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route2 淀川真澄
(一旦ちょっと様子を見るか)
どのみちすぐには動けそうにない。もしかしたら治まる可能性だってあるし、あと十分、いや五分くらいここで大人しくしていよう。
そんなことを思った自分を、四季は後々激しく後悔することになる。
「……っ、はっ、はぁっ、うぅ……っ」
そして五分後。治まるどころか酷くなっていく身体の熱に、さっきの段階で出て行けばよかったと後悔するがもう遅い。立とうとしても足腰に力が入らなくてすぐに崩れ落ちてしまう。終いには床に突っ伏したまま身動きがとれなくなっていた。
(どうしよう、どうすれば……)
早く京夜のところへ行ってなんとかしてもらわなくてはいけないのに、部屋から出ることはおろかこの場で動くことすら難しい。かと言ってずっとここにいるわけにもいかない。Ωフェロモンはαしか感知出来ないが、真澄がここには何人かαがいると言っていた。万が一知らないαに見つかった時自分がどうなるかわからないのが恐ろしい。
パンツの中では既に勃起した陰茎が先走りを滲ませていて、少し動いただけではしたない水音を立てている。濡れた感触が気持ち悪い。
ガチャリ
「……!」
小さな音だったが確かに聞こえた。かけたはずの鍵が開く音だ。床に寝転んだ状態の四季のいる場所からは扉の上部分しか見えないため、開いたことは確認出来ても誰が入ってきたのかまではわからない。今の状態だと入ってきたのが誰であっても詰んでいるが、せめて羅刹の誰かであってほしい。そんな一縷の望みをかけて、身体を縮こませて目を閉じたのだが。
「……はぁ、やっぱりテメェか」
「え……」
聞き覚えのある声が聞こえると同時に、目の前にいきなり真澄が現れた。どうやら能力を使って部屋に入ってきたらしい。知っている人物だったのは不幸中の幸いだが、彼はαである。彼から溢れているαフェロモンが、ギリギリで保っていた四季の理性のトリガーを完全に外してしまった。震える手で真澄のジャケットを掴む。
「にしてもすげぇ匂いだな……あ?」
「……ますみ、たいちょ……」
自分でもまだこんな力があったのかと不思議に思うほどの渾身の力で真澄を引き倒した四季は、彼の脚の上に腰を下ろしてベルトを外した。当然だが真澄に腕を掴まれて制止される。
「おい、テメェどういうつもりだ?」
「こ、これ……これほしい……」
薬による強制発情のせいで完全に理性を失くした四季は、真澄の制止など無視してただ自分の性欲を発散させることしか考えられなくなっていた。萎えたままの真澄の陰茎を無理やり引きずり出し、そのまま躊躇なく咥えた。真澄には頭を掴まれ、髪の毛を頭皮ごと持っていかれる勢いで引っ張られたが、残念ながらそんなことで止まれるレベルの性欲ではなかった。
「……っ、おい一ノ瀬ぇ、冗談じゃ済まされねぇぞ……っ」
「んんっ、じょーだんじゃ、ないし……っ」
ずるずるとわざとらしく音を立てて吸ったり根本や裏筋を擦ったりしている内に完勃ちしたのを確認すると、一旦口を離し今度は自身のベルトを外した。性欲に支配された脳みそは伝達機能が麻痺しているようで指が上手く動かなかったが、気合いで下履きごとパンツを脱ぐと、真澄の性器の上に跨って腰を下ろした。自重でぬぐぬぐと熱くて硬いものが奥に侵入されて半泣きになる。初めてなのに中で快感を拾うことがやめられない。夢中で腰を振る四季の肩を、真澄は思いきり突き飛ばした。
「いっ……てぇ……」
「――よくも好き勝手やってくれたなテメェ……」
「たいちょ……」
「俺を煽ったこと後悔させてやるよ」
覆い被さってきた真澄を霞む視界で見上げる。性器への直接的な刺激とΩフェロモンにより、真澄もすっかりその気になってしまったようで、頬を紅潮させて四季を見下ろしている。いつもは温度を感じさせない真っ黒な瞳は、まるで獲物を仕留める獰猛な獣のような色をしていた。
「――京夜俺だ。一ノ瀬を見つけた。発情してるから今から処理をする。三十分後に東側の物置まで迎えに来い」
『は? ちょっと、まっすー!?』
言いたいことだけを言って通信を切った真澄は、四季の太ももを掴んで限界まで股を広げた。羞恥で目の前が真っ赤に染まる。真澄の性器によって目いっぱい広げられた孔は先走りと漏れる愛液によりぐっしょりと濡れている。そんな様子を見て真澄は鼻で笑った。
「ケッ、生えてもねぇのに一丁前にエロい恰好しやがって」
「そっ……れはぁ、もえたから……っ」
「へーへー、わかったわかった」
どうでもいいと言わんばかりに適当に返事をした真澄予告もなく思いきり奥を突いた。ぎくりと緊張する四季の身体にを特別気遣うこともなく強引に押し進めていく。発情しているせいか初めてなのに痛みを感じない。というより痛みも快楽に変換されているのだろう。容赦なく中を擦り上げてくる真澄に啼かされながら、四季は射精と共に意識を手放した。
意識が浮上してから一瞬、記憶が消えていた。視界に広がる鉄骨がむき出しの天井に「ここはどこだ?」と思ったがすぐに脳が動き出し、ついさっきまでの記憶をすべて思い出した。思わず飛び起きると酷使された腰が悲鳴を上げたためにすぐベッドに逆戻りする羽目になった。
「いっ、てぇー……」
「無理しないほうがいいよ。しばらくは安静にしていて」
すぐ隣から声をかけられて顔を向けると、京夜が苦笑いを浮かべて四季を見下ろしていた。その奥には真澄と無陀野の姿も見えて羞恥から顔を逸らした。とてもではないが顔を見れる心境ではない。
「その様子じゃ記憶はあるようだな」
「脳みそまで精液漬けになってなくてよかったなぁ、淫乱」
「こら、まっすー、もっと言葉選びなよ」
「俺はこいつに強姦されたも同然なんだぜ、これくらい許されるだろ」
「それでも相手はまだ子供だ。法に則るなら犯罪者になるのはお前のほうだぞ、真澄」
「チッ、面倒だなぁ、少年法って奴は」
「あ……あの……、すんません……」
四季がそれ以外に言えることはなにもない。発情は薬のせいだが飲ませる隙を与えてしまったのも悪かったし、そもそもとして四季が暴走状態になって真澄を殺しかけたことから始まったのだ。申し開きなんて出来るわけもない。もちろんこうなった原因も言えるわけがなかった。
「――はあ、一ノ瀬」
「……っ」
「わかってると思うがこの事は他言無用だ。俺たち四人の中だけで留めるぞ、いいな?」
「は……はい……」
「じゃあ俺は戻る」
「俺も戻るが……なにかあったら呼べ」
「はいよー」
部屋から出て行くふたりを見送った京夜が、私物らしいバッグからビニール袋を取り出して四季に手渡してきた。中からは白い紙袋が見える。
「これ、君の抑制剤ね」
「え、抑制剤ならまだあるけど……」
「これはいつもの奴じゃなくて、発情期用の少し強い奴だよ」
「発情期……」
Ωが忌み嫌われる要因と言われる、Ω特有の現象だ。女性の生理と同じように決まった周期でやってくるそれはすべてのΩの悩みの種だ。Ωだけではない、αもβもΩの発情期に巻き込まれる可能性があるため、世界中の人間から嫌われているといっても過言ではないだろう。
「もういつ来てもおかしくないからね。番を作る気がないなら必要だから」
「ん……あんがと」
「あ、それから……」
「?」
京夜はなにやら言い辛そうに口ごもっていたが、しばらくしてため息を吐いて真剣な表情で口を開いた。
「気分が悪くなったり、身体に異変が出たりしたら誰でもいいからすぐに言うんだよ」
「な、なんだよ急に」
「まっすーとコンドーム無しでセックスしちゃったでしょ? 中に出したりはしてないみたいだけど、生でやった時点で妊娠する可能性はゼロじゃないから……」
「……!」
そうだ。あの時は性欲に支配されていたからそこまで頭が回らなかったが、生でセックスをするというのはそういう危険性を孕んでいるのだ。どうしよう。本当に子供が出来てしまっていたら。そんな覚悟なんてなにもしてない。
「お、俺……どうしたら……」
「落ち着いて。一応男のΩは発情期以外での妊娠リスクはそこまで高くはないんだ。確かにゼロではないから絶対大丈夫とは言えないけど、君はひとりじゃない。万が一妊娠したとしてもちゃんと支えるから」
「先生……」
「まっすーにもきつく言ってあるしね」
「……」
正直それが一番気がかりなのだ。四季が勝手に巻き込んでしまっただけなのに、真澄にも責任を被せることなんて出来ない。
(どうか妊娠してませんように……)
心の中でそう願いながら四季は固く目を閉じた。
斯くして、四季は妊娠はしていなかった。心底安心して、ようやく迎えた初めての発情期も思ったより心穏やかに過ごすことが出来た。その後真澄に再会したのは杉並に応援要請に行った時だった。真澄はまるで何事も無かったように振舞っている。あの日の出来事は他言無用。その約束を破るつもりは毛頭ない。しかしなんだか物足りないような気持ちになるのは何故なのだろうか。
「ひ、久しぶり、真澄隊長!」
「……結局デキてはいなかったらしいな」
「え! あ、ああ! おう、大丈夫! いらねぇ心配かけてごめんな」
「まったくだ。これに懲りたらもう二度とやんなよ」
相変わらずつっけんどんな態度だがこればかりは四季が悪いのでなにも言えない。むしろあんなことをしたのに許してくれるなんて、本当に優しい人なんだと思う。殺されかけたりレイプされたり、四季はたとえ殺されたって文句を言える立場じゃないのに。凄い人だ。
それからは何度か練馬に行く機会があり、真澄は軽口代わりの暴言を吐きつつも決して四季を邪険にはしなかった。だから四季は最初の頃に抱いていた苦手意識をすっかり忘れ、いつの間にか真澄に懐いていて、馨にも生暖かい視線を向けられていた。
もちろん、そんなふたりを面白く思わない者もいた。
「一ノ瀬四季」
「またお前らかよ……」
四季はうんざりした表情を隠しもせず相手に晒した。四季の視界を占領するのはいつかの三人組。四季に媚薬を盛り、ある意味真澄に懐くきっかけを作った連中だ。四季にとっては真澄の魅力に気づかせてくれた連中だと言ってもいいが、それによって真澄にいらない負担をかけさせてしまったのも事実なのでまったく感謝はしていない。それどころか毎回のように絡まれていい迷惑だ。しかも今回は歴とした任務中である。
「お前らさあ、状況わかってる? 今任務中だろ、持ち場に戻れよ」
「そんなことはお前には関係の無いことだ。それにそれはこちらのセリフでもある」
「なに……、……!?」
気づけば四方から白スーツを着た男たちーー桃太郎が四季を挟むようにして近づいてきていた。何人かはαも混じっている。その事に気づいた瞬間、連中の意図が読めた。
(コイツらまさか……!)
ありえない。四季ひとりを貶めるためだけに桃太郎と手を組んだのか。真澄を慕っているはずのコイツらがーー。
「鬼神の子がΩだったとはなあ」
「俺たちにもやっとツキが回ってきたな」
不細工な顔が揃って下卑た笑いを浮かべて近寄って来る。四季は親指を噛んで血蝕解放を行うも、正直人数が多い。切り抜けられるかは賭けなところがあった。
(言い訳はいい! やってやるよ)
四季が銃を構えた、その時。
「ぎゃあ!」
「ぐぁ!」
「っ!?」
四季を囲んでいた桃太郎たちが次々と倒れていった。彼らは一様に喉や心臓といった急所から血を噴き出しているが、周りには四季たち以外誰も、なにもない。
(まさか……)
四季がある可能性に思い至った時、頭の中に思い浮かべた人物とまったく同じ人物が徐々に姿を現した。
「真澄隊長……!」
血に濡れたナイフを振り回しながら真澄は己の部下の前に立った。大きくて丸い真っ黒な双眸は、いつも以上に感情が見えず、まるでブラックホールのようだった。真澄のあんな目を見るのはいつぶりだろうか。
「テメェら……わかってんだろうな。裏切り者の末路を」
「待ってください! 俺たちは真澄隊長のために……!」
「あのガキが真澄隊長の近くにいるのは隊長にとって悪影響です!」
「俺はな」
醜く言い訳を続けようとする声を遮って真澄は冷たく吐き捨てた。
「誰かのためって言いながら自分の希望を押し通そうとする奴が、虫唾が走るほど嫌いなんだよ」
「真澄隊長、まっ……」
四季が止める間も無く、なんの躊躇もなしに振り下ろされたナイフが部下の首元に深く突き刺さる。三人まとめて一瞬で命を摘み取ってしまった真澄は馨に連絡を取り、死体の後始末を一任すると四季のほうを振り返った。その目は未だに冷めたままだったが、四季にはどこか痛々しさを感じていた。
「……お前、さっき止めようとしたか?」
「……した。確かに桃と繋がってたのは裏切りだけど、俺のせいとか言われたら……」
「バカかテメェ。ああいう連中はどうせいつかはやらかしていた。お前は今回体よく使われただけだ」
「そうだとしても、少なくとも俺がいなかったらこいつらは今回やらかさなかったわけだろ?」
「だから見逃せって? とんだ甘ちゃんだな」
「違う! 俺はただ……」
四季は真澄のナイフを持つほうの手を取った。返り血で汚れた手は手袋越しだというのに想像以上に冷たかった。自分の手も血で汚れるのも構わず、四季は真澄の手に熱を分けるようにぎゅっと握った。
「なんのつもりだ?」
「俺はただ……あんたに仲間を殺させたくなかったんだよ……」
「は? なに言ってやがる。裏切り者の始末も仕事のうちだ。今更なんだよこんなの」
「けど……痛くないわけないだろ……? 同族殺しなんて、誰だって嫌だろーが……」
気づけば涙が溢れ出ていた。真澄は否定してくれるだろうが、今回は四季のせいで真澄に手を汚させてしまったも同然だ。この優しい人に、なんてことをさせてしまったのだろうと後悔の念が押し寄せる。俺がΩだから、Ωの俺が近づかなければ、彼は自分を慕ってくれる部下をこんな形で失わなかったし、手も汚れなかった。これは、俺の罪だ。
「真澄隊長……ごめん、ごめんなさい……」
「……なんなんだよ、お前……」
珍しく困惑しているのがわかる声を出しながらも、真澄は四季の手を振りほどかなかった。四季の熱が移ったように段々と温かくなっていく真澄の手を握りながら、四季はある予感に心臓を揺らしていた。
(どうしよう……好きになっちまった)
この手を離したくない。ずっと彼の近くにいたい。叶わない願いだと知りながら、四季は更に涙を流した。
この一件以来、四季は真澄を避けた。色んな意味で合わせる顔が無かったし、これ以上彼を好きになりたくなかった。叶わないとわかってる恋を諦める方法が、恋愛に疎い四季はわからなかったから。真澄はなにも言ってこなかった。当然だ。彼にとって四季は手のかかるクソガキでしかない。
それから数か月。とうとう卒業シーズンが近づいてきた。普通の学校と同じようにある進路調査票。今日締切のはずのそれを、四季は未だに白紙にしたままだった。練馬以外だったらどこでもいいからだ。本音はもちろん練馬に行きたい。けれど同じくらい行きたくない。まだ真澄への想いになんの区切りもつけてないからだ。
「……俺ってこんなに未練がましかったんだ」
新しい発見である。そして一生未発見のままで良かった。
無陀野にしつこく催促され、仕方なく乱暴な字で「杉並」と書いて提出した。無陀野はそれを見てなにか言いたげに四季の顔を眺めた。
「なんだよ」
「お前は練馬を志望すると思っていた」
「……っ、別に、拘りなんかないし。それ、ちゃんと提出したから、じゃあな!」
ドキリと跳ねた心臓に気づかれない内にそそくさとその場を離れた。真っ直ぐ部屋に戻ると、重たいため息を吐いて制服のままベッドにダイブした。拘りが無いなんてどの口が。杉並と練馬なんて目と鼻の先だ。この時点で真澄への未練と執着がわかろうというものだ。きっと無陀野にもバレているのだと思う。運命の番である彼とは番にならない宣言をしたのに、真澄の番にはなりたいと願っている四季を、無陀野はどう思っているのだろう。彼の目には今の四季はどう映っているのだろうか。
(まあ、ムダ先だっておれと番う気なんか無いんだし、別にどうとも思わないか)
寝転がっていると眠くなってきて大きく欠伸が出た。しかし着替えるのがとても億劫だ。せめて上着だけでも脱がなければと思うのに、心地よい睡魔は四季を簡単に誘惑してしまう。そのまま抗うことなく乗ってしまおうと思ったその時、力強く扉を叩く音が響いた。
ドンドンドン!
「!?」
人がせっかく寝ようと思っていたのに一体誰だ。未だ鳴りやまない扉を叩く音に苛つきながら、四季は相手を確かめることもせず扉を開けてしまった。すると四季より若干下のほうにある真っ黒な双眸とばちりと目が合った。無言で扉を閉めようとしたのは防御本能だったが、隙間に足を突っ込まれてあっさり阻止された。完全に押し売りの手口である。
「な、なんでここに……!?」
「知りたきゃ話してやるから部屋に入れろクソガキ」
その小柄で華奢な身体のどこにそんな力があるのか、真澄は簡単に四季を押し返すとするりと部屋に入ってきて鍵をかけた。真っ直ぐ見据えられて俯いた。久しぶりの真澄の顔を堪能したい気持ちはあるのに見れない。さっきの一瞬だけでも駄目だった。好きが溢れて止まらなくなりそうだったのだ。
「……テメェ、なんで俺を避けてんだ?」
「……別に、避けてねえし……」
「バカが下手な嘘つくんじゃねぇよ。あんなに纏わりついてきてたくせに」
「……まさかそれ聞きにわざわざ来たのかよ?」
「質問してんのはこっちだクソガキ」
顔を合わせようともしない四季に業を煮やしたのだろう。真澄は四季の顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。手のひらの感触と温度、そして視界に広がる大好きな人の顔にじわじわと頬が熱くなってくる。たったこれだけのことでこんなに反応して。諦めるなんて無理だったのだ。
ぐいっ。
「――!」
真澄の服の襟元を引っ張り上げ、四季は目の前の唇を奪った。一瞬で離してしまったけれど、こんな形でもファーストキスを好きな人と出来たことにときめいてしまった自分が少しだけ嫌になった。
「俺は! あんたが好きなんだよ! こういう意味で!」
「……」
「俺なんかにこんなこと言われたら迷惑だろ!? だから黙ってあんたの前から消えようと思ってたのにっ……、いってー!」
「……勝手に自己完結すんなカス」
決死の告白の途中で向こう脛を蹴られて身悶えた。普通に酷い。痛みで滲む視界の中、いつものポーカーフェイスの中に微かに困惑が滲む真澄の表情から目が離せなかった。
「……お前、それは俺の番になりたいって意味か?」
「……ん」
「無陀野はどうした。運命の番って奴なんだろ」
「俺もあっちもそんな気ないよ。運命なんて関係ない。俺が好きなのは真澄隊長だけだから」
「……」
真澄はなにやら考えているようで黙り込んだ。この沈黙の空気が嫌で四季は声を上げた。
「あのさ、気使わなくていいから。あんたにそんな気無いのわかってるよ。高望みはしないから……」
「……はあ、なんもわかってねぇよ」
「え……」
顎から手を離した真澄に、今度は肩を押されてベッドに倒された。即座に覆い被さってきた彼にますます顔に熱が集まっていく。真澄は右手で四季の項を首輪越しに軽く撫で上げた。
「……ここに、俺の噛み痕なんかつけちまったらもう後戻り出来なくなっちまうんだぞ? そこんとこわかってんのか?」
「わ、かってんよ。っていうか、その質問になんの意味があるんだよ。どうせあんたにそんな気無いだろ?」
「……」
「なに……っ、んっ、んんっ……」
真澄にキスをされている。しかも四季がしたようなくっつけるだけの軽いものではない。唇を食んで、舌を深く絡める大人のキス。当然初めてのそれに四季は翻弄されるしかない。鼻で息をするという基本も知らない子供は唾液が垂れないようにすることも出来ずに真澄について行くので精いっぱいだった。唇が離れて、糸になった唾液が口の端から伝う。
「な、なんで……」
「……お前が、他の誰でもなく俺を選ぶってんなら、いいぜ。番にしてやっても」
「は……」
待ってくれ。展開についていけない。意味がわからないなんで?
「真澄隊長……?」
「チッ、バカが余計なことゴチャゴチャ考えなくていいんだよ。俺のことが好きなら大人しく受け入れとけ」
「い、いや、そんなわけいかねぇだろ、だって……」
「おい、お前には俺が、なんとも思ってねぇバカガキひとりのために人生捧げるような奴に見えてんのかぁ?」
「……」
「んなわけねぇだろうが。――この俺がお前を番にするって言ってんだから察しろ、クソガキ」
これは夢なんじゃないだろうか。まさか真澄がこんなことを言ってくれるとは思わなかった。まだ乾いていない目がまた涙で濡れていく。その涙を手袋越しに拭ってくれる不器用な指先が愛しい。
「ま、真澄隊長、好きだ! 俺を、あんたの番にしてくれ……っ」
「――ああ」
頷いた真澄が四季の首に巻きつく首輪をさっさと取っ払い、まっさらで綺麗な項を撫でた。その感触にぞくぞくとした痺れが背骨を駆けあがった。
「番契約を成立させるにはΩを発情状態にする必要がある」
「そ、れって……今からやるってことか?」
「最後まではしねぇ。要はお前を欲情させればいいんだからな」
「あっ……んっ……」
真澄は再び四季の唇を奪い、ゆっくりと身体の線をなぞるように撫で上げた。咥内の弱いところを舌先で刺激されながら下半身を足でイタズラされる。慣れない刺激に性器は簡単に硬くなり、徐々に甘い匂いが鼻につくようになってきた。Ωフェロモンが充満してきて、真澄の吐息も身体も熱くなっているのに、彼は頑なに服を脱がなかった。
「あっ……ますみ、たいちょ……ほんとに、いれない……?」
「チッ、入れねぇっつってんだろ。あんま煽んな」
入れてほしいから煽ってるのにとは言えず、四季は後ろの孔から感じる寂しさと焦れったさを持て余しながら、真澄が与えてくれる快楽を受け止めた。
二回ほどイかされた後、四季をうつ伏せにした真澄は快楽によってうっすら色づいている項を舐めあげた。
「おい、今から噛むぞ」
「ん……っ」
ガリッというより、ガブリッといったほうがいいかもしれない。肉が裂けるほど食い込んでいる歯。痛いのに幸せで、更に涙が溢れた。滲む血を舐められて微かに性感も煽られる。
「真澄隊長……」
「――なんだよ」
「これで、あんたも俺のもんだな……?」
「……生意気なガキだなぁ」
「へへ……隊長、好き、大好き」
「――チッ、知ってるよ」
舌打ちしながらも項に寄せられる唇はなによりも優しかった。
「無陀野ぉ」
「――真澄か」
夕方の墓地。かつての仲間たちの墓の前にいた無陀野に真澄は声をかけた。相変わらず辛気臭い奴だと思ったが言葉にはせず用件だけを告げる。
「一ノ瀬は俺のモンにしたからな」
「……番にしたのか。おめでとう」
「言うことはそれだけかぁ? 元はお前の運命の番だろうが」
「互いにそんな気はなかった。……それに、なんとなくこういう結果になるんじゃないかと思っていた」
「……ケッ、そうかよ」
今はこんなことを言っているが、いずれ無陀野は四季に惹かれていただろうなと真澄は考えている。なにも無ければこのふたりがくっつくのは時間の問題のよう気がしていた。そうならなくて良かったと心底思った。
真澄は昔からこの墓地が苦手だった。好き好んで墓参りをしている無陀野が昔も理解出来なかったが今でも理解は出来そうに無かった。
「今日はもう帰る。じゃあな」
「真澄」
「んだよ」
墓地を出ようと背を向けかけた時、無陀野から声をかけられた。無表情だが真っ直ぐな視線で真澄を射抜く。
「――四季をよろしく頼む」
「一ノ瀬のことでお前によろしくされる覚えはねぇ。アイツは俺のモンだ」
今度こそ背を向けて墓地を出た。空は夜の色に染まり始めていて、水平線に消えようとしている夕陽が最後の輝きとばかりに濃い茜色を発していた。
鬼門島に来た時は不機嫌だったのに、今はとても晴れやかな気持ちだ。思いのほか現金な自分に半分呆れながら、真澄は迎えの船に乗り込んだ。