夏の夜。
一日中熱気と歓声に包まれた会場を後にして、元貴はハンドルを握っていた。
助手席には藤澤涼架。
クーラーを効かせてもなお、どこか火照りが残っている。
「いや〜、今日のフェスも暑かったよね〜!」
隣で藤澤が大きく伸びをする。
前髪にまだ少し汗が残り、首にかけていたタオルで額を拭っている。
「お客さんの熱気すごかったもんな」
「ほんとそれ。後半、俺もう汗止まんないかと思ったわ」
笑い合う車内は、ライブ終わり特有の充実感に満ちていた。
クーラーの風に混じって漂うのは、汗と制汗剤が混ざった微かな香り。
元貴はハンドルに視線を固定しつつも、ふと横顔に意識が吸い寄せられてしまう。
——けれど、それを悟られないように。
やがて車は藤澤のマンション前に到着した。
「お疲れ〜、ありがとな!」
藤澤が明るく手を振り、助手席のドアを開ける。
「また明日な」
そう言って笑顔で降りていく姿を見送りながら、元貴は無意識に深呼吸をしていた。
一人になった車内は、急に静かになる。
エンジン音と心臓の鼓動だけが響き、先ほどまで隣にいた温もりの余韻が不思議に残っていた。
やがて自宅マンションの駐車場に車を停め、降りようとしたその時——ふと視界に何かが映った。
助手席の足元。
「……あれ?」
そこに落ちていたのは、藤澤が今日のライブ会場で首にかけていたタオルだった。
「……涼ちゃんの、だ」
手に取ると、まだ少し湿っている。
汗が染み込み、彼の体温の名残を残したままの布。
胸の奥が不意に跳ね上がった。
「……」
理性が「返せばいい」と告げる。
けれど、指先は勝手にタオルを握りしめ、鼻先へと持っていっていた。
——ふわり。
汗の塩気、衣装に染み付いた匂い、そして彼が普段から使っている制汗剤のさっぱりとした香りが混じり合って鼻腔を満たす。
瞬間、頭の奥が痺れるような感覚に襲われた。
「……はぁ……っ」
思わず息が漏れる。
まるで藤澤がまだ隣にいるかのような錯覚。
タオルの繊維に染み込んだ匂いが、脳裏に彼の姿を呼び戻す。
「……やば……」
胸が高鳴り、手のひらがじんわりと熱を帯びる。
タオルから視線が離れない。
助手席に残されたそれは、まるで藤澤の一部のようだった。
気づけば元貴は、運転席から助手席へと移動していた。
藤澤がさっきまで腰掛けていたその場所。
まだ微かに残る体温の痕跡に、胸が苦しくなる。
そっと顔をシートへ近づける。
革の匂いの奥に、確かに彼の匂いが染み付いていた。
「……涼ちゃんの匂い……」
指先で背もたれをなぞる。
ほんの少し湿ったような気配に、脳がしびれる。
タオルを強く握りしめ、もう一度深く吸い込む。
頭の奥に響いてくるのは、ステージで奏でる彼の指先、汗に濡れた髪、そしてあの無邪気な笑顔。
次の瞬間、カチリとレバーを引いた。
ガタン、と音を立てて助手席の背もたれが倒れる。
——まるで、藤澤を押し倒すかのように。
胸の鼓動が早鐘のように鳴る。
背徳感が全身を痺れさせ、吐息が勝手に乱れていく。
「はぁ……涼ちゃ……んっ……」
その瞬間、胸の奥に堰き止めていた何かがゆっくりと崩れ始める。
心臓は高鳴り続け、理性の声は遠のき、ただ衝動だけが彼を支配していった。
コメント
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大森くん涼ちゃんのこと好きなんだー( ̄▽ ̄)ニヤリッ 車でするのかな?