テラーノベル
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番人のところを出ると、阿部は目黒を連れて長い廊下を歩いていた。
「今日はもう直帰だから。」
「直帰?」
「うん。明日から研修ね。」
死神になっても。
直帰とか研修とか。
本当に会社みたいだ。
そんなことを思いながら、目黒は阿部についていった。
やがて阿部が、一つの扉の前で止まる。
「ここ。」
「……あべちゃんの部屋?」
「うん。」
阿部が扉を開けた。
そして。
何でもないことのように中へ入る。
「ただいま。」
その瞬間。
目黒は動けなくなった。
「……。」
目の前にあったのは。
見覚えのあるリビングだった。
ソファ。
テーブル。
カーテン。
二人で選んだ家具。
阿部がいつも座っていた場所。
目黒が仕事から帰ると、阿部が振り返ってくれたキッチン。
何もかも。
二人で暮らしていた家、そのものだった。
「……なんで。」
声が震えた。
阿部が振り返る。
「あの家、再現したんだ。」
「……。」
「俺も落ち着く場所欲しくて。」
阿部は少し照れたように笑った。
「やっぱり、ここが一番落ち着いたから。」
その顔を見た瞬間。
目黒の目から涙が溢れた。
「あれ、めめ?」
「……あべちゃん。」
何ヶ月も。
一人で帰っていた家。
扉を開けるたび。
「ただいま」と言っていた。
返事なんてないと分かっているのに。
もしかしたら今日だけは。
『おかえり、めめ』
そう聞こえるんじゃないかと期待して。
何度も絶望した。
なのに今。
阿部がいる。
自分たちの家に。
当たり前みたいに。
「ただいま」って言って。
「……めめ?」
阿部が心配そうに近付いてきた。
目黒はそのまま阿部を抱き締めた。
「あべちゃん……。」
「うん。」
「もう一回言って。」
「何を?」
「さっきの。」
阿部は少し考えて。
意味が分かったのか、目黒の背中へ腕を回した。
「……ただいま、めめ。」
目黒の涙が止まらなくなった。
「……おかえり。」
ずっと。
言いたかった。
あの日。
帰ってこなかった阿部に。
何ヶ月も言えなかった言葉。
「おかえり、あべちゃん……。」
「うん。」
阿部の声も少し震えていた。
「ただいま。」
目黒は何度も阿部を抱き締め直した。
離したら。
またいなくなってしまいそうで。
「もう帰ってきた?」
「帰ってきたよ。」
「本当に?」
「うん。」
阿部が目黒の頬の涙を拭う。
「めめも今日からここに帰ってくるんでしょ?」
「……いいの?」
「俺の助手なんだから。」
阿部は笑った。
「それに、ここ元々二人の家じゃん。」
「……うん。」
「だから。」
阿部は目黒の手を握る。
「おかえり、めめ。」
目黒は泣きながら。
今度はちゃんと笑った。
「……ただいま、あべちゃん。」
生きていた頃。
何百回も交わしていた。
なんでもない挨拶。
失って初めて。
それがどれほど幸せな言葉だったのか知った。
そして今日から。
二人はまた。
同じ場所へ帰ってくる。
「ただいま」と「おかえり」を、もう一度繰り返せる日々が始まった。
___________
しばらくして。
目黒と阿部は、懐かしいソファに並んで座っていた。
生きていた頃と同じ場所。
目黒は隣にいる阿部を何度も見てしまう。
本当にいる。
触れれば、ちゃんとそこにいる。
「あべちゃん。」
「ん?」
「聞いてもいい?」
「いいよ。」
「……どうして死神になったの?」
阿部の表情が、少しだけ変わった。
「俺?」
「うん。」
番人から聞いた話では、死神になれば転生できない。
それほど大きな選択を。
阿部は目黒よりずっと前にしていた。
阿部はしばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「……俺を迎えに来た死神が、許せなかったから。」
「え?」
「俺が死んだ時に来た人。」
阿部は膝の上で手を組んだ。
「俺、あの時すごく怖かった。」
突然終わった人生。
もう目黒に会えないこと。
二人の家へ帰れないこと。
それなのに。
迎えに来た死神は淡々としていた。
『寿命ですから』
『もう戻れません』
『諦めてください』
「間違ったことは言ってないんだよ。」
阿部は寂しそうに笑った。
「俺が死んだのは事実だし、戻れないのも事実だった。」
「でも……。」
「あの時の俺には、正しい説明より、一緒に悲しんでくれる人が欲しかった。」
目黒は黙って聞いていた。
「だから思ったの。」
阿部が自分の手を見る。
「死ぬ人が最後に会う相手が死神なら、もう少し優しくてもいいんじゃないかなって。」
まだ生きたい人。
大切な人を残してきた人。
怖くて動けない人。
「そういう人の話をちゃんと聞ける死神になりたいって思った。」
「……それで死神になったの?」
「うん。」
阿部らしい。
目黒はそう思った。
自分が辛かったから。
次の誰かには同じ思いをさせたくない。
そう考えて。
転生まで手放した。
「それにね。」
阿部が続ける。
「俺、めめを待つつもりなかったんだよ。」
「……え?」
目黒が阿部を見る。
「俺が死んだ時、めめまだ若かったじゃん。」
「うん。」
「だから。」
阿部は少しだけ笑った。
「めめはいつか、新しい人を見つけると思ってた。」
「……。」
「俺のこと忘れなくてもいい。」
「でも少しずつ元気になって。」
「また誰かを好きになって。」
「その人と一緒に暮らして。」
阿部の声が少し震える。
「今度こそ結婚して、幸せになるって信じてた。」
「……あべちゃん。」
「だから俺、死神になれたんだよ。」
目黒の胸が痛くなった。
「めめがちゃんと生きて幸せになってくれるなら、俺は俺でこっちで頑張ろうって。」
「……。」
「何十年後かにめめが寿命を迎えても、その時には俺じゃない誰かを一番大切にしてるかもしれない。」
それでいいと思っていた。
「その方が嬉しかった。」
阿部が笑おうとする。
でも。
少し失敗した。
「なのに。」
目黒の目に涙が溜まる。
「俺、あべちゃんのところ来ちゃった。」
「……来ちゃったね。」
「ごめん。」
「それはまだ怒ってる。」
「……うん。」
「めめには生きててほしかった。」
阿部の目にも涙が滲んだ。
「俺の分までなんて言わないけど……ちゃんとめめの人生を生きてほしかった。」
「……無理だった。」
目黒は俯いた。
「新しい人なんて考えられなかった。」
「うん。」
「あべちゃんじゃないと嫌だった。」
「……。」
「俺の家族になってほしかったのも。」
「一緒に年取ってほしかったのも。」
「全部あべちゃんだった。」
阿部は何も言わず。
目黒の手を握った。
「……ばか。」
「うん。」
「俺、めめが幸せになるって信じて死神になったのに。」
「ごめん。」
「だから謝らないで。」
阿部は目黒の肩へ頭を預けた。
「もう来ちゃったんだから。」
「……うん。」
「しかも死神になるって言って聞かないし。」
「あべちゃん一人にできないから。」
「俺、結構楽しく働いてたよ?」
「ホワイト企業にまでしたもんね。」
「そうそう。」
二人が小さく笑う。
しばらくして。
目黒も阿部へ身体を寄せた。
「あべちゃん。」
「何?」
「俺、幸せになれなかったわけじゃないよ。」
「……え?」
「今、幸せ。」
阿部が顔を上げる。
「またあべちゃんの隣にいられるから。」
「……。」
「だから今度は、二人で幸せになろう。」
阿部は少し困ったように笑って。
目黒の手を握り直した。
「……仕方ないなぁ。」
「うん。」
「じゃあ、明日からちゃんと研修受けてね。」
「そこ?」
「俺の助手になるんでしょ?」
「なります。」
「厳しくするからね。」
「大丈夫。」
目黒は阿部の肩を抱き寄せた。
「先生があべちゃんなら。」
「……そういうこと言っても贔屓しないから。」
そう言いながら。
阿部は離れなかった。
阿部は目黒を待つために死神になったわけではなかった。
目黒が自分のいない人生でも、いつか幸せになると信じていたからこそ選んだ道だった。
その願いだけは叶わなかったけれど。
二人は思いがけない場所で。
もう一度、同じ未来を選び直すことになった。
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おはようございます☀ 普通死神は怖いイメージだけど 微笑ましいホワイト企業だね。 元の場所ではないにしても2人の場所に帰り 「おかえり」「ただいま」が言えるのは良いですね。続き待ってます♪
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kaede🍁
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