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kaede🍁
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研修初日。
目黒は阿部に連れられ、研修室へ入った。
てっきり大勢の新人がいるのだと思っていた。
けれど。
誰もいない。
「あべちゃん、他の人は?」
「いないよ。」
「今日、俺だけ?」
「うん。」
阿部は当たり前のように資料を置いた。
「死神になりたい人なんて、いないから。」
転生を捨ててまで。
死と向き合い続ける仕事を選ぶ。
そんな人は滅多にいない。
目黒は改めて、自分が選んだものの重さを感じた。
___________
研修は想像していたよりずっと苦しかった。
最初は阿部の後ろについて、実際の仕事を見ることから始まった。
寿命を迎えた人のもとへ行く。
穏やかに受け入れる人ばかりではなかった。
「嫌だ。」
まだ幼い子供がいるから。
「まだ死ねない。」
家族と約束したことがあるから。
「明日やりたいことがあったの。」
自分が死んだことを理解できず、泣き続ける人もいた。
目黒は聞いているだけで胸が苦しくなった。
けれど阿部は決して急かさなかった。
「そうだよね。」
「まだ一緒にいたかったよね。」
相手の隣に座って。
何度でも話を聞いた。
死を突きつけるのではなく。
その人自身が少しずつ受け入れられるまで、待っていた。
「怖くても大丈夫。」
阿部が手を差し出す。
「俺が一緒に行くから。」
長い時間をかけて。
ようやくその手が握られる。
光の向こうへ消えていく魂を見届けたあと。
目黒の頬には涙が流れていた。
「……辛いね。」
「うん。」
阿部が目黒の涙を指で拭う。
「辛いよ。」
「毎日これやってたの?」
「毎日じゃないよ。ちゃんと休み作ったから。」
阿部は少し笑う。
でも。
その目は寂しかった。
もちろん。
全員を救えるわけではなかった。
何度説得しても。
阿部の手を振り払う人もいる。
家族から離れられず。
現世へ残ってしまう。
「……あべちゃん。」
「うん。」
「行っちゃった。」
「……うん。」
魂は。
幽霊となって彷徨い始める。
その背中を見ることしかできなかった。
「追わなくていいの?」
「追うよ。」
阿部は静かに答えた。
「でも今は、何言っても届かない。」
時間を置いて。
もう一度会いに行く。
それも死神の仕事だった。
彷徨う魂の説得は。
もっと辛かった。
何年も。
自分の家に帰り続けている人。
もう誰も住んでいない部屋で。
家族を待っている人。
「……帰ってくるから。」
そう繰り返す魂に。
阿部は優しく声をかける。
「もう、待たなくていいんだよ。」
「でも、ここが俺の家なんだ。」
「家族が帰ってくるんだ。」
目黒は聞いていられなくなった。
自分も。
阿部のいない家で。
帰ってくるはずのない人を待っていたから。
涙が落ちる。
すると。
隣にいた阿部が、そっと拭ってくれた。
「めめ。」
「……ごめん。」
「泣いていいよ。」
「研修なのに。」
「死神だからって、慣れる必要ないから。」
阿部は優しく笑った。
「悲しいって思える方が、きっとこの仕事には大事だから。」
その言葉を。
目黒はずっと覚えていた。
___________
研修最後の日。
阿部は少し離れた場所に立っていた。
今日は。
目黒一人で魂を導く。
目の前にいたのは。
死を受け入れられず、泣いている人だった。
「まだ死にたくない。」
目黒はその人の前に座った。
以前なら。
何を言えばいいのか分からなかった。
でも今は。
少しだけ分かる。
目黒は静かに言った。
「無理に納得しなくていいです。」
相手が顔を上げる。
「大切な人と離れるの、怖いですよね。」
「……。」
「俺、大切な人を忘れられずに死んじゃったから。」
少し違うけれど。
その痛みなら知っていた。
目黒は何度も話を聞いた。
急かさなかった。
阿部がそうしていたように。
ただ。
隣にいた。
長い時間が過ぎて。
ようやく。
相手が目黒の手を握った。
「……一緒に来てくれる?」
「はい。」
目黒は笑った。
「天国まで送ります。」
そして。
光の中へ。
一緒に歩いていった。
___________
戻ってくると。
阿部が待っていた。
「あべちゃん。」
「……うん。」
阿部の目に。
涙が溜まっていた。
「どうだった?」
「合格。」
「本当?」
「うん。」
阿部は笑って。
目黒を抱き締めた。
「よく頑張ったね。」
「……ありがとう。」
「めめ、優しい死神になれるよ。」
その言葉に。
目黒も阿部を抱き締め返した。
___________
目黒を死神にしてしまった。
阿部はずっと。
心のどこかでそう思っていた。
自分に会いたいと言ってくれたことは嬉しかった。
ずっと一緒にいたいと言われたことも。
本当は嬉しくて仕方なかった。
それでも。
目黒から転生する未来を奪ったのは、自分なのではないか。
そんな罪悪感が消えなかった。
でも。
今日。
泣いている魂の隣に座り。
最後まで話を聞き。
自分の手で天国へ導いた目黒を見て。
ほんの少しだけ。
その気持ちが変わった。
きっとこれから。
目黒だから救える魂がある。
「めめ。」
「何?」
阿部は目黒の頬に残っていた涙を。
いつものように優しく拭った。
「死神になってくれて、ありがとう。」
目黒は少し驚いてから。
柔らかく笑った。
「うん。」
研修最終日。
阿部は初めて。
目黒を死神にしたことを、
ほんの少しだけ、後悔しなくてもいいのかもしれないと思えた。
コメント
1件
うわあ……この話、めちゃくちゃ沁みました。死神の仕事って実は「寄り添う」ことなんだなって、阿部さんのやり方を見てて気付かされました。研修で泣きながらも一人で魂を送り届けた目黒くんの成長が眩しいし、ずっと罪悪感を抱えてた阿部さんが「ありがとう」って言えた瞬間、私も涙腺緩みました。優しさが連鎖していく話、大好きです。