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(暇過ぎる……)
リディアは朝食後、部屋に戻り適当に部屋に設置されていた本を読んでいた。だが普段リディアが読む分類のものではなく、小難しい勉学書などだった……。多分マリウスの趣味だろう。
退屈しない様にと多分気を利かせ置かれていたのだと思うが……なんて言うか、以前も思ったが女心をまるで分かっていない。
暗号の様な言葉の綴られた本を開きながら、そんな風に思い苦笑した。頑張って読もうと試みたが、やはり自分には無理だ。秒で本を閉じそっと棚に戻した。
カップに手を伸ばし口を付けるが、空だった。侍女は少し前に出て行ったきりだ。
本当に手持ち無沙汰になってしまった……。
マリウスが戻るまでは勝手に帰る事も出来ない。ため息しか出ない。
リディアが離宮の廊下をふらふらと歩く事暫し。
お茶のお代わりを貰おうと侍女を探しに部屋を出たのはいいが……これはまさか。
「完全に迷子だわ」
甘かった……。離宮と言えど、想像以上に広がった。
リディアが侍女を中々見つける事が出来ずに諦めて一旦引き返そうと踵を返した時には、既に戻り方が分からなくなってしまっていた。
何処もかしこも同じ様な造りでリディアには、判断がつかない。何度角を曲がったのかどの方角から来たのかも、最早定かではない。
始めは冷静だったが、さ迷い続ける内に次第に焦り出す。真昼間だと言うのに人の姿もなく、静まり返っているのも不気味だった。
(このままでは、離宮の廊下で野垂れ死ぬかも知れない……)
「そんなの嫌‼︎」
リディアが自分の情けなさに叫んだ時、目が合った。それは人ではなく肖像画だった。
「これは……だれ……」
綺麗な人だ。リディアは肖像画を食い入る様に見遣る。
まるで生きている様に鮮明描かれている。整った顔立、真っ白な陶器の様な肌、意志の強さが伝わる強い瞳、それと……。
「私と、同じ色……」
燃える様な赤毛。
この国では割合珍しい色とされている。
「美しい人だよね」
「⁉︎」
背後から突然声を掛けられ心臓が跳ねた。絵に気を取られておりまるで気配に気付かなかった。
「私もこの絵は気に入っているんだ。二番目にね」
「王太子殿下……」
小柄で細身、凛々しい顔つきではあるが何処か頼りなさを感じる雰囲気を感じる。
彼はこの国の王太子のセドリックだ。
「マリウスが君を離宮に連れ込んだって聞いてね。気になって来てみたんだ」
連れ込んだと言い回しに、リディアは口元が引き攣った。余り気分のいい表現ではない。
「そう、なんですか……」
ようやく人と出会す事が出来たのに、まさかの王太子とは……。
正直リディアは彼が苦手だ。無意識に顔が引き攣ってしまう。
「先程、二番目と言った理由を聞きたい?」
「い、いえ別に……」
思わず本音が出そうになる。慌てて口を塞いだ。興味は皆無だった。だが曲がりなりにも相手は王太子だ、流石にまずい……。
「そうか。そんなに興味があるなら聞かせてあげよう」
「……」
マリウスもだが、兄弟揃って人の話を聞いていないのは相変わらずの様だ。一見すると余り似ていない二人だが、こういう所はやはり兄弟だと痛感する。
「一番は言うまでもなく母上の肖像画だからだ!」
「……デスヨネ」
(知ってました)
答えを聞く前からリディアは分かっていた。
それは彼の正体が超絶母至上主義なのだ。苦手な理由の一つがそこにもある。
「まあ、母上の美しさは絵などでは表現しきれないがな。あの陶器の様に透ける美しい肌や、絹の様に繊細な髪質に黄金に光り輝く髪色。声は小鳥の囀りの如く……まさに、この世に舞い降りた女神‼︎」
「……」
確かに王妃のクロディルドは、綺麗な女性だ。それは否定しない。だが! 息子である彼がこんな風に絶賛すると全身に鳥肌が立つ。正直かなり気持ちが悪い……とは口が裂けても言えないが。
「あーの……。それでこちらの肖像画の方は何方なんですか」
このままでは延々と彼の如何に母上が素晴らしいかを聞かされる事になる。そうはさせまいとリディアは話をぶった切る。
「ん、あぁ。この女性はこの国の初代女王だよ」
大好きな母の話を中断されたセドリックは、つまらなそうにそう吐き捨てた。
「この方が……」
リディアは肖像画を改めて凝視する。
この国の初代王は女性だった。遥か昔には女性が王の座に就いていた時代が存在した。だが近年は男性ばかりが王の座に就き、次第にそれが当たり前になっている。だが今でも女性が王になれないという決まりはない。それでも時代がそうさせているのだろう。セドリックやマリウスには女の兄弟姉妹はいないが、仮に二人に姉がいた所で現状から考えてセドリックが王太子となり後に国王になるのは目に見えている。そう考えると、なんとなく複雑な気分になった。
「所でリディア。もしかして君、マリウスとそういう関係じゃないよね」
「そういうとは?」
意味が分からず首を傾げる。
「だから、閨を共にする仲なのかって言う意味だよ」
唐突に不躾な質問をしてくるセドリックにリディアは引いた。いや、先程から引いてはいるのだが……流石にこれはあり得ない。
「ち、違います‼︎ あり得ません‼︎ 私とマリウス殿下がなんてそんな……マリウス殿下に失礼です!」
きっと今自分は熟しきったトマトより真っ赤になっているだろう。
リディアは反論する。
「ふ~ん、そうか。で、君は生娘なの?」
「っ⁉︎」
「ほら以前婚約者いただろう」
声も出ない程驚いた。恥ずかしさに身体が震えさえする。
「母上が、君と結婚しなさいって言うからさ。だから一応確認しないとと思ったんだよ」
「……」
放心状態になり頭がくらくらしてきた。こんな真昼間から人はいないが、こんな場所で話す内容では断じてない。
「まあ、生娘じゃなくても大丈夫だよ。母上が君との婚姻を望むなら私はそうするまでだから。でもやっぱり気にはなるだろう。答えないなら今此処で確かめようか」
そう言いながら彼の手が伸びてきた。リディアは身体をびくりと震わせた。だが恐怖で動けない。
「っ……」
リディアにセドリックの手が触れる直前、手が止まった。その理由は、彼の手を掴んだからだ。
「兄上、何をなさっているんですか」
「マリウス」