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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
28
第二王子の一行が王都を発つ朝は、前夜の雪が嘘のように、よく晴れていた。
中庭には、馬の白い息が立ち昇っている。
黒の兵たちが、荷を括り隊列を整えていた。
舜太は、すでに別れの挨拶を済ませて、政庁へ戻ったと聞いた。
柔太朗は、一人で、見送りの礼を取るために、中庭に立っていた。
第二王子は、馬に跨る前に、柔太朗の前で足を止めた。
「白の王子」
「はい」
「一つだけ、聞こう」
整った顔に、表情はなかった。
「お前は、舜太に、聞いたことがあるか。国と伴侶の、どちらを取るのかと」
柔太朗は、その問いを静かに受け止めた。
「聞く必要を、感じたことはありません」
それが、虚勢だと、自分で分かっていた。
第二王子も、きっと、分かっていた。
「そうか」
第二王子は、それだけ言って、馬に跨った。
「ならば、いつか、聞かれる側に回るだろう」
太陽の旗が、朝の光の中を、遠ざかっていった。
柔太朗は、中庭に立ち尽くしたまま、その言葉を、胸の中で反芻していた。
数日が、過ぎた。
舜太は、柔太朗を、避けていた。
避けている、というほど露骨ではない。
政庁では、普通に言葉を交わす。評定では、隣に座る。
けれど、夜になると、その姿は、書類の山の向こうに隠れてしまう。
太智は、何か言いたげな目をしながら、何も言わなかった。
柔太朗は、待っていた。
待つことが、優しさだと思っていた。
話したくなったときに、話してくれればいい。
急かして、追い詰めるよりは、そのほうがずっといい。
そう、思っていた。
けれど、あの夜、舜太の部屋の扉の前で、手を下ろした自分を、思い出す。
あれは、優しさだったのだろうか。
それとも、ただ、怖かっただけなのだろうか。
満月の夜だった。
柔太朗は、自室の窓から、中天に昇った月を見上げた。
白色の国の岬の露台で、毎月、見上げていた月と同じ形をしていた。
十歳のあの夜、自分は舜太に言った。
運命ではなく、約束にしたい、と。
約束は、自分の意志で守るものだ。
ただ待っているだけでは、守ったことにならない。
柔太朗は、窓辺を離れ、廊下へ出た。
舜太の部屋の前で、足を止める。
扉の隙間から、細い灯りが漏れていた。あの夜と同じ光だった。
今度は、手を上げた。
扉を、叩いた。
「……柔?」
扉が開き、舜太が顔を出した。
目の下の影が、前よりも、濃くなっている。
書状の束を持ったままの手が、わずかに、強張っていた。
「月が、綺麗だから」
柔太朗は、微笑んだ。
「少し、付き合って」
東塔の露台は、王宮で最も高い場所にあった。
石の階段を、二人は黙って登った。
足音だけが、螺旋の壁に静かに響く。
扉を押し開けると、冬の夜気が頬を打った。
目の前に、満月があった。
王都の屋根が、銀色の光を浴びて、どこまでも連なっている。
遠くに、静けさの間の灯が、小さく瞬いていた。
白色の国の岬の露台から見た、あの海の景色とは違う。
けれど、ここにも、確かに、同じ月があった。
柔太朗は、石の縁に腰を下ろし、隣を、軽く叩いた。
舜太は、少し迷ってから、そこに座った。
「舜」
柔太朗は、月を見たまま、言った。
「話してほしい。全部じゃなくていい。でも、話してほしい」
舜太は、答えなかった。
夜風が、二人の衣の裾を、揺らしていく。
柔太朗は、今度は、ただ待たなかった。
「第二王子が来た夜、何があったの」
その問いに、舜太の肩が、びくりと動いた。
長い沈黙のあと、舜太は、低い声で話し始めた。
「……最初に、謝らなあかんことがある」
舜太は、膝の上で、指を組んだ。
「国境の視察いうんは、嘘や」
柔太朗は、何も言わなかった。
「第一王子に、会うてきた。弟の目の届かんところで、話がしたい、いう使いが来て。……あの人は、自分が王になったら、赤と黒の国の独立を、実体で認める、言うた。その代わりに、継承争いで中立でいろ、派兵は出すな、と」
舜太は、一つずつ、言葉を置くように続けた。
「俺は、どっちにも従わへん、言うた。中立は約束できる。けど、貸しとしてやない、俺の意志や、と。独立の条件も、こっちから示した。……取引の余地は、残った」
それから、舜太は、少しの間、黙った。
「補給のこともや。派兵の補給の半分を、俺らが持つことになって、その一部を、白の関税から回した。柔に、何も言わんと」
胸の奥が、小さく痛んだ。
「聞いてほしかった」
柔太朗は、静かに言った。
「嘘をつかれたことより、そこが痛い」
舜太は、顔を上げられなかった。
「……ごめん」
「続けて」
舜太は、深く、息を吸った。
「第二王子が来た夜、あの人は、俺に言うた。柔を、俺の政から切り離せ、と。白を俺の直轄にして、柔は、王都に置いとけ。儀礼の伴侶として。……そうしたら、独立の条件を、緩めてやる、と」
柔太朗は、息を止めた。
けれど、驚きは、思ったよりも静かだった。
第二王子の、あの別れ際の言葉が、すとんと、繋がった気がした。
「答えは、保留にした。断る、とは言うた。けど、交渉の場までに、答えを出せと」
「……そう」
「柔」
舜太の声が、掠れた。
「俺は、怖い」
月の光が、舜太の横顔を、白く照らしていた。
「国のためなら、何でもできる人間に、なりつつある。第一王子に会うた帰りも、補給の帳面を作ったときも、第二王子と向かい合ったときも。……全部、必要な判断やと、思うてた。けど、気がついたら、俺は、柔のことを、取引の札に、数えとった」
拳が、白くなるほど、握られていた。
「いつか、国のためや、言うて、柔を、駒みたいに扱う日が、来る。それを、止める人が、おらんようになる。……それが、怖い」
それは、柔太朗が、これまで、一度も聞いたことのない、舜太の声だった。
普段は、冷静に判断を下し、論理と数字で説き伏せる男が、言葉を探して、何度も詰まりながら、それでも、最後まで言い切った。
柔太朗は、しばらく、何も言えなかった。
それから、そっと、舜太の横顔を見つめた。
「舜は、変わったね」
舜太の肩が、わずかに震えた。
「……せや、な。変わった」
「でも」
柔太朗は、続けた。
「変わらないね」
舜太が、顔を上げた。
「大切なものを失うことを、怖がって。迷って。それを、僕に話そうとして、言葉を探してる。……僕が好きになった舜は、いつもそうだった」
十歳の、あの夜を思い出す。
太陽のように笑っていた少年。
父を失い、国を失い、それでも月の飾りを握りしめて、柔太朗のもとへ、辿り着いた人。
「君が変わることより」
柔太朗は、言った。
「君が、何も話してくれなくなることのほうが、僕は怖い」
舜太の目が、揺れた。
「変わっていくのは、いい。背負うものが増えたなら、考え方が変わるのも、当然。……でも、その変化を、僕に隠して、一人になるのは、嫌だ」
舜太は、何も言わなかった。
ただ、唇を噛んだ。
「それと」
柔太朗は、少し、声を低くした。
「一つだけ、はっきりさせておく。白の国は、手放さない」
舜太が、はっとして、柔太朗を見た。
「切り離すかどうかは、舜が、一人で決めることじゃない。僕の責任で、僕の仕事だ。……誰かに、取引の条件にされるものじゃない」
「……ああ」
舜太は、静かに頷いた。
「そうやな。その通りや」
「それから、僕も、白状する」
柔太朗は、月を見上げた。
「ずっと、舜が、僕のために変わっていくことを、どこかで喜んでいた」
舜太が、息を呑む気配がした。
「危ういと、分かっていたのに。それでも、そこまで求められることが、嬉しかった。……だから、君だけを責める資格は、僕には、ない」
婚姻の前から、胸の奥にあった歪んだ願い。
誰にも言えなかった、言うべきではなかった願い。
舜太は、ただ目を伏せて、しばらく、柔太朗の言葉を、噛みしめているようだった。
「補給のことも」
柔太朗は、続けた。
「白の関税を使うこと自体は、たぶん、反対しなかった。でも、先に、聞いてほしかった。それだけ」
「……分かった」
「それから、太智とも話をしたほうがいい」
柔太朗は、微笑んだ。
「あの人は、君に、黙っていてくれと言われて、誰にも言えずに、ずっと、飲み込んでいたんだと思う。……いい友達だよ」
舜太は、小さく笑った。泣きそうな笑みだった。
柔太朗は、手を伸ばして、舜太の胸元に、そっと触れた。
衣の上から、細い鎖の感触が指に伝わる。
「これは、まだ、君のところにある」
舜太は、柔太朗の顔を見つめた。
「返しに来てくれるのは、まだ、先でいい。……約束は、続いているから」
十歳のとき、運命ではなく、約束にしたいと言った。
あの約束は、まだ、終わっていない。守り続けるものだ。
そして、その約束を守る道は、一人ではなく、二人で歩くものであっていいはずだった。
舜太は、柔太朗の手に、自分の手を重ねた。
冷たい手だった。
けれど、重ねた指は、確かに、震えながら、柔太朗の指を、握り返してきた。
月は、二人の頭上で、静かに満ちていた。
露台を降りるとき、舜太は、先に立って、階段を降り始めた。
柔太朗は、その背中を見つめていた。
舜太が白の宮殿を出ていった、あの朝を思い出す。
柔太朗が気づいたのは、朝になってからだった。
あの背中は、いつも、前だけを見ていた。
数段、降りたところで、舜太の足が止まった。
ゆっくりと、舜太が、振り返った。
月明かりが、階段の上の、柔太朗の姿を、照らしている。
舜太は、その姿を、確かめるように見つめた。
「……おるな」
小さな声だった。
「いるよ」
柔太朗は、答えた。
舜太は、安堵したように、息を吐いた。
それから、少し照れたように、視線を逸らした。
柔太朗は、胸の奥が、じんと、熱くなるのを感じた。
この人は、今、振り返った。
それだけのことが、どれほど大きなことか。
翌朝の政庁は、冬の光に、淡く満たされていた。
柔太朗が入ると、舜太が、卓の上に、一枚の紙を広げて待っていた。
何度も書き直された跡のある、独立のための草案だった。
軍の協定。内政と後継。交易と外交。
あの雪の国境の夜に、舜太が第一王子に突きつけた条件を、整理したものだった。
「見て、ほしいんや」
舜太は、少しだけ、ぎこちなく言った。
「柔の目で、見てもろたら、俺には見えへんもんが、見える気がして」
柔太朗は、卓の向かいに座り、草案に目を通した。
しばらくして、指で、一点を示した。
「ここ。書き足してほしい」
「ん?」
「白は、赤と黒の軍事協定に、自動では参加しない。参加するかどうかは、白が自分で決める。それを、明記して」
舜太は、少し、目を見開いた。
それから、ゆっくりと笑った。
十歳の少年が、太陽のように、弾けるように笑ったあの顔の、名残のある笑みだった。
「柔は、すごいな」
「舜も、ちゃんと、書いてるよ」
柔太朗は、草案の端に、小さく自分の名を書き加えた。
「これは、二人の草案、ということで」
窓の外では、庭の雪が、朝日を受けて、きらきらと溶け始めていた。
扉の傍らで、太智が、小さく、息をついた。
誰にも気づかれないほどの、静かな、安堵の息だった。
コメント
1件
読了しました。今回の「月の夜」、すごく良かったです…。 舜太が「怖い」って声に出せたのが、何より大きかったなって思います。強い人ほど“怖い”って言えなくなるし、特に彼は立場上なおさら。それを柔太朗が見逃さず、話すまで待たずに問いかけたのが、すごく二人らしい月夜でした。 最後の朝、草案を前に並んで座ったときのあのぎこちなさ、ちゃんと二人で歩き出そうとしてるんだなって思えました。私もこういう“変わってもいい、でも隠さないでいてほしい”って言葉が、たまらなく刺さります。