テラーノベル
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月曜日 朝練真琴がアキの手をぺちんと払って、マウンドに向かって歩き出した直後。
翼はベンチの近くでストレッチをしながら、
不思議そうに首を傾げていた。
「真琴くん、なんか顔赤いよね……風邪かな?
昨日試合で無理しすぎたのかも」
タクは翼の隣でグローブをはめながら、
小さく笑いを堪えていた。
(……翼、お前は本当に……)
タクはチラッとマウンドの方を見た。
真琴がアキと並んで軽くランニングを始めている。
真琴は明らかにアキの顔を直視できず、
視線を地面に落としたまま、耳まで真っ赤だ。
タクは心の中でニヤリとした。
(ああ……真琴、完全に落ちたな)
アキは相変わらず天然で、
真琴の横を歩きながら明るく話しかけている。
「真琴、肩の調子どう? 今日は軽めに投げようぜ」
「……う、うん」
真琴の声が明らかに上ずっている。
アキが近づくたびに、体がビクッと反応しているのが、
遠くからでも丸わかりだった。
翼はまだ全く気づいていない。
「アキくん、今日も真琴くんのフォローよろしくね!
真琴くんも、具合悪かったらすぐ言って!」
タクは翼の頭を優しく撫でながら、
心の中で呟いた。
(……お前は本当に、恋愛音痴だな)
翼はタクの手を気にも留めず、
キラキラした目でグラウンドを見回して言った。
「みんな今日も元気だね!
練習試合の勝ちが効いてるのかな♪」
タクはもう、笑いを堪えるのに必死だった。
(ピンクの空間が丸見えなのに……
お前だけ気づいてないなんて、罪深いぞ、翼)
一方、マウンドでは——
アキが真琴の肩に軽く手を置いた瞬間、
真琴がビクッと跳ねて、
慌てて一歩離れた。
アキ「……?」
真琴「な、なんでもない!」
タクは遠くからその様子を見て、
小さく息を吐いた。
(真琴……お前も大変だな)
翼は相変わらず、
「みんな仲いいね〜!」と微笑んでいる。
タクは翼の横顔を見ながら、
心の中でそっと誓った。
(……俺は、お前が気づくまで、ちゃんと待つから)
月曜日 朝練後 ベンチ
朝練が終わって、みんながグラウンドの片付けを始めた頃。
真琴はベンチの端に腰を下ろし、
スパイクの底についた土を、
無意識に強く拭っていた。
(……何してんだ、俺)
アキに調子を崩されっぱなしだった。
朝からずっと。
ほっぺをむにゅっとされた感触が、まだ残っている。
声をかけるたびに心臓が跳ねて、
視線を合わせられなくて、
グローブを持つ手が震えて……。
こんなはずじゃなかった。
ただ、バッテリーを組むだけだったのに。
なんでこんなに……。
スパイクを拭く力が、どんどん強くなる。
そこへ、静かに足音が近づいてきた。
「真琴」
顔を上げると、タクが立っていた。
いつものクールな表情だけど、
今日は少しだけ、柔らかい目をしている。
真琴は慌ててスパイクから視線を外した。
「……なんだよ」
タクは真琴の隣に腰を下ろし、
前を向いたまま、静かに言った。
「俺も、真琴と同じだ」
真琴の動きが止まった。
ゆっくり顔を上げると、
タクは真剣な横顔で、遠くのグラウンドを見つめていた。
「……同じ?」
タクは小さく頷いた。
「俺はそいつのために、この野球部に来た」
その瞬間、真琴はすべてを悟った。
(……翼か)
胸の奥が、ズキンと痛んだ。
タクも同じだったんだ。
ずっと、誰にも言えずに、
3年間も我慢して……。
真琴は何も言えなくなった。
タクは淡々と、でも優しく続けた。
「おれが言えた話じゃないけど……
言わないと手に入んねーんじゃね?」
真琴は唇を噛んだ。
「……何言ってんだよ」
タクは小さく笑って、
肩をすくめた。
「別に、独り言」
「……あっそ」
短い沈黙のあと、
タクがもう一度、静かに言った。
「俺に協力できることがあったら言って。
アイツ(アキ)、誰かさん程(翼)じゃないけど……
鈍いよ」
真琴は思わず吹き出しそうになった。
でも、すぐに顔を伏せて、
小さな声で呟いた。
「……うるさい。わかってる」
タクはそれ以上何も言わず、
ただ真琴の肩を軽く叩いて立ち上がった。
「じゃあな」
去り際、タクは一度だけ振り返って、
小さく笑った。
真琴はベンチに残り、
スパイクを拭く手を止めて、
自分の胸に手を当てた。
(……同じ、なんだ)
胸の痛みが、少しだけ、
温かいものに変わった気がした。
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