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花火を見る前から健康を取り戻していたアネモネだったけれど、居候先には過保護な大人が二人もいるせいで、なかなか外出が認めてもらえなかった。
さすがにベッドに縛り付けられることはなかったけれど、やれもっと食べろだの、やれもっと休めだの、顔を会わせればそんな小言ばかり言われ、アネモネは行き過ぎた優しさは、時として重いということを身を持って知った。
でも、言われるがまま、おとなしく従った。心配されるのはくすぐったくて、何もできない子供に戻ってしまいそうで怖かったけれど、嫌ではなかった。
季節はもう秋だ。ソレールの家に厄介になったのは、夏の初め。
預かりものの想いと記憶は腐らないとはいえ、これ以上、ずるずるここに居ることはできない。どんな形であれ、そろそろ幕引きをしなければならない。
──祭りの余韻が消えた10日後。
秋晴れの青空の下、アネモネはミルラが貸してくれたライトブラウンのドレスに身を包み、己が生まれた屋敷の前に立っている。
もう一度、義理の妹に会えるかどうかは賭けだった。会えなくてもいいし、会えたらそれで。そんな運を天に任せるような感じで、アネモネはぼんやりと屋敷を見つめている。
秋の伯爵邸の庭には、華やかなダリアが太陽の下で美しく咲いている。
アネモネは門の外からそれをじっと見つめる。花壇の位置は記憶とは随分違っていたが、バラのアーチは見覚えがあった。
名も覚えていないメイドとかくれんぼをした記憶が蘇り、アネモネは複雑な気持ちになって慌てて目を逸らす。そのとき、
「……あ」
アネモネは、小さく声を上げた。屋敷と街道の境目に、おまけのように植えられた花に釘付けとなった。
夏から秋にかけて、地面から花芽を真っ直ぐに伸ばして開花するその花の名は──リコリス。かつて伯爵令嬢だったアネモネに与えられていた名だった。
「そこのお嬢さん、お花が気になりますか?」
しゃがみ込んでじっと朱色に咲くリコリスを見つめていたら、不意に声が降ってきた。
驚いて顔を上げれば、麦わら帽子に長靴を履いた老人がいた。
「ごめんなさい、勝手に……」
「いやいや、綺麗な色でしょう?良かったらお摘みしますよ」
「あ、や、いいえ」
立ち上がって2歩後退するアネモネを、老人は引き留める。
「この花、私は大好きなんです。でも花壇に植えるのには相応しくないので、奥様に許可を得てここに植えさせてもらっているんですよ」
「そうなんですか。……優しい……お、奥様なんですね」
「ええ。とても」
にっこりと笑う老人は、昔々、継母から折檻を受けるアネモネを見るに見かねて、止めに入ってくれた庭師だった。
いつまでも泣き止まないアネモネの背をずっとさすってくれながら、「あの人は人の仮面をかぶった悪魔だ」と呟いた言葉がインパクト絶大だったから間違いない。
でも、今、にこにこと笑う庭師から紡がれる言葉には、嘘の匂いはしない。
(…… そっか、そっか。良かった、良かった)
自然と笑みが零れたと同時に、立派な門が開く。カラカラと車輪の音を立てて、2頭立ての馬車が屋敷から外へと出ようとしていた。
その馬車の窓には、義理の妹の姿が映っていた。