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「寝つくまでお付き合いくださり、ありがとうございます」
と襖を閉めて言うと、
「いや、眺めたくて眺めてただけだから」
と青葉は言う。
「よろしかったら、日向の写真、見られますか?
焼いたのがあるので」
そう言い、アルバムがある和室に行く。
棚から出して、畳の上に広げ、二人で日向のアルバムを眺めた。
産まれた頃のは、立派な表紙の、厚みのあるアルバムなのだが。
だんだん、実用的な軽いアルバムになっていく。
「写真、つい、たくさん撮っちゃって。
全部焼くわけにはいかないから、これっ、と思うものを厳選して焼いてるんですよ」
青葉は微笑みながら、日向の写真を見ていた。
そして、微笑んだまま言う。
「……時折、写真の右端にオレンジの閃光が走っているのはなんだ。
心霊写真か?」
「私の指です……」
「一、二枚で懲りろ。
そして、この突然のししゃもの写真はなんだ?」
日向がボールを投げている写真と、散歩中の近所の犬とたわむれている写真の間に、スーパーのパックに入ったししゃもの写真がある。
「あ、それはですね。
『子持ちししゃも 親子パック』の文字が気になって写真に撮ったんですよ。
子持ちだから、親子パックなのか。
ファミリー用だから親子パックなのか、気になりませんか?」
「待て。
お前にとっては『子持ちししゃも 親子パック』の方が、他の焼かなかった日向の写真より、心の琴線に触れるものだったのか?
……うん?」
と青葉が写真を覗き込もうとした。
公園の写真だ。
あ、まずい、と思ったあかりは、どさり、と他のアルバムを出してくる。
「まだいっぱいありますよ~」
と他の可愛い日向の写真を見せて、青葉の気をそらせた。
そのあとは楽しく二人で日向のアルバムを眺めた。
「この生活に疲れたおっさんみたいな、うなだれた後ろ姿、可愛いですよね」
「……お前の感性はよくわからん」
と青葉が呟く。
なんだか昔みたいだな、と笑ったとき。
二人とも身を乗り出し、額を付き合わせるくらいの位置で、写真を見ていたせいで、青葉の前髪に自分の前髪が触れた。
思わず、身を引いた瞬間、青葉が腕をつかんでいた。
引き寄せてキスしようとする青葉に、あかりは逃げる。
「いやその、えっとっ、すみませんっ」
と無理やり手を振りほどいて、後ずさる。
青葉はそこで、顔をしかめて言った。
「そういえば、もう一度恋をはじめるのに、お前が好きになってくれるかわからないって言ったが。
あれ、よく考えたら、おかしくないか?」
「えっ?」
「普通、そこで、恋に落ちるかどうか迷うのは、記憶をなくした俺の方じゃないのか?」
なんでそんなに身持ちが固いんだ、と言われる。
「そ、そういう性格なんですよ」
とまだ逃げ腰になったままあかりは言ったが、青葉は、
「待てよ。
それなのに、一週間で俺と日向を作るとは、相当俺のこと好きだったんだな」
と機嫌がよくなる。
その直後に、
「……過去の俺のことを、だが」
と自分で付け足して落ち込んでいたが。
だが、あかりは、そんな青葉に思わず笑ってしまう。
こういうところが好きだな、と思った。
すごいイケメンで仕事もできるから、自信満々なのかなと思って見てると、そうでもない。
そんなとこ――。
好きすぎた青葉が消えたあと、固く閉ざしてしまった心の扉がチラと開いて。
あのフィンランドの家の――
いや、今のお店の扉の隙間からランプの光がちょっともれている。
そんな気分だった。
「そういえば、お前、まだ俺を木南さんと呼んでるな」
「それは、その……
記憶のないあなたに、過去の青葉さんを押しつけるのも悪いなと思いまして。
ちょっと距離を置こうかと」
大好きだった青葉さん。
初めて人を好きになって。
しかも、両思いになれて。
私に日向までくれた、奇跡のような青葉さん。
その青葉さんを、このいきなり植え込みに突っ込んできた何も知らない人に重ね合わせるのも悪いかな、と思っていたから――。
この人はもう、私とは全然違う人生を歩いている人だし。
そんなことを思うあかりを見つめて、青葉は言う。
「……身代わりでもいいよ」
「え?」
「過去の俺の身代わりでもいい。
お前が愛してくれるのなら」
そう真摯に語ってくる青葉と目が合わせられず、俯くあかりの額に青葉がそっと口づけてきた。
すぐに離れて青葉は言った。
「……今日はこれで勘弁してやる」
そのまま黙って、あかりを見つめてくる。
そんな風にただ見つめられることが、キスされるより、恥ずかしく。
あかりは、なんとか青葉の気をそらそうとした。
左右を見回したあかりは気づく。
日向のオモチャ箱に突っ込んであるブラックライトに。
今日来たとき日向が、
「おねーちゃん、オモチャ箱のお部屋の棚の横に、日向の秘密の暗号が書いてあるから、見つけてみてー」
と言っていたのを思い出したのだ。
はいはい、と言って、ご飯を食べはじめ、日向も別の遊びをはじめたので、そのまま忘れていた。
パッと見てわからないということは、この間、科学館で買ってきたこのブラックライトとペンを使ったに違いない、と気づく。
「ひ、日向がここに秘密の暗号を書いてるらしいですよっ」
と慌てて言いながら、あかりは、そのブラックライトをとる。
部屋の灯りを少し落とし、棚を照らすと、文字が浮かび上がるはずだ。
「そういうの、子どものとき、好きだったな。
今度、書類をあのペンで書いてやろう。
来斗や竜崎たちが困るだろうな」
と青葉は笑い、一緒に覗き込む。
近いですよっ。
肩、当たりそうなんですけどっ、と微妙に逃げながらも、あかりは棚を照らしてみた。
棚の横に浮かび上がる、日向の秘密の暗号。
『0120』
「……あいつは通販会社から放たれた諜報員かなにかか」
と青葉が呟いていた。