夜のニューヨーク。街灯が濡れたアスファルトを照らし、車のヘッドライトが行き交う。
エディ・ブロックは取材帰りに少し寄り道をしていた。
手にはカメラバッグと、書きかけのノートパソコン。
「……今日は静かに帰れると思ったんだけどな」
「静かすぎて退屈だ」
「お前な、毎回そうだろ」
ヴェノムの低い声が頭に響く。
黒い触手が肩越しにぬるりと伸び、カメラバッグをくすぐった。
「……ちょっとやめろ」
「ちょっとだけ触れるのは許される」
「全然“ちょっと”じゃない!」
そんな会話をしながら 通りを歩いていると、突然、人々が悲鳴を上げて逃げ出した。
「……なんだ?」
遠くから銃声が響く。黒いバンが通りを塞ぎ、マスクをした男たちが出てきた。
「な、なんだこりゃ!」
「……テロリストだな」
エディは反射的に店の陰に身を隠す。
「……やっぱりお前は騒ぐな」
「お前が大騒ぎするから俺も楽しい」
「黙れ!」
銃を持った男たちは無差別に人々を威嚇し、逃げ惑う群衆を蹴散らす。
エディの心臓はドキドキしたが、冷静さを保つ。
「……やるしかないな」
「当然だ」
ヴェノムは黒い影となって、街灯の陰に溶け込む。
「目立たず、だな」
「もちろんだ」
まずは路地裏に逃げ込んだ市民を救出。
触手が柔らかく人々を包み、静かに安全な場所まで運ぶ。
「……おお、見えない! 完璧だ」
「少しだけ見えるのは許せ」
「お前はうるさい!」
男たちの一人が建物の角で逃げ遅れた市民に銃を向ける。
ヴェノムがにゅるっと上から触手を伸ばし、銃だけを絡め取る。
「……うわっ!?」
男は恐怖で腰を抜かし、銃を落とした。
エディは柱の陰で小声で叫ぶ。
「よし、うまくいった! でもまだ油断できん」
「俺は完璧だ」
「いや、さっきも“完璧”でビルの看板にぶつかりかけただろ」
「細かいことは気にするな」
移動の最中、通りの自販機が目に入るヴェノム。
「……この機械、甘い匂いがする」
「やめろ! 目立つだろ!」
黒い触手が自販機のボタンを押し、ジュースが勢いよく飛び出す。
「わぁぁ!」
エディは慌てて触手を押さえ、靴を濡らさないように必死。
逃げ惑う市民たちは、黒い巨体がジュースを蹴散らす光景に混乱する。
「……完全に怪奇現象扱いだぞ!」
「我々の目的は人を助けること。ジュースの飛散も軽くな」
「いや、絶対迷惑!」
逃走中のテロリストが雑居ビルに逃げ込む。
エディは影に隠れ、ヴェノムに囁く。
「……ここが正念場だ。派手すぎず、素早く」
「俺に任せろ」
黒い巨体がビルの上から滑り降り、天井や壁を使って静かに接近。
銃を構えた男たちに触手が絡みつき、弾丸を弾き、気絶させる。
誰も怪我をせず、周囲にはただ「何が起こった?」という戸惑いだけが残る。
全員が無事に路地裏へ運ばれた頃、ヴェノムは巨大な姿でビルの影に隠れる。
エディも影から顔を出す。
「……ふう、なんとかバレずに済んだ」
「楽しかった」
「お前はいつも楽しそうだな」
街中の大型ビジョンには、緊急ニュースの映像が映し出される。
「先ほどの銃乱射事件ですが、正体不明の人物が犯人グループを制圧した模様です。
詳細は不明ですが、現場にいた市民は“影のような存在が現れた”と証言しています」
エディは群衆に紛れながら、横目で映像を見た。
「……また正体不明のヒーロー扱いか」
「ふむ……それでいい。俺たちは影の存在で充分だ」
「影の存在か……いや、お前は影どころじゃないけどな」
ヴェノムがくぐもった声で低く笑う。
エディはため息混じりに笑いながら、夜の街を歩き出す。
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