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ディオンへの気持ちを忘れると決めてから、数ヶ月。
リディアは兄とは殆ど顔を合わせていなかった。意図的にというのもあるが、どちらかと言えば元に戻ったに過ぎない。
相変わらず兄は多忙で、朝は早く出掛けて夜は遅くに帰宅する。休みもないようなもので、たまの休みは執務室に朝から晩まで篭りっきりだった。
ーー正直に言えば、寂しくて恋しい……。
だが寧ろこれで良かったのかも知れない。少し前の様に頻繁に顔を合わせたり、戯れ合ったりしていたら、きっと何時迄も経ってもディオンへの想いを捨て切れないだろう。
「これで、良いのよ……」
まるで自分に言い聞かせるように、独り言つ。もう何度同じ言葉を繰り返したか忘れた。
人ってどうしてこんなに噂話が好きなのだろう。
リディアは悶々としながら菓子を摘む。
「でね、その女性余り良い噂がなくて……色んな男性と関係が合ってね、次から次に男性を取っ替え引っ替えしてて」
シルヴィが熱心に語っているのは、ここの所社交界で話題になっている噂話だ。リディアは普段なら余り噂話には興味を持たない性格だが、今回ばかりはシルヴィの話に聞き耳を立てる。何故なら噂話の中心人物が兄であるディオンだからだ。
これまで浮ついた話一つ無かったディオン故、普通の噂よりも拍車が掛かり尾びれ目びれがつき様々な憶測を呼んでいる。
どうやら詳しく話を聞くと、以前の夜会で出会したあの女性の様だ。
「確かに結構美人らしくて、胸もこ~んなに大きいらしいのよ。でもねぇ……。やっぱり男性は大きい方がいいのかしら? ねぇ、そうなの?」
シルヴィが話を振った相手は、頗る気まずそうな顔をした。実は今日のお昼休憩にはもう一人姿があった。
「え、あ、僕ですか⁉︎」
「貴方しかいないでしょう」
「いや、僕は別に大きいとかそんなのは……」
シルヴィの気迫に押されながら、少年は困り果てていた。
彼は白騎士団二番隊副長で、名はフレッド。最近シルヴィが事あるごとに引っ張って来る少年だ。リディアは詳しくは知らないが、実は彼エクトルの遠縁らしい。
「もう、はっきりしてよ。男でしょう」
「す、すみません! 大きい方が好きです‼︎」
「最っ低」
「そ、そんな……」
シルヴィの理不尽な態度に、フレッドは項垂れた。
フレッドはリディアよりも一つ歳下だ。人柄もあるだろうが、時折些か頼りなさを感じる。
「それにしても、本当にリディアちゃんのお兄様。そんな方と結婚されるおつもりかしら?」
「……どうだろう。私には分からないけど」
実際最近顔すら合わせていない故、直接確かめる事は出来ない。それに出来たとしても、聞く勇気など自分は持ち合わせていない。
リディアは、未だ兄への想いを断ち切る事が出来ずにいる。時間が解決してくれる、そんな風に投げやりに考えていたがまるでダメだった。
会えなくなってから、余計に恋しくて仕方がない。ディオンと例の女性との噂話をシルヴィから聞かされた時は、怒りの様な悲しみの様な何とも言い知れぬ感情に襲われた。
ーー所謂これが嫉妬と言うものだろう。
「そう。でもリディアちゃんのお兄様ならそんな女性わざわざ選ばなくとも、引くて数多でしょう? 理解し難いわ……。もし噂が事実なら絶対騙されてるに違いないわね」
あの兄が騙されるような器ではない気もするが、俗に言う、恋は盲目と言うやつだろうか……。
莫迦だなぁと思う反面、羨ましいと思ってしまう。あの女性に限らず、自分以外の女性達全てが羨ましい……。
(どうして私は、ディオンと兄妹なのだろう……。どうしてディオンが兄で自分が妹なのだろう……。もしも、兄妹じゃなかったらディオンは私を好きになってくれただろうか……?)
下らない空言ばかりが頭の中で浮かんでは消えていく。
「あの、噂話と言えばもう一つの方は本当なんですか」
不意にフレッドがリディアに尋ねてくる。リディアは何の話か分からず首を傾げた。
「もう一つ?」
「はい、あのっ……痛っ‼︎」
フレッドが話そうとした瞬間、シルヴィがフレッドの足を思いっきり踏んだ。その事にリディアは目を見張る。まさかシルヴィがそんな事をするなんて……。
「シルヴィ嬢、何するんですか⁉︎」
少し涙目になりながらフレッドは抗議の声を上げるが、シルヴィはそれを完全に無視すると徐に立ち上がった。
「リディアちゃん、そろそろ戻りましょう? 休憩時間終わっちゃうわ」
「え、うん」
まだ早い気もするが、シルヴィがそう言うならとリディアも席を立つ。
「では、フレッドさん。ご機嫌よう」
シルヴィは白々しい笑みを向けてから踵を返した。
一人その場に取り残されたフレッドは、戸惑いながらこちらを見ていたが、リディアはシルヴィに背を押される様にしてその場を後にした。
「シルヴィちゃん、さっきフレッド様が話してたもう一つの噂って」
「え、あぁ。そんな話、なさってた? 私は知らないけれど」
誤魔化されている感じはしたが、敢えてそれ以上は聞く事はしなかった。シルヴィの態度からして、何となく聞かない方が良い気がしたからだ。