
姿は見えないのに声が、声だけが聞こえてきた。上から響いているような、重い声。だが上には何もいない。
「私ノ命ヲ奪オウトシテイルノカ…?ア”ァ…怖イ怖イ…」
辺りを見渡した後、よく分からないが、院瀬見はとりあえず返事をした。
「あぁそうだよ…よーく覚えておきな!テメェが見る最期の人間様は!!」
言葉を切り、悪魔に向かって右手を突き出す。
「この私だってなァ!!」
院瀬見の手元からズルリとゴーストの手が出てきた。院瀬見が契約している幽霊の悪魔だ。
手元から離れたゴーストは、そのまま目の前に現れた悪魔の首を絞め殺そうとした。
しかし。
「ソンナ簡単ニ私ヲ殺セルト思ウカ?」
「!?」
ゴーストの動きがすんでのところで止まった。いや、止められたというのが正しいだろうか。
「私ハ銃ノ悪魔ノ肉片ヲ取リ込ンデイル。 オ前ゴトキスグニ殺スコトガデキル…!」
記憶の悪魔はほくそ笑みながら言った。自身の強さを誇示しているのか、絶対に殺されない気でいる。
そんなこともお構いなしに、院瀬見は右手を構え直した。
「へぇ、そうかよ…んじゃあその前にぶっ殺してやるよ!!」
「ヤレルモノナラヤッテミロ…!!院瀬見 カザノ…!!」
3.狼
「…は、なんで私の名前知ってんだよ…」
「私ハ記憶ノ悪魔ダ…特定ノ奴ヲ名前ヲ 呼ブダケデ殺スコトガデキルノダ…」
院瀬見は問答無用で悪魔に飛びかかった。
「ゴースト!捻り潰せ!!」
ゴーストの腕がギュルリと伸び、記憶の悪魔に近づいた。すると、記憶の悪魔が両手を重ね合わせ、パン、と軽く叩いた。
「院瀬見カザノ」
「ゔ…ッ!?」
悪魔には触れていないのに、院瀬見の 右手が吹き飛んだ。
「ヒヒ…ッ…コレデ幽霊ハ使エナイ…」
記憶の悪魔は口元を隠しながらニタニタと笑っている。
「テメェ…何の技を使った…」
「私ハ記憶ノ悪魔ダ…オマエノ動キナンゾスグニワカル…」
記憶の悪魔は再度両手を合わせる。
ビッ!!
途端に、院瀬見の顔に大量の切り傷ができる。
「答えになってねぇんだよ馬鹿が」
滲み出る鮮血を腕で拭いとり、攻撃に出ようとした。そのとき。
「ッ…!!」
記憶の悪魔に首を絞められている。だが院瀬見の首元には何もない。
「ゔ…ッ…ぐぁ…」
払うにも払えない。かと言ってこのまま では死ぬ。
悪魔の顔が、院瀬見の目の前まで近づいてきた。
死を覚悟したその瞬間。
バリィ!!
「!!」
何かの肉が剥がれ落ちる音がした。
建物内にボタボタと血の雨が降る。
落下した院瀬見がゲホゲホと咳き込みながら横を見た。
目の前には狼が立っていた。
「狼…!?」
「すまないね。遅くなった」
そう、院瀬見は幽霊の悪魔の他に狼の悪魔とも契約をしていたのだ。
今や伝説の悪魔と謳われる狼は、瞬く間に記憶の悪魔を食い殺した。
「大丈夫かい?怪我は?」
人間のような流暢な言葉で狼は問いかける。
「右腕が吹き飛んだ。私の右腕を探して くれ」
院瀬見は肘から先が消えた右腕を見せた。
「血の匂いが強いから見つけるのに時間がかかるかもしれない…見つけ次第本部に送るよ」
「いや、突然悪魔が人間の右腕持ってきたら誰だってビビるだろ…私がお前のところに 行くから。それまで待っとけ」
院瀬見は呆れ顔をする。 他の警察官に後処理を頼み、そのまま血が滴る状態で本部に戻った。
4.右腕
「い、いぃ院瀬見先輩…!!?えっえっ… うっうで…腕…!!」
本部に戻った途端、目が合った東山コベニが絶叫した。
「ちょっとー院瀬見ちゃんどうしたのー!?」
流石の姫野も目を丸くした。
「悪魔にやられた。今狼が探してくれてる」
驚く姫野とコベニを尻目に、院瀬見は右腕に包帯を巻いた。
「悪いけど、私はそんな簡単に死ぬようなヒヨコじゃねぇからな」
院瀬見は振り向いて部屋を後にした。
「…ヒヨッコってこと?」
「…?」
姫野が首を傾げ、コベニが横目でそれを 見た。
─午前2時。院瀬見は懐中電灯を持って森へ向かって行くと、昼間にはなかった道ができていた。
「狼、私の腕を返せ」
暗闇の中そう言うと、大きな木の穴から狼の悪魔がズルッと出てきた。
「随分と時間がかかってしまった。繋がるといいが…」
狼はそう言うと、ちぎれたワイシャツが ついたままの右腕を差し出した。院瀬見がそれを傷口に押し付けると、瞬く間に腕がくっついた。
「ここに来たのは…何年ぶりだ…?」
狼が目を細めて呟いた。
あの日を思い出すかのように─。
5.想い出の夜は
何年前のことか。
幼い頃に両親が死に、それからは民間の デビルハンターとして活動していた。
「お前はどうしてデビルハンターになったんだ?」
誰だっただろう…誰かにそう聞かれた。
だから、院瀬見はこう答えた。
「狼の悪魔と契約するためだ」
大勢に笑われた。狼の悪魔なんていないと思われていたから。
だが、院瀬見はその目で見ていた。民間にいたとき、とある任務で死にかけた院瀬見を助けたのは、間違いなく狼だった。
「お前だな、あの時助けてくれたのは」
18歳になり、民間から公安になった頃、ようやく見つけたのだ。
「やぁ、あのときのお嬢ちゃんかい…」
他の悪魔よりも害意がない。狼の悪魔は温厚な性格をしていると古い書物に書いてあった。
「契約を申し出に来た」
「…君はどうして狼の悪魔がいないとされているか知っているかい?」
話を逸らした狼が静かに聞いた。院瀬見は分からず黙っていた。
「私に近づいたものは死んでしまうからなんだよ…言い伝える者もいない。いつしか狼の脅威は薄れ、その存在を忘れられてしまったんだよ…」
狼は俯いた。院瀬見は何も言わず、ただ まっすぐ狼の目を見た。
「仮に契約したとしても、私のことを知る人はあまりいないから、弱いかもしれないよ。君は…私のことが怖くないのかい?」
「弱くてもいい。銃の悪魔を殺す。自らも死ぬ覚悟で入ったんだ、今更怖くねぇよ」
「そうか…」
狼は微笑み、そしてこう言った。
「契約を受けよう」
「あの頃からなーんも変わってねぇのな」
院瀬見はからかうように笑った。夜の闇がが深まる中、狼の大きな体に寄りかかって座り、思い出話をしていた。
「あの頃馬鹿にしてきた奴らに私の証明は したのかい?」
「あぁしたよ、写真を見せた」
「そしたら?」
狼はニヤついた。
「無言で青ざめてやんの!超笑ったわ」
院瀬見が腹を抱えて笑った。狼も笑った。
院瀬見と狼は時間を忘れて喋り続けた─。
6.またね
「元気そうで良かった。またおいで」
どれくらい時間が経っただろう。空が薄く白み始めている…もう夜が明けようとしているのだ。
「あぁ、ありがとな」
院瀬見は他には見せない笑顔を狼に向けた。彼女にとって、狼は言わば家族同然 なのだ。院瀬見は森を出ていった。
出ていった先に─
「早川!?」
同僚の早川アキが立っていた。
「院瀬見、俺の懐中電灯勝手に持ってくな」
「あー、これお前の?いや名前書いてない方が悪くね?」
懐中電灯を早川に返し、2人並んで本部への帰り道を辿った。
「また狼に会ってたのか?」
特異4課で狼の存在を知っているのは今の所早川だけだ。
「未来最高悪魔と会わせてみるか?」
「殺し合いになりそうだからやめろ」
院瀬見の笑い声が小さく響いた。
終
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