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大人になったら結婚しよな!
『あ゛ー』、と綺麗とは言えない声を出しては、後頭部をガリガリと掻く。
『結構恥ずかしがり屋みたいやなぁ…お喋りしたいのに逃げられちゃぁ…ねぇ…
また見かけて話し掛けたら付きまとってるみたいになるし…そんなん俺の主義やない!女の方から寄って来なあかんねん!』
眉間に皺を寄せながら回りには聞こえない程度で呟く 。
顔も良いし有名人って事もあって、話し掛けても逃げられる事は無かった。
そうだというのに、今日初めて女に逃げられた。
振られるってこんな気持ちになるのか。
いや、別に顔が好みなだけであって、あの子が好きなわけではないから振られては…振られてるか。
誘って断られたもんな。
これは振られたよな。
俺が振られる側になるなんて…今までの女がどれだけ軽かったのか身に染みて分かるわぁ…
いやぁ、あの女性と話して仲良くしてぇ…絶対かわええもん。
色々考えながらロビーに出ると、ロビーの隅っこの方にさっきの女性がいた。
どうやらナンパされているようで、3人の男に囲まれている。
1人に対し3人て…かつあげされてるみたい
丁度良いや。
ははっ、と小さく笑っては“彼女”の方へ歩を進める。
『あ、あのっ…私っ、この後待ち合わせをしてまして…』
俺に話し掛けられた時と同じように、スマホで口元を隠している。
どうやら結構動揺しているらしく、視線が定まっていないし、少しだけ目が潤んできていた。
かすかに震えている気もする。
しかし、あからさまにビビっている彼女に気が付いていないのか、どうしても遊びたいのか男達は引き下がらなかった。
『えー、別に良いじゃん。待ち合わせの相手に『無理になった』って送って俺達と遊ぼうさ!』
ナンパの典型的な言葉を言っては彼女の手を掴む。
そしてスマホを奪って恐らくライムを開け
『待ち合わせする子どの子~?』
と勝手にキャンセルのメッセージを送ろうとしている。
いや、いくらなんでもやりすぎだろ。嫌われんぞ。
彼女はスマホを返して、と手を伸ばすが届かない。
可哀想だし、そろそろ助けてあげないとな。
男達も結構悪者になってくれたし。
『止めときぃ。女の子泣かす気か』
男の手からヒョイっとスマホを奪って、そう言う。
あまり強く持っていなかったらしく、予想よりかは簡単に取れた。
男は俺の方を向き、
『なんだお前。別に泣かそうとしてねぇよ』
と言い放って、スマホを取り返そうとする。
しかし、俺の方が身長が高いんだ。届かないだろう?
俺は馬鹿にするように笑ってやった。
男は短気だったようだ。イラついているように口角をピクピクさせている。
頑張って笑わなくても良いのに。
『さっさと返さねぇと痛い目見るぞ』
一番図体の良い男の言葉に続き、他二人の男が
『そうだぞ!お前なんかすぐに泣いて俺達に土下座するさ!』
ポンコツだな。こんな典型的なポンコツを見るとは思わなかった。
俺は半ば呆れ、小さく息を吐く。
『返せって言われてもなぁ…これ俺の彼女のやし』
彼女と聞けば俺以外の人は驚いた表情を見せた。
勿論彼女でも何でもない、今日初めて会った女性も少し目を見開いている。
ただ、すぐ察したのか彼女は悟られないように彼女っぽい感じで演じ始めた。
俺に近付いて袖を摘まみ、目に涙を浮かべながら『もっと早く来てよ…』と呟いた。
俺は不覚にも彼女のその姿にキュンとしてしまった。
今まで遊んできた女より…なんか、こう…純潔さ?があって…可愛いと思ってしまう。
今まで何があろうと女に可愛い、とか胸がときめいたり、とかしたこと無いのに!
にへ、と少しだらしない笑顔を向けて彼女に謝る。
まぁ、実際待ち合わせとかしてないし謝る必要は無いのだが、この場を逃げるためには仕方がない。
男達は都合の悪そうに顔をしかめて、その場を去っていった。
『別れてしまえ』
と捨て台詞を置いて。
男達が映画館から出ていくと、女性は袖から手を離して俺に一礼する。
『すみません迷惑お掛けしてしまって…。助けていただき有り難うございます。』
と丁寧に感謝を述べて、頭をあげると申し訳なさそうに笑っていた。
先程までの彼女面が女性の顔から無くなっていて俺は寂しさを感じる。
俺は手を振って
『いえいえ、迷惑だなんて。数分前のお礼もしたかったですし、気にしないでください。こちらこそすぐに察して合わせてくれたので助かりました』
ペコペコと軽く頭を下げた。
俺は女性のスマホを持っていた事を思い出し、女性に『どうぞ』と返す。
女性は受け取りながら感謝の言葉を述べて、また深々と一礼した。
そして、女性も何か思い出したかの様に『あ』と声を出せば
『廊下の時の事はすみません。初めて会った人と話す事に慣れていなくて…ましてや有名人相手に…緊張も重なってしまって…。失礼な言動をお詫び申し上げます。』
一段と申し訳なさそうに、眉を下げてそう言った。
『お気になさらず。僕も後ろから突然話し掛けてしまいましたし…すみませんね。
それにしても、やっぱバレてました?いやぁお恥ずかしい。』
俺は照れ臭そうに頬を掻く。
どうやら女性に俺が幾良井幸村だと気付かれていたようだ。
目が合った時にでも顔を見たのだろう。
女性は笑みを浮かべてはいるが、申し訳なさはまだ抜けきっていない。
『あ、そうだ。お互い助け助けられの仲ですし…さっき断られたばかりですけど…この後一緒に夕食食べません?グッズも買う時間待ちますし、貴女に時間があれば。』
この際しつこい男と思われても良い。
今回はどうしてもこの女性と仲良くしたい。
女性は少し間を置いてから、こくり、と小さく頷き、
『この後何も用事はないので是非。』
と言った。
俺は歓喜に溢れたが、それは表に出さないよう押さえ付る。
それにしても何で俺がこの女性に固執してしまうのだろうか。
今までは向こうから来て、遊んであげて…別れても何とも思わなかったのに。
この女性だけは離したくない…俺らしくない感情がずっと脳内を巡っている。
…この感情、初めてじゃない。
まさか、俺があの子に抱いた感情を他の女性に抱くとは思わなかった。
『懐かしいなぁ』
つい口に出てしまった。
それを聞いた女性はキョトンと不思議そうな感じで俺を見ている。
俺は誤魔化した。『昔にもこんな事があった』と。
女性のグッズの爆買いに付き合った後、映画館の下の階にあるレストランに入る。
やや高めのレストランで、中は高級って感じだった。
奥の席に案内されて、向かい合わせに座り、俺達は会話を始める。
『それにしてもさっきは名演技でしたね。彼女の演技。女優さんになれそうですよ』
『身に余るお言葉です。演技派俳優で作られたと言われる『空白』を幼い頃から見ていて…よく真似をしていただけですから。』
『へぇ~、え、もしかして僕が子役の時から見てはるんですか?』
『はい。リアルタイムで見させていただきました』
『おー、古参の方ですやん。』
『ふふっ、幸村さんは子役の時から演技が上手くいらしたので尊敬してます』
『ははっ、嬉しいお言葉ですわ。ありがとうございます』
他愛のない話を続ける。
注文した食事が届くと、会話は止まりお互い黙々と食べ始める。
女性は長いサラサラの髪の毛を耳に掛けながら食べていて、隠れていた耳が見えるのが少し…うん。
妖艶だと思ってしまった。
俺ってこんな変態だっけ?
食べ終わり、また会話を始める。
『そう言えばお名前、なんて言うんですか?』
女性の名前を知っておきたかった俺は、そう質問する。
女性は少し黙ってから
『美琴です。』
と答えた。
『…苗字は?』
いつもなら名前だけでも構わなかったのだが、俺は苗字も聞いてしまった。
もしかしたら、なんて願望があったから。
『あ、すみません…苗字は姫路裏です。姫路裏美琴』
俺は理解した。
何で彼女にここまで固執してしまうのか。